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DeSci (分散型サイエンス)とは何か? DeSciを求める科学者の背景 ver 1.0

DeSciとは、ブロックチェーンなどの技術を用いて"分散型のガバナンスに支えられた民主的なサイエンスシステムの構築と、それによるサイエンスの実践のこと"です。自律分散型組織やブロックチェーンを使った評価システムを用いて新たな出版や助成システム、研究基盤を構築します。

2009年に設立されたa16z (Andreessen Horowitz)は、Facebook、Slack、Airbnb‎、GitHubなど、多くの有名スタートアップへの投資実績を持ち、近年では仮想通貨界隈での投資でも多くの実績があります。

そのa16zや著名な科学雑誌Natureが、神経科学者であるSarah Hamburg博士(@Shamburgularara)によるDeSci (Decentralized Science, 分散型サイエンス)に関する記事を掲載しました。また、テックメディア「The Generalist」が「2022年にクリプト業界で何をみるべきか?」の中にDeSciを取り上げるなど、界隈でDeSciという言葉も触れられるようになりました。

"Call to join the decentralized science movement" 著:Sarah Hamburg博士

しかし、「DeSciがどうして期待されているのか?」という疑問をお持ちの方もいらっしゃると思います。

この記事では、科学者の視点からDeSciが期待される背景について紹介していきたいと思います。

注意して欲しいのが、DeSciを理解するためには、クリプトとサイエンスの業界の知識がそれぞれ必要であることと、現在DeSciが目指している動きが数年以上かかる実験途中であるということです。

■ 1. そもそもDeSci(分散型サイエンス)とは何か?

DeSciとは、現状"分散型のガバナンスに支えられた民主的なサイエンスシステムの構築と、それによるサイエンスの実践のこと"だと言えます。

これによって、商業企業から離れ、科学者コミュニティが自律的でオープンにサイエンスを実施することが目指されています。

Hamburg博士によれば、科学を多くの人々に解放するオープンサイエンスの動きと、分散型のガバナンスを可能にするブロックチェーン技術による暗号通貨の動きの交差としてDeSciが位置付けられます。

Hamburg博士が紹介した例のなかには、

□ 科学的知識を支えるエコシステムの構築 (自律分散型組織 (decentralized autonomous organization, DAO)による)
□ 分散型ストレージを利用した科学的、政治的な検閲の回避 (例えば、arweaveやfilecoinなど) 
□ NFTやトークンを活用した新たなファンディングの構築 (2次ファンディング、Retroactive Public Goods Fundingなど)
□ スマートコントラクトによる査読システムの再構築
□ NFTなどを用いた論文以外の研究者の評価方法の確立 

などが挙げられています。

これらが、今後どれだけ成功するかは分かりませんが、実際にいくつかのサイエンス系の自律分散型組織(DAO)の活動が始まっています。

ここでは、このDeSciを突き動かす背景について、2章オープンサイエンス革命と、3章ガバナンスの問題の観点から説明したいと思います。

■ 2. DeSciを駆動するもの1: オープンサイエンス革命

     ◇ 2.1 サイエンスの民主化

DeSciについて考える前に、オープンサイエンスの流れがあることを指摘しなければなりません。

オープンサイエンスとは、サイエンスを大学や研究機関の科学者以外の人たちがサイエンスプロジェクトに参加したり、サイエンス自体の営みを多くの人たちが見てもらうためにその過程を公開しながり実施するサイエンスのことです。

