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「神がかり!」第47話前編
第47話「すっきりした」前編
少女の小さい身体は”ふらふら”と覚束ない足取りで二、三歩蹌踉めいてから、
ズザァァ――
衝撃を受けた勢いのまま、地面に転倒していた。
「……」
俺は振り上げていた左手を機械のような無機質さで降ろし、倒れたままの少女にゆっくりと歩み寄る。
「ちょっ?ちょっと!!」
脅威となっていた巨人が沈黙した事で当面の危機が去り、此方に駆け寄って来ていた波紫野 嬰美が、目の前で起こったまさかの展開に瞳を開いて立ち止まる!
「折山 朔太郎っ!」
その暴力の元凶たる折山 朔太郎……
つまり、俺に向かって嬰美は一喝して留めようと試みるが――
「……」
勿論、俺の歩みは止まらない。
「……っ」
ぐったりと仰向けに倒れた蛍。
プリーツスカートから伸びた白い足が冷たい土の上に力なく投げ出されたままだ。
ザッ、ザッ……
俺は負傷した両手をだらりと下げて、同じく負傷した右足を引きずりながら、地面に横たわる少女の直ぐ近くまで近づいたのだった。
――そして
「女には暴力を振るわないと思っていたか?」
ゆっくりとしゃがんで、目線を合わせてから問いかける。
「……」
蛍は倒れたままの状態で応えなかった。
仰向けに倒れたときの状態のまま、四肢を投げ出す少女は……
「……」
虚ろな瑠璃の瞳を夜空に”投げやった”ままだ。
「答えたくないか?それとも本当に俺が暴力をふるわないと?」
――その瞳には星空さえ映っていないだろう
「……」
死体のように生気の欠片もない彼女であるが、僅かに胸が規則正しく上下していることにより真の屍である事は否定されている。
――飽くまで黙りかよ……なら
「そんなわけ無いよな?六花 蛍。どうだ?まんまと”俺に制裁させて”満足か?」
「っ!?」
彼女の名字を六花と呼んだからか?
それとも後半部分が図星だったからか?
どちらにしても、俺の言葉で蛍に表情が戻る。
――ちっ
当たって欲しくない推測の結果を確信し、俺は心中で舌打ちしてから――
グイッ!
伏した少女の艶やかな髪を乱暴に鷲掴み!俺の顔の高さにまで強引に引きずり上げる!
「あぅっ」
先ほど僅かに反応したばかりの蛍の表情は今度は確かな痛みに歪んでいた。
「ちょっ!?朔太郎っ!」
「折山 朔太郎っ!!」
気がつくと嬰美だけでなく真理奈までが駆け付けており、俺の傍若無人な行動に思わず叫ぶが……
「……くっ……は……」
当の少女本人は顔を顰めはするものの、相変わらず俺と会話はしようともしない。
「……」
――ほんと、要らないことはペラペラと喋るくせに都合が悪くなるとこれだ
俺は昔から知る少女の難儀な頑なさに心底呆れていた。
「俺はな……結構満足してる……なんだかなぁ、信じられないくらいに」
向こうからの反応を諦めた俺は、引きずり上げた少女の顔に自らの顔を触れるほどに近づけてそう言ってみる。
「さ……く……たろう……くん?」
そこまでしてやっと蛍は初めて言葉らしいものを返したのだ。
「なんだその表情?キョトンとして……俺がこんな事言うとは意外か?」
そしてその時の俺は――
本当に混ざりっけの無い表情で笑っていたのだった。
「さく……」
「ああ、そうだよ。スッキリした。俺にこんな感情があったとはな、蛍、お前は本当に憎らしい女だな、見事だよ、ほんと」
「…………」
――そう、俺は知っていた
――ああ知っていたとも
過去を恐れながらも……
怯えながらも……心の底で御端に……俺に……
守居 蛍が求めていたもの。
「あ……あの……」
その計画ともいえない行き当たりばったりの、穴だらけの……
――杜撰な願望
「そうだな、俺はな、俺はお前を恨んでいた。憎んでいたんだ、そう、ずっとだ」
ここに居る誰もが解るはずの無い、考えが及ばない、少女の考えを――
折山 朔太郎だけは理解出来るんだろう。
「…………」
守居 蛍は動揺をのこした表情のまま、しかしある意味でなにかを待つような焦がれた瞳で俺を見詰めている。
「今回もなぁ……まんまと騙されて、利用されて、虚仮にされて頭にきてる……」
およそ憎んでいる相手に向けているとは思えない爽やかな表情で俺は蛍に告白する。
御端 來斗が言ったような――
不幸な人生から幸せを取り戻すため、名門の天都原学園に入るためにというのは……蛍の方便だ。
もしかしたら、他人を騙すのでは無く自分を騙す方便だったのかもしれない。
「すっきりしたよ」
――守居 蛍は……望んでいる
その為に御端 來斗を、俺を利用して”それ”を得ようとした。
