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JETのジェイがジェット機でアメリカ帰るってさ

日曜日の午後2時、吉祥寺駅のみどりの窓口の前で友人のジェイと待ち合わせ。JR線の車中からも、

I will be 6 min late! Sorry!

と、たった6分遅刻のLINEまでくれる彼の律儀さには感心する。ほどなくして無事に合流できた。そのまま一緒に我が家へ。この日のために賑やかしに長男夫婦も呼んでおいて良かった。妻の手料理で開いた彼の「送別会」は思いのほか盛り上がったのだった。

ジェイは28歳の韓国系アメリカ人。僕の友人の中では、次男とこの3歳の長男の次に若い。むしろ長男(35歳)や、この日、別の用事があって遅れて参加となった長男のお嫁さん(30歳)と同世代である。

それでもなぜ彼が僕の大切な「友人」の一人かといえば、ゼミ生だった女子学生に「ぜひ一度話をしてあげて欲しい」と懇願されたのが最初のきっかけ。まだコロナの感染爆発が起きて間もない北海道でのことで、初対面もzoom越しだった。以来、主には英語でのLINEのやりとり中心で、お互い肩肘張らずに付き合って来られたせいか、気のおけない友人いう関係性が自然とつくれたように思う(のは僕だけ?)。二人は、奇跡的に、日本や韓国に根深いシニオリティシステム(年功序列制?)と無縁でいられたのだった。

来日当初、ジェイは「元ゼミ生」と同じ道北の滝上町(たきのうえちょう)に暮らしていた。

大学卒業後すぐに、文科省のJETプログラム下でALT(外国語指導助手)として来日した彼は、東京や関西圏のいくつかの意中の自治体にことごとくフラれ、北海道のその小さな町にやっと足場を築けたのだった。そこで「幼稚園から中学まで、色んな年ごろの生徒に英語を教えるのは思いのほか楽しかった」のだという。

札幌の大学を卒業後、地元・滝上町に舞い戻っていた元ゼミ生こそはジェイの彼女、と早とちりした僕が、当初、ジェイになにかと良くしたのはいうまでもない。が、そもそもジェイ自体からして控えめで配慮ある、実に気持ちの良い青年であったまでのこと。

ちなみに、ずっと後になって、

「最初てっきり彼女の彼氏とばっかり思ってた」

と白状したら、

「あの頃は僕も「彼氏」の座を狙ったんだけど、すでに彼氏がいて取りつく島がなかった」

と真顔で答えたのには、正直、声を出して笑いそうになった。いや,実は日本人以上に生真面目な外国人は思いのほか少なくないのである。

ALTとして滝上町で3年過ごしたジェイは、その後、札幌近郊の大型農機輸入会社に1年、京都の大学に1年勤めたこのタイミングで、日本での生活に区切りをつけ、サンフランシスコ郊外の親の家に戻ることにしたという。

この間、出会いに恵まれず恋人の一人できなかったことも、今回の「退散」の背景にあったのかな、とは思う。「ウィーブ」(アニメオタク)を自称するジェイは、

「2Dガールフレンド(二次元彼女)は沢山いるんだけどね」

と自嘲してみせるが、雪深い滝上町のアパートで、夕暮れの京都・鴨川の河川敷で、血潮の通った三次元彼女との心とからだの触れ合いがあったなら、殺伐とした職場環境もむしろ愛情生活の引き立て役となって、少なくともまだ就労ビザの効く数年は日本で頑張れたのかもしれないな、と悔やまれる。

ジェイによれば、「殺伐とした職場環境」と感じた一番の理由は、北海道の会社にせよ、京都の大学にせよ、日本では「職務分掌」がはっきりとは示されず、自らやるべき仕事を見い出し得なかったことが大きい、という。周囲の上司や同僚は、意地悪でもなんでもなくて……というか、むしろ、外国人の自分によってたかって良くしてくれて、感謝しかないのだけれど、さりとてやるべき職務の輪郭を明確にする文書も指示もなく、無為に時間ばかりが過ぎていく。それでは退屈だし、自分自身の成長も実感できない、というのが「日本撤退」の一番の理由だというのだ。

もっとも、それは一般論としての日本批判というよりは、「友人」として彼に彼がもっと輝ける仕事を見つけるに手を差し伸べてあげられなかった僕への内なる怨嗟の声にも思えてならない。

そもそも大学を早期退職までして浅からぬ縁ある会社の社長を2年務めた僕には、僕こそが彼を雇用することもできた一時期があったのだ。

もちろん、それをしなかったのは彼の特性を活かす仕事——それこそ具体的な「職務分掌」!——が描けなかったことが大きい。が、友人として人一人の人生を背負い込む勇気……というか、男気がついぞ持てなかった、というのが偽らざるところ。結果、「一度(ジェイと)話をして欲しい」と、一度は僕を見染めてくれた「元ゼミ生」の期待にもちゃんとは沿えないまま、ついにこの送別の日を迎えてしまったのだ。

ところで、今回、長男夫婦を呼んだのには、外資に勤務し英語も割と流暢な長男とは裏腹に、語学の習得にまったく興味を示さないお嫁さんのショウコちゃんを覚醒させる、という裏テーマもあった。実際、「途中参加」の彼女が現れるまでは、妻も含めて英語オンリーで楽しくやっていたのだった。

果たして、やっと現れたショウコちゃん、開口一番、

「はじめまして! ショウコです」

と、英語は一切話さないぞ、といった強い意志さえ感じさせるものだった。するとどうだ。すかさずジェイが、

「どうも! ジェイです。おじゃましてます」

とほぼ完璧な日本語で、しかも深々とお辞儀まで自然も自然にやってのけたではないか。そこから、みんながみんな雪崩を打って日本語での談笑第2ラウンドに突入。「裏テーマ」は見事に打ち砕かれた格好だ。

それにしても、ボキャブラリはともかく、韓国系アメリカ人一世であるご両親のお陰で、韓国語ネィティブでもあるジェイの日本語発音の美しいこと!

5年の日本滞在で、東アジア・ヘリテージを改めて全身にまとい直したジェイが、この先、日本や日本人とまったくの無縁でいられるとは到底思えない。

「JETのジェイがジェット機でまた日本に舞い戻ったってよ」

次は僕より先にLINEを貰った長男経由で、そんな嬉しいニュースが届くのを、今から心待ちにしている。

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