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『エンジニア失敗大全』〜挫折を乗り越えた技術者たちの記録〜
″エンジニア″って聞いて、みなさんはどんなイメージを持たれていますか?
よく、ドキュメンタリー番組とかで、挑戦している技術者や職人さんが紹介されていますが、挑戦には失敗がつきものですよね
今日は、僕の失敗談から、先輩からの教えを通じ、その失敗を乗り越える術について考えてみようとと思います。
僕は18歳で工業高校を卒業し、現在52歳ですが、ずっと町工場で機械を作ってきました。
″機械″と言っても、大小さまざまで、洗濯機くらいの小さな機械から、30mくらいの巨大な生産設備まで様々です。
一般的には、人間が手作業でやっていたことを、機械でやらせてしまおうというのがほとんどで、ある特定の部品を運んだり、加工したり、検査したり、それが組み合わさったものが装置になります。
僕が働き始めた、1991年はバブルがはじけるちょっと前で、高卒で田舎の町工場に就職した僕は、日本がまだイケイケどんどんで、右肩上がりで成長している時でした。
その一年後、大企業がバブルの影響で減速する中で、僕が就職した町工場も、1年遅れくらいであおりを受け、会社が潰れてしまい、親会社に吸収されました。
そして、大規模なリストラが敢行され、23人いた新入社員も、設計部門に配属された6人だけ残り、17名は入社して一年足らずで、離職を余儀なくされました。
僕はたまたま、工業高校でプログラミングを学んでいて、運良く設計部門に配属されていたので、リストラの波は乗り越えましたが、たくさいた同期が一気にリストラされた時のショックは、今でも鮮明に覚えています。
それから、いつ自分もリストラされるかわからない恐怖がつづき、とにかく学び続けることは、必死でやってきました。
1.生き残るのは変化する者
僕は本を読むのが好きで、本から学んだことをノートに記録しています。
その中で、一番大切にしているのは、進化論で有名なダーウィン博士の言葉です。
イギリスの冒険家であり生物学者の、チャールズ・ダーウィン博士は、軍艦ビーグル号で南米やガラパゴス諸島を航海する中で、土地によって近縁の種が微妙に姿形を変えていることを発見し、この発見が進化論のヒントとなりました。
僕も18歳から52歳までの34年間で、いろんなエンジニアとお会いし、いっしょに仕事をしてきましたが、現役で活躍されている方は皆、″変化する者たち″でした。
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逆を言えば、変化しない者は生き残れません。変化することができず、消えていったエンジニアも何人も見てきました。
バブル、リーマン、コロナ
阪神•淡路大震災、東日本大地震
絶好調だった事業が突然、撤退を余儀なくされたり、イケイケどんどんで受注した機械が、ある日突然キャンセルされて、在庫の山になったり、思い出しただけで、吐き気をもよおすほどの地獄も見てきました。
そして、様々な変化に耐えられず、心身を病み、亡くなる方も、身近でたくさん見てきました。
それでも、不死鳥のごとく立ち上がる者たちは、やはり変化できる者たちでした。
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2.先輩からの教え
僕は先輩から怒られた時、先輩の言葉を手帳に記録してきました。
手帳の日付を見ると、2004/3/15となっており、この記事を書いている2025年から、20年も前のメモですが、今でも大切にしています。
52歳の僕より一回り上の先輩で、僕が20年前まだ主任だった頃、係長だった方です。
僕は平社員から主任になった時、自分の努力が評価されたと、有頂天になってしまい、仲間から総スカンをくらい、長年所属していた設計部門から「役に立たない」と、主に客先でメンテナンスを行う技術部門に飛ばされました。
お世話になった先輩は、僕が飛ばされた技術部門の係長だった方でした。
僕が28歳で台湾の駐在員となり、台湾に納めた装置のメンテナンスを担当していた頃、先輩からワンツーマンで、仕事だけでなく、人としての立ち振る舞いも含め、いろんなことを教えて頂きました。
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①ロボット相手にしてんじゃないぞ
どんな仕事をしていても、結局は人
機械を買ってくれるお客様も、いっしょに働く仲間も、みんな人
常に相手のキモチを考えて仕事をしなさいと、何度もくりかえし、教えられました。
②やってくれた事に対し報酬が大事
受けた恩に報いること、助けてもらったら感謝の言葉を忘れないこと。お客様に対しても、いっしょに働く仲間に対しても。
50代になり、あらためて先輩の言葉を読み直すと、感慨深いものがあります。
③担当した装置は子供みたいなもの
自分でお客様から仕様をお聞きし、自分で図面を書き、自分で部品を加工し、自分で組立•配線し、自分でプログラムを作り、自分で動かす、自分で取扱説明書を書き、自分でお客様のところに納め、トラブルがあれば自分で直し、定期的にメンテナンスする。
これはもはや、子育てと同じだと、一つ一つの作業に愛情を込めて、その装置が寿命を迎えるその日まで、しっかり見守ること。
20年前はまだ独身で、もちろん子供もいなかったので、話半分で聞いていましたが、僕も父親となり、子供を育てる身になると、これもまた感慨深いです。
3.明けない夜はない
昔の手帳を読みながら、昔の事を思い出すと、成功した事より、失敗したことのほうが、鮮明に思い出されますが、挫折を経験した後に、自負なりに努力して、もう一度立ち上がると、必ず光が差すことがありました。
明けない夜はない、雨の後にはキレイな虹が見えることもある。
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みなさんも、生きていく中で、様々な困難が立ちはだかると思いますが、どうか希望を持ち、変化を恐れずに、挑戦し続けてみてください。
そう、最後に生き残るのは、変化する者たちだけですよ
以上、すみひろでした。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。