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「おカネの教室」ができるまで②書いちゃえ

連載開始は2010年

手元の記録では「おカネの教室(以下おカネ)」は、2010年5月の大型連休中に家庭内連載が始まっている。連載開始といっても、連休前半戦あたりに私がパチパチと執筆し、プリントアウトしたものを長女に「読んでみな」と手渡しただけのことだ。
今見ると、A4で7ページ、4600字ほどの初稿は「思ったとおり、教室はがらんとしていた。」という一文で始まっている。書籍版とほぼ同じ書き出しだ。
長女は2000年生まれのいわゆるミレニアムベイビーで、連載開始時は10歳。5年生になったばかりだった。

学校には任せておけない

よく指摘されるように、日本は金銭・経済教育が貧弱だ。その是非は置くとして、現実がそうである以上、「学校には任せておけない」と思えば、親が自分で補うしかない。
高学年にもなれば、お小遣いやお年玉を自己管理するようになる。2010年は、我が家の子育てにおいても、そろそろ「経済の基礎の基礎」を教えねば、というタイミングだった。

まずは「何か良い本はないか」と本屋を漁った。私は子供のころから「本の虫」で、当時も今も、月に数度は大型書店を2時間ほど回遊するのを常としている。読書家で知られた上岡龍太郎氏が「どっさり本を買い込んで小脇に抱えて自宅に向かうときほど幸せを感じることはない」と嬉しそうに語るのを見たことがある。私も同じタイプの人間だ。自宅には本棚が14本ほどある。
というわけで、いつもの回遊のついでに、長女向けのテキストをかなり真剣に探してみた。だが、ピンとくる本は見つからなかった。

自分で書いちゃおう

小学生向け学習読み物から大学生用の入門書まで、お金の仕組みや経済の基礎解説書はそれなりにある。今ほどラインアップが充実していなかったと記憶するが、金銭教育系の本を一通りチェックするためには、書店に数回足を運ぶ必要があった。だが、既存の書物で「これは読んでほしい」と思えるものは、漫画「ナニワ金融道」だけだった(この評価は今も変わらない。娘は「絵が生理的に無理」といまだに読んでくれないが)。

ピンとこない理由ははっきりしていた。基本を整理して手堅くまとめた本はあっても、「腹に落ちる」ような読書体験が望めないものばかりだったのだ。

誰もが経験するように、興味のない教科の教科書の内容をアタマに詰め込むのは苦痛だ。試験でも無ければ、わざわざそんなことをする人間はいない。そして、詰め込んだ知識は、血肉とはならず、試験期間が終われば忘れ去られる。

私の目には、「おカネの仕組みがわかる!」という類の本は、こんな教科書にように映った。そもそも、読者=長女は、お金や経済の本など興味はないのだ。馬を水辺まで連れて行っても、水を飲ませることはできない。

それなら、もう、自分で書いちゃおう」。これが私の達した結論だった。飛躍がすぎるように思うかもしれないが、本業は経済記者であり、実は「おカネ」の前に「ポドモド」という童話をすでに家庭内連載で完結させていた(以下にAmazonのリンク。挿絵は次女が担当)。だから、書くこと自体は、決断、という気分すらなかった。

ポドモド

こんな経緯で書き始めたわけで、帯や広告で謳っている「娘に贈った」という売り文句は、嘘ではない。あえて補足すれば、書くことは自分の楽しみでもあった。普段の仕事とは違ったスタイルで文章が書けるからだ。

日本の新聞は「笑い」を排除した精神と文章作法で作られる。欧米紙がユーモアを(時に過剰に)誇るのとは対照的だ。日本には真面目であることを知的態度の模範とする「伝統」があり、一方、欧米ではユーモアのない人間は知性に欠けるとみなされる土壌がある。
山本夏彦氏は「日本の新聞は苦笑いしない」と喝破した。確か、「苦笑いしない」ものとして「女」を同列に挙げていたと記憶する。世代ギャップを考えても「女」とは乱暴な物言いだが、山本氏が言いたいのは、「成熟した大人なら、浮世には、苦笑いするしかない現実や矛盾に満ち溢れていると知っているはずだ」ということだろう。氏の目には、日本の新聞は幼稚で野暮に映ったことだろう。

書く喜び

閑話休題。
面識のある方はご存知の通り、私は笑ってばかりいる人間だ。本業の取材中でもケラケラ笑っていることが多い。だが、いざ記事を書く際には「笑い」は封印する。記事はファクトをもとに書くものであり、物語を書くときのような想像力の出番もない。
「おカネ」の軽い文体は、子供のころから、学校の文集などで雑文を書く際の私本来のスタイルに近い。家庭内連載は、「本性」を解放する絶好の場だった。「娘のために」は、多めに見積もっても執筆の動機の5割程度だっただろうか

そんなこんなで、私は、深い考えもなく、まして、いつか本にするなんてことは微塵も考えず、「サクサク書けば半年くらいで終わるだろう」と軽い気持ちで書き始めた。実際には完結まで長期休載を挟んで7年もかかるわけだが…。

次回は、「夜中の閃き」です。お楽しみに。

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高井宏章
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