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「神がかり!」第55T話前編

第55T話「二度目の告白」前編

 ようやく眠りについたいにしえ禍津神まがつかみ……

 いや、岩家いわいえの近くで――

 「……」

 流石に精も根も尽き果てた俺は、へたり込んだままで佇んだ少女を見上げていた。

 「やくそく……守ってくれたね」

 そう言って俺を見つめる瞳の少女は……

 ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇、

 サラサラと煌めく栗色の髪が愛らしい容姿によく似合っている可憐な美少女。

 ――幼少の俺が本当に……憧れた少女。

 「……」

 ――そうだな……現在いまなら素直に受け入れられる

 ――俺は

 可愛らしくて、可憐で、一見人当たりが良くて、

 その実ものすごくしたたかで……

 強そうでいて脆い。ギリギリの境界線に絶妙とも言える危うげなバランスで存在する少女に……

 ――現在いまも恋い焦がれている

 「……」

 「さく……たろうくん?」

 彼女は大きめの瞳で……

 少し垂れぎみの優しい瞳で……

 十年前と変わらぬ危うい存在のままで現在いまも俺の前に佇んでいた。

 「いや、なんでもない。ちょっとな……流石にヘタっただけだ」

 俺はそんな他愛も無い言い訳を、

 冷たい地面にベッタリと尻を着けた状態で少女を無言で見上げながらも、

 こうして、つい、いくばくかの時間を過ごしてしまっていたことを誤魔化す。

 「そう……なんだ?フフ……フフフ、ほんと……バカだねキミは。もっと上手くやる方法だって在るはずなのに」

 「……」

 俺に感謝している少女の瞳。

 潤んだ瞳はそのままに、だが優しげな唇はどこか皮肉気味に上がる。

 「こんな方法取らなくても……ううん、そもそも私なんかに関わらなくても、現在いま十年前むかしも、その間の理不尽なキミの人生も……恨んでいるはずの相手にこんな命懸けでキミは……」

 途切れ途切れに――

 想いを口にしようとしたためか、彼女の瞳が……

 俺の記憶に鮮烈に残る美しい瞳が滲んでそこから滴が溢れそうになる。

 ――ああ、そうか

 六花むつのはな……いや、この守居かみい てるの不器用な笑顔は……

 「キミは……さく……たろうくんは……」

 その景色を見て俺は妙に納得する。

 ――確かに過去むかし……現在いまも俺の求めていたものだ

 「まぁな、けど気にするなよ。俺は自分のやりたいようにやっただけ、お前の為に出来そうなことが”たまたま”俺の得意分野だっただけだ」

 ――偽りだ

 俺の心は彼女に対してそんな風には思っていない。

 ――ほんとうは……

 目の前に佇むサラサラと煌めく栗色の髪が愛らしい容姿によく似合っている少女。

 一見、どう見ても可憐で可愛らしい美少女だが……

 ――俺はっている

 この少女がそんな可愛らしいたぐいの存在で無いことを……

 ――だがそれでも!

 「……」

 俺は”それ”を今日、初めてほしいと思ったのかもしれない。

 「さくたろうくん?」

 ――そう、明日を

 昨日までは思いもよらなかったこと……でも今日にはそう感じている。

 ――そうだ、幼き日の憧れの少女

 大きめの潤んだ、少し垂れぎみの瞳。

 ――そう、俺はっている

 この少女が、その瞳が……

 死を内包したあお、生命の満ちるあおへといざなうことを……

 「……」

 守居かみい てるを見上げたままの現在いまの俺は、もう答えを手に入れていた。

 「さくたろうくん?どうしたの黙ってジッと私の顔……」

 俺は彼女の瞳を見ていると無性に胸が苦しくなる!

 だが、現在いまはそうでない……

 でも過去むかしは……あの時のてるの瞳は……

 あおい……深い深海へと続く、いずれ無へ至るだろう鮮やかなあお

 緩やかに死を連想させるそれは慈愛に満ちたあおの世界……

 ――あおの瞳

 そういう世界いろに変貌する少女の双瞳ひとみ

 幼少の頃の俺はあの場所で、そんな少女に施術を受けながら……

 単純にそんな宝石を”図鑑で見たことがあるなぁ”とか思っていた。

 ――そうだ!たしか……らぴ……すり?

 ――瑠璃ラピスラズリだ!瑠璃色ラピスラズリ双瞳ひとみ

 「……」

 そう、俺は……

 「さ、朔太郎さくたろうくん?あの……」

 「……」

 ――俺は、ほしい

 明日を……俺だけの”あした”を……

 この少女を……俺は……欲しい!

 「…………………………てる

 だから俺は口にする。

 ――ゴクリッと無気力を装った臆病を飲み込む!

 ――理不尽の前の無力から逃げる事なかれ主義を返上する!

 「……なぁ、俺が生きたいと思った明日に、お前が……守居かみい てるがいたら駄目なのか?」

 そうする事に決めたからだ!

 「っ!?」

 少女は今日”二度目”の俺の告白を……

 だが決意が格段に違う、一言一句とたがわぬ俺の告白に優しげな瞳を大きく見開いていた。

 「……さく……たろうくん」

 てるは俺の名を呟いて――

 戸惑いながらも俺の瞳を正面から捉えていた。

 意外と未練たらしい俺。

 ――けど……譲れない!

 ――”これだけ”は譲りたくない!!

 そうして今更初めて気づく、自分のごう

 そこには綺麗事なんてものは微塵もない。

 俺は六花むつのはな てるに……

 守居かみい てるという恋焦がれた少女を、唯々自分のモノにしたいだけの我が儘な男なのだ。

 「だから……助けた。俺は打算的な男なんだよ……また失望したか?」

 なんのことは無い。

 ただ……それだけだったんだ。

 「……」

 ――そもそも、助けた?

 いいや!実際、すがっているのは俺だった。

 過去むかしも……現在いまも……

 ――俺でも”誰か”を助けられると

 ――大切な少女を助けられたと

 あの”過ぎ去りし日とき”に何も出来ずに置き去りにした……

 俺の記憶に残る恋焦がれた少女ひとを俺は……

 「…………てる……俺は……」

 俺は今日、未来を初めて欲しいと思った。

 そして知ったんだ、それは同時に過去を取り戻すことでもあるんだと……

 ――だから!

 ――だから、やはり応えが欲しい

 たとえそれが俺の望まぬ解答こたえだとしても……

 「…………俺は……その……」

 上手く心の内を表現できない俺は、ただ次の言葉が出て来ずに彼女を見上げていた。

 「…………」

 てるは少しの間、俺と視線を絡め合っていたが……

 「……つまり……あれだ……その……」

 「………………ふぅ」

 やがてその視線を外し、小さく可愛らしい溜息をいた。

 「はぁ……やっぱり”キミにそばに居て欲しい!”とか?”一緒に生きて欲しい!”とかは言えないんだ?キミ」

 そして少しだけおどけた感じで……

 けど、その白い頬は結構な朱に染めたままで……

 そう問いかけてくる。

 「そ、そんな