日本でDeSciを進めるための現在の問題 ver 2.0
約2年前に『日本でDeSciを進めるための現在の問題 ver 1.0』という記事を書いた。この時の記事は、日本でDeSciをやる可能性が明確ではなくDAOを中心に考えていた。
しかし、2年経ってさまざまな活動を経て、DeSciの可能性がより明らかになってきた。その結果が、2024年3月に『情報の科学と技術』より公開された論文に記してある。
この論文の成果としては、以下の3つであり日本のみならず世界的にみても
DeSciをコンセプトと技術を最もよく整理した内容だと考えている。
1. DeSciの背景をメタサイエンスと合わせて日本語で整理
2. DeSciをブロックチェーンのみならず分散型技術/コンセプトの整理
3. 日本での課題と展望を整理
次は、英語でこれらをまとめた論文を執筆していく予定である。ようやくこれらの内容を理解してもらう素地を固められたと思っている。(仮題は決めてあり、"Science as Decentralized Innovation Commons")
今回は、2年前の課題を踏まえつつ現在の課題を明らかにしていく。
2022年の課題
日本の税制では自律分散型組織(DAO)のトークン発行は厳しい
海外のDAOからファンディングを受けるとしても何をクリアしないといけないのかが明らかではない
日本から海外のDAOのサポートする方法
暗号通貨(クリプト)への理解
2022年では、まさにVitaDAOなどのDAOが出現したタイミングで、クリプトのみならず若手の科学者からも期待の声が聞こえてきていた。
ただ以上の課題はほぼ解決していない。暗号通貨の認知と理解はほぼ進展していない。
オンチェーンでのインセンティブ設計は日本では現状できない。これが2年で明らかになった。
しかし、この間に多くのことが見えてきた。
2022-2023年の状況
2022年、2023年には、DeSci.BerlinやDeSci.Londonが開催され、知財xNFTを構築しているMoleculeのエコシステムが拡大した。他にも、米国大手暗号通貨取引所CoinbaseのCEO Brian ArmstrongがオンチェーンベースのResearchHubを強力に推進しているなど動きは活発になっている。
日本でもいくつか動きが出てきた。
DeSci.Tokyoを開催
アカデミストの柴藤さんが分散型研究所の提案
研究ギルドであるGftd.DAOの誕生
中外製薬がWeb3ベースのビジョンを公開
CRDSがDeSciやメタサイエンスに言及
総じてみれば、確実に日本でもDeSciに共感して実際に動き出した人が出てきた。
ただ実践のレベルで言うとようやく色々動きが出始めたが、それらの成果が出ている状態ではない。
Moleculeは2018年にPaul KohlhaasとTyler Golatoによって設立されたが、VitaDAOの立ち上げには3年ほどかかっている。プレシードで投資を受けたのは2020年とも書かれている。
2025年の初めまでに何か動きがなければ、エコシステムの進展が遅いと言わざるを得ない。
日本の科学の課題
DeSciについて考える前に、この2年何が日本の科学の課題なのかを改めて検討した。その結果以下の6つにあると考えている。
人口減少&博士課程に進む若者の減少
国内のみでのシーズ育成の困難
労働効率性
研究インパクトの低下
多様な研究ソースの不足
研究の再現性への取り組みが少ない
技術移転の弱さ
これらの課題に対して、DeSciのみならずいくつかの取り組みがある。
労働効率性向上と人不足への対応のためのラボオートメーションの実践
研究リソースの活性化を目指した使われていない実験器具や人材、知財等とプロジェクトのマッチングを高める取り組み
研究の再現性の向上のためのオープンサイエンスの推進
クラウドファンディングによるPoC研究支援
特に生成AIが登場してからは、ラボオートメーションへの業界の意欲は高い。一方で、人材育成や海外の研究者のオンボードは進んでおらず、そのようなエコシステムやプラットフォームの構築がDeSciには期待されていると考えている。
アカデミア以外の研究者のギルド構築とそのプラットフォームの構築
全世界の研究者のオンボードを目指したクラウドラボの構築
データ共有プラットフォームの構築
研究エコシステムの活性化によるプレイヤーの増加
これらは、ブロックチェーンが必須ではないが、オンチェーンでスケーラビリティがでるような取り組みになるだろう。
2024年日本のDeSciの課題
最後に、日本のDeSciの課題についてここに記しておく。
オンチェーンでDAOを設立できない
データ共有基盤に関する法令などの整理
具体的なプロジェクトの取り組み・成果
エコシステムの活性化
データ共有基盤に関する法令などの整理
日本において、データ利活用に向けた動きで、GDPRをも抑えて動きに2022年の個人情報保護法の改正と2023年の次世代医療基盤法の改正がある。
これらは仮名加工情報の利用に向けた動きである。
この動きはまだよく整理されておらず実際の取り組みもまばらにはじまっている印象である。DeSciを行うならこの課題ははっきりさせておく必要がある。
具体的なプロジェクトの取り組み・成果
すでに取り上げたような動きに合わせて日本でも何か具体的なプロジェクトやその成果が動き出す必要がある。
もちろん、いくつか昆虫NFTプロジェクトなどいくつかのプロジェクトが動き出している。
ただ、オンチェーンのプロジェクトを進めるための知見が業界に溜まっているとは言い難い。
実践知が溜まりつつエコシステムが拡張するようなツール開発は圧倒的に足りていない。個人的にはこれが一番辛い。
エコシステムの活性化
DeSciはDeSciだけでなく近い動きとも連携していく必要がある。
私は、クリプト組織、フィランソロピーとScience of Scienceなどの他の動きとの連携が必要と考えてきた。