――ふぅ……
そう、俺は利用されていたんだ……
――そんなの疾うの昔に知っていたけどな
けどな……
「俺の事、蛍の事、それを認めることがこんなにもスッキリするなんてな」
「……」
蛍の瑠璃に輝く瞳を間近に覗き込みながら、初めて心の内をぶちまける俺は実に愉しかった。
「や、やめなさいっ!折山 朔太郎!相手は女の子なのよ!!」
髪を掴んだままの……
傍から見れば、幼気な美少女を凄んで脅しているようにしか見えない破落戸の俺に、嬰美が抗議の声を上げる。
――おいおい……
本当は、誰から見ても、昔も、今も、被害者は俺だ。
そして更に言うなら、蛍の為に喚いている波紫野 嬰美という女は、旧校舎の一件で蛍に嵌められた最新の被害者ともいえる。
「朔太郎っ!!」
しかし、それでも……
大の男が幼気な少女をいたぶる。
それは、波紫野 嬰美という人間の性格から看過することはできないということだろう。
「……」
――イイ女だな、波紫野 嬰美
「……な、なによ?その目」
俺は介入しようとする嬰美にチラリとだけ視線をやってから、直ぐに手元の美少女に戻す。
「朔太郎、あなたの気持ちは分かるわ、でも、相手は……」
――けどな……
「すっこんでろっ!部外者!」
「っ!?」
それでも俺は、説得を試みようとする波紫野 嬰美を一喝していた。
「……うぅ」
「……くっ」
嬰美だけで無い。
真理奈も、その他の者達も……
俺の尋常で無い剣幕に黙り込む。
――それで良い
――嬰美には……否!誰にも俺と蛍の間に立ち入ることは許さない!
――
「俺にこうされたかったんだろ?それがお前の考える贖罪か?蛍」
仕切り直して、俺は強制的に固定した蛍の瞳を見据えて続けた。
「……」
もう、意図を見透かされているであろう事に気づいているだろう蛍は――
未だ健気にも黙って俺を睨み返して来る。
「言っておくが……”こんなの”痛みのウチに入らないぞ?いいか、拳はもっと痛い。相手が気絶しないように痛め続ける方法はいくらでもあるしなぁ」
俺は上等だとばかりに、これ見よがしに下卑た笑みを浮かべながら続けた。
――平手とはいえ
俺の腕が万全なら、今のように蛍が意識を保っているのは到底無理だったろう。
しかし前述したように、痛めつけられるのをご所望なら方法は幾らでも……
「……覚悟は……できてる……ずっと……」
守居 蛍という少女は、そこで初めて俺に決意を口にした。
「…………」
――俺には解っていた
彼女が御端 來斗に協力した事。
彼女が岩家を欺いた事。
そして――
蛍が何年かぶりで再会した俺を利用した事。
全てはその”しっぺ返し”を……
人生までの全ての報復を……
心のどこかで望んで来た少女は……
――守居 蛍……
――六花 蛍は、幼い頃に犯罪に関わり……
いや、その首謀者とも言える立場に据えられ、多くの人々を不幸にした。
多くの幸せであるべき家庭を壊した。
結果、彼女の親は捕まり、教団は解体された。
だが、その代償として蛍は罪を償う機会が無かった。
子供だから……
親に利用されていただけだから……
世論は――
正義は――
「どうとでも……したら……いいよ」
悪を裁いてくれはしない。
そして――折山 朔太郎は笑う。
「覚悟?……ははっ」
大人の世界では弱者は保護される。
いったい奴らは何様だというのか?
奴らは俺達を弱者と決めつけて勝手に保護し、守って……
――結局、自らの虚栄心を満たす道具にする!
弱者の意志など関係無い。
ただ自己を高い位置に置くための偽善。
当事者が望む望まないに拘わらず過多に向けられる欺瞞は――
実は己の矮小な自尊心を満たす自己欺瞞に過ぎないと……
奴らは一生気づかないだろう!
「ははっ、覚悟ね」
俺は彼女の真剣な決意の言葉を軽い口調で繰り返す。
「む……そうだよ」
ずっと持っていたであろう蛍の決意。
蛍が心のどこかでずっと望んでいた罰。
しかし恐れていた罰でもあるだろう。
そして俺に出会ってからは――
多分、折山 朔太郎に求めた断罪……
「はははっ!」
何時しか俺は心底から可笑しくなって笑っていた。
「さ、さくた……ろう……くん?」
そうだな――
守居 蛍が折山 朔太郎に”断罪”を求めるなら、
それはそれで光栄な事では無いか?
”過去”を罰せられる事でしか存在を繋げない臆病で滑稽な女。
”過去”そのものを無かったことに諦めて生きる……もっと臆病で滑稽な俺。
――なんてお似合いなんだ
「はははっ」
俺は可笑しくて可笑しくて仕方が無い。
そう、俺達の人生はずっと仕方が……無いんだ。
第47話「すっきりした」前編 END