つまり、科学のプロセスを公開したり、科学のプロジェクトを科学者以外の人たちに解放する民主化の動きのことを指します。

多くの科学者は、自分の研究や論文が多くの人たちに役立てられることを望んでいます。だからこそ、多くの人たちに論文の情報を積極的に公開します。

オープンサイエンスの動きには、自分の生み出した情報を公共財として多くの人たちに役立てて欲しいという科学者の願いも表現されているのです。

     ◇ 2.2 知識の醸成器としてのオープンサイエンス

1990年代以降、インターネットは、図書館に行かずとも多くの人が論文や知識にアクセスできる環境を提供しました。

また、インターネットを介し、多くの人たちが、サイエンスのプロジェクトに参加できる機会も爆発的に増やし、結果として研究の国際的な連携も活発になったのです。

つまり、地域を超えて分散的な知識を掛け合わせ、新たな知識を生み出す土壌ができたわけです。

理論物理学者マイケル・ニールセンは、このインターネットによるサイエンスの変革を第二次オープンサイエンス革命 (第一次革命は出版革命によって論文が印刷され多くの人たちに共有された17世紀の変革を指します)と呼びました。

     ◇ 2.3 オープンサイエンス革命まとめ

このオープンサイエンスの流れの中で、雑誌に掲載される前の論文原稿を保存するプレプリントレポジトリであるコーネル大学図書館が運営するarXivやコールドスプリングハーバーbioRxivなど、多くの人たちが論文アクセスできるサイトも確実に広がっています。

しかし、まだまだ、科学者以外の人たちが科学的なプロジェクトに参画する機会はあまり多くありません。

DeSciの一部にはこのオープンサイエンスを拡大しようとする動きがあるのです。

このオープンサイエンスのムーブメントは他にも色々立場があるにせよ

□ 研究機関などに依存しない研究者のエコシステムを構築できないか
□ 一つの研究機関などに依存しない分散型のストレージによって多くの人が知識を共有する仕組みを作れないか

という試みと繋がっています。

■ 3. DeSciを駆動するもの2: サイエンスのガバナンス問題

     ◇ 3.1 出版社との距離感

インターネットによって一部の出版会社が強くなりすぎたという指摘もあります。

例えば、多額のオープンアクセス費用を、出版会社が科学者に請求することです (中には日本円にして120万円以上の請求が公表されています)。

科学者が論文を書いて科学者同士がその内容をチェックする査読システムは無償の活動として行われ、多くの場合出版費用を研究者やその所属研究機関が負担しなければなりません。編集や出版などのプロセスが経るにしても、科学者の無償の作業だけでなく多額の資金が出版企業に集中することに疑問があるわけです。

つまり、「科学の知識(特に国の助成金によって生まれた知識)は公共財」だと考えている科学者にとっては、一部の出版社が「科学知識を多額の資金を利用しなければ閲覧できない商材している現状」は大きな問題になっています。

     ◇ 3.2 論文掲載のプレッシャーと再現性の危機

また、有名雑誌に掲載されることが研究者の格付けとしても機能しています。それによって出版企業が力を持っている、人によっては力を持ちすぎていると考えている現状があります。

有名雑誌に載るためには、新しいセンセーショナルな研究をし続けなければならないというプレッシャーが科学者にはあります。

それによって不確実な研究結果が出版されてしまっているという問題があることが指摘されているのです。

実際2010年代は、有名雑誌の研究論文の結果が本当に再現ができるのかということが問題になりました。この問題の背景に、論文を出し続けなければ滅びるしかない (Publish or Perish)文化的なプレッシャーがあるとされています。論文が研究者を評価する大きな指標となっている現状に不満がある人もいるわけです。

すでに、複数の雑誌で再現性を高めるための動きも出ていますが、このような有名雑誌がステータスになる現状に反発している科学者も根強く存在しています。

     ◇ 3.3 研究者の作業時間と資金調達問題

出版企業や再現性の危機だけでなく、研究を主導する研究者たちの作業時間の大半が資金調達に割かれている現状もあります。

米国国立衛生研究所(NIH)における科学助成金の成功率は1997年には30.5%であるのに対し、16年には18.3%になっています。単純に不成功だった助成金提案書の執筆時間は無駄になります。

このような現状で短期間での成果が出やすい研究を求めてしまう現状が指摘されています。アメリカだけでなく、似たような問題は日本でも指摘され研究における大きな問題となっているのです。