その理由として、私がDeSciを『オープンサイエンスと類似した動機を持つもののブロックチェーンに留まらない分散型のシステムによって科学の再設計を行う実践やシステムとしてDeSciを捉えメタサイエンスムーブメントの一つの応用として理解している』からだ。
若手が少ない&資源が少ない日本において、絶対的に必要なのは
1. 他のプレイヤーのオンボードを促すようなプラットフォームの構築
2. AIによる圧倒的な実験の効率化
3. 技術をベースに海外に輸出していく仕組みと学術研究の技術移転
である。むしろこれ以外にないと考えている。なので生成AIをやる必要ももちろんあるが、制度的、コミュニティ的な技術移転の促す仕組みは必須である。
DeSci Tokyoはすでにクリプト組織との議論は行なっているし、財団支援のために研究調査の需要があることも理解している。
また、Science of Science(Sci Sci、『科学を取り巻くメカニズムを明らかにすることに取り組む学際的な学問領域の総称』(第1回Science of Science研究会))も立ち上がっている。Sci Sciには学術的側面と政策的側面があるとされている。
1. 学術的側面: 論文数・引用・共著などの伝統的な学術情報の分析に留まらず、科学活動に関わる多様なエージェント同士のインタラクションを地理的・時間的なスケールで理解を目指す
2. 政策的側面: 論文に限らず研究に関するあらゆる情報が活用され、科学を加速させるツールや政策を開発
Science of Scienceの動きは、DeSciで必要な計量ツールを議論する上でも必要な領域となる。
実際、metascience conferenceではDeSciのプレイヤー、Sci Sci、オープンサイエンスのプレイヤーが一堂に会しており、この動きには合理性がある。
DeSci Tokyoでは積極的にこの動きを支援していくため、第1回の研究会ではスポンサーになっている。
最後に
DeSci Tokyoでは、以下の取り組みをすでに始めている。
Web2のツールを利用した資金分配の仕組みを実験中
gftd.DAOなどのように研究者ギルドを構築して実際に研究を実施
GDPRをベースとしたデータ基盤の調査
財団活動のために研究調査の連携を開始
2024年は、イベントを7月に開催予定であり、3月中に公開されるだろう。7月のイベントでは、DeSci Tokyoの取り組みの一部を共有したいと思っている。
これらの取り組みが実を結ぶのか、2026年に改めてここらへんの答え合わせを行いたい。
謝辞
2年で多くの方々との出会いと協力があり、ここまで進むことができました。関係者はすでに20名以上になっているのではと思っています。クラファンを含めた支援者の皆さまに感謝したい。
2023年の成果
https://twitter.com/DeSciTokyo/status/1740293565170000159
イベント開催
DeSci Tokyo Meetup
Decentralized Science Tokyo Conference 2023
DeSci Meetup with Jeffery Scia, Ph.D from Scisets
アカデミスト支援者向けDeSci Tokyo Meetup
DeSci Tokyo Meetup with Christopher Hills, Ph.D from DeSci Labs
執筆活動
「DeSci(分散型サイエンス)」はアカデミアの資金不足を救うか?──研究資金調達のための“次の一手”|高橋祥子×濱田太陽
アカデミアにおける資金状況の改善に向け、「DeSci(分散型サイエンス)」が乗り越えるべき課題──経済的持続性、コミュニティづくり、システム基盤の整備
Web3社会がつなぐ研究と人と資金
動き始めた「DeSci(分散型サイエンス)」の意義
DeSci(分散型サイエンス)が「公共性」を志向する理由──パブリックブロックチェーン、Web3の源流からひもとく
日本でも勃興するDeSci(分散型サイエンス)の最新潮流──分散するガバナンス、インフラ、エコシステム
Emerging Trends in Decentralized Science (DeSci) in Japan
インパクト引用.
学術論文
Oka, et al., 2023. Autonomous, bidding, credible, decentralized, ethical, and funded (ABCDEF) publishing. F1000.
招待発表
濱田太陽. DeSciの基盤が構築する世界. 独立行政法人経済産業研究所(RIETI)
濱田太陽. web3 x 科学: 分散型科学が目指すマルチプラットフォーム : web3って本当に科学に使えるの? ~分散型科学が築く社会~. Scienc-ome.
濱田太陽. 自己主権型アイデンティティが導く分散型イノベーションコモンズ. Chugai Innovation Day 2023.
濱田太陽. 本郷Web3バレーハッカソン.
発表
Hiro Taiyo Hamada. Engineering meta-space of science: An exploration of scientific management models. DeSci.Berlin. 2023.
濱田太陽. 研究開発における新たな科学運営モデル. 研究・イノベーション学会, 2023.
グラント獲得
DeSci.Berlin. Travel Grant.
インタビュー協力
拡張する研究開発エコシステム 研究資金・人材・インフラ・情報循環の変革に乗り出すアントレプレナーたち
メディア取材
Web3で製薬やスポーツ新事業、参加者投票で組織運営
Web3で注目の「分散型科学:DeSci」って何?日本でも誕生。サイエンスに新たな潮流つくれるか
Web3の新潮流「DeSci」 日本で普及に必要な法整備