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「おカネの教室」ができるまで⑥長期休載

敵はアベノミクスとプーチン?

筆者の本業はサラリーマン記者だ。専業作家と違って、執筆ペースは本業の繁閑に大きく左右される
ざっと「お金の教室」の家庭内連載のペースを見てみよう。初稿は32ほどのチャプターから成り立っていた。

2010年  1~ 7章  7回
2011年  8~13章  6回
2012年 14~16章  3回
2013年 17~20章  4回
2016年 21~32章 12回

連載初年は月1本、翌年は2か月に1本、3~4年目で3~4か月に1本と、順調(?)にペースダウンしている。2014、15年は完全な休載状態になった。そして16年の連載再開から一気にゴールまで突っ走っている。

2012年からのスローダウンは会社の異動と綺麗にリンクしている。
2012年末に安倍政権が誕生。株式や債券などマーケット報道チームの責任者(キャップ)だった私は、「忙殺」という表現がぴったりの状態に陥った。アベノミクス相場の到来だ。キャップ業は2年にわたり、13年まではまとまった休みがとれたときぐらいしか執筆する余裕はなかった。

2014年にはマーケット報道から、全く経験のなかった国際ニュース報道の担当部署に移り、しかもいきなり未経験の編集者(デスク)をやらされることになった。ここでの1年も、ロシアのクリミア併合からイスラム国の台頭、欧州で相次ぐテロ、リー・クアン・ユー氏の死去とまさに怒涛の日々で、「おカネの教室」に回せる時間は皆無だった。

執筆中断は「死の接吻」

2015年には仕事に慣れた前の部署に戻り、多少の余裕ができた。だが、連載を再開することはできなかった
なぜか。再び、スティーブン・キングの「書くことについて」から引く。

いったんとりかかったら、よほどのことがないかぎり中断もしないし、ペースダウンもしない。毎日こつこつ書きつづけていないと、頭の中で登場人物が艶を失い、薄っぺらになってしまう。語り口は切れ味が鈍り、プロットやペースを制御することができなくなる。なお悪いことに、新しいストーリーを紡ぎだす感興そのものが色褪せてしまう。こうなると、仕事は苦役と変わりなくなる。大方の作家にとって、それは死の接吻に等しい。文章がもっとも光り輝くのは(いつだって、いつだって、いつだって)インスピレーションに導かれて書いたときだ。

ただでさえ間が空きがちな休日作家。1年も物語から離れれば、キングが言う「苦役」状態は避けがたい。
幸か不幸か、読者=長女は、それほど続きが気になる様子でもなかったから、「そのうち書くね」とごまかせた。

そんな日々のなかで、折にふれて申し訳ない気持ちが沸き起こった。
長女に対して、ではなく、登場人物の3人組に対して、申し訳なかった。
この頃には、彼らは私の頭の中でまるで独立した人格を持つ友人のようになっていた。それはそうだろう。もう4~5年の「付き合い」だったのだから。
ふと考え事をしたり、布団に入ったりしていると、彼らが思考に割り込んできて、「先を書け」と催促するような目で見られることがしばしばあった。頭の中で、3人組の作中では描いていない会話が交わされ、それを「傍聴」することもあった。彼らは作品の世界で生きていたのだ。
だが、彼らは生きて、会話はしていても、作品が中断されたところで「足踏み」していた。物語を書き続ける運動のなかでしか、彼らの世界の時計の針は進まないようだった。

ビャッコさんの悩みはどうなるのだろう。物語はどんな結末を迎えるのだろう。
私自身、先は気になるし、彼らには催促されるし…でも、仕事がそこそこ忙しいのもあり、「苦役」に向かう気が起きない。提出期限のない宿題を抱えた子供のような心境で、日々は過ぎていった。

転機となった海外赴任

そこでまた本業で変化が起きた。2015年の年末に、翌春からのロンドンへの赴任が決まったのだ。取材して記事を書く記者ではなく、欧州・ロシア・中東・アフリカの報道の統括者、仕切り役のポストへの異動だった。

結局ロンドンでは2年暮らすことになるのだが、これは自分にとって初めての海外生活だった。私は現在も国際ニュースの担当デスクをやっているが、留学も駐在記者としての経験もなく、いわゆる「まるドメ」人生を歩んできた。ロンドンから帰ってきたいまでも英語は苦手だ。
赴任前の3~4か月は、付け焼刃の英語レッスンや引っ越しの準備、社内・知人とのお別れ会等々であっという間に過ぎた。無論、「おカネの教室」を書く暇はなかった。

ロンドンへ

2016年3月、私は一人、ロンドンに旅立った。家族は5月の連休に合流する予定だった。
「ロンドンなら少し時間に余裕ができそうだから、連載を再開できるかも」。
そんな期待はすぐに裏切られることになる。事実として、作品はロンドンで完成するのだが、世の中、そんなスイスイと進むほど、甘いものではなかった。

次回は「ロンドン!」です。お楽しみに。

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高井宏章
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