     ◇ 3.4 サイエンスのガバナンス問題まとめ

まとめると、出版会社に多額のお金が流れていること、出版会社が科学者の評価に大きな影響を与えすぎている現状、科学者の資金調達の問題をそれぞブロックチェーン技術を用いて変えたいと思っている科学者がいます。

ブロックチェーン技術によってサイエンスコミュニティのガバナンスを構築する動き、つまり

□ NFTやトークンを活用した新たなファンディングの構築 (2次ファンディング、Retroactive Public Goods Fundingなど)
□ スマートコントラクトによる査読システムの再構築
□ NFTなどを用いた論文以外の研究者の評価方法の確立 

などの試みと繋がっています。

■ 4. まとめ

以上にあげた、オープンサイエンスのムーブメントと、サイエンスのガバナンスの問題点を解決できないかというブロックチェーンを活用した試みがDeSciを下支えする背景になります。

ブロックチェーンにより上で取り上げた問題を解決するための検証がはじまっています。

別の記事では、DeSciの現状と課題などについて取り上げたいと思います。

2022年11月よりアカデミックインキュベーション『De-Silo』により連載を開始しました。より詳しい取り組みやプレイヤーたちについてこちらをご覧ください。

連載1.「DeSci(分散型サイエンス)」とは何か?研究資金調達のオルタナティブとなりうるムーブメント
連載2. 研究人材のマッチングから、研究への貢献に応じたトークン付与まで──DeSciが実現するエコシステムの最新マップ

また私もDeSciのいくつかのDAOのdiscordに入っていますので、これらの活動についても今後取り上げたいとお思います。

■ 5. 追記 (2022/08/18)

東北大学で講演を行いました。
ブロックチェーンを使って、どのようなインセンティブ設計を行なってサイエンスの問題を解決しようとしているのか紹介しています。

ブロックチェーン技術が拓くオープンサイエンスの未来
~分散型サイエンスによるインセンティブ設計~

スライド資料

他資料

1. Dans, E. 2022. DeSci, an opportunity to decentralize scientific research and publication. https://medium.com/enrique-dans/desci-an-opportunity-to-decentralize-scientific-research-and-publication-ee617f75e639

2. Kostick-quenet, K. et al., 2022. How NFTs could transform health information exchange. Science. 375 (6580), pp. 500-502. DOI: 10.1126/science.abm2004 https://www.science.org/doi/10.1126/science.abm2004

4. Jones, N. 2021. How scientists are embracing NFTs. Nature 594, 481-482. https://doi.org/10.1038/d41586-021-01642-3

5. 日本語版: ガバナンス, DAO, DeSci関連の研究組織 (公開用) https://docs.google.com/spreadsheets/d/1JGOdAk-39ViIbLoM1I7GlgYZ_aQK4SDYYhKj_h2Zj3o/edit?usp=sharing

6. Neuman, N. 2022. Mid-year Recap: Web3 and Science Collide. https://future.com/first-half-2022-web3-decentralized-science-desci/?utm_campaign=future&utm_source=linkedin&utm_medium=social

7. Wang et al., The DAO to DeSci: AI for Free, Fair, and Responsibility Sensitive Sciences. IEEE Intelligent Systems 37 (2), 16 - 22. https://doi.org/10.1109/MIS.2022.3167070

山形先生によるブログ

5/1 追加

Cointelegraph.comの記事

またサイエンスに関連するファンディングも開始している。

Future FundはFTXのメンバーが多く参画している。

https://ftxfuturefund.org/projects/

科学向けの分散型ID

https://medium.com/opscientia-dao/provable-and-computable-identity-for-future-proof-scientific-workflows-b020cdea11e3


サイエンティストたちによるNFTオークション


サイエンスのためのNFTマーケット


George Church教授によるゲノムNFTプロジェクト


VitaDAOに関する記事


Ocean Protocolに関する記事

Web3 テクノロジーによるサイエンスの再設計の動き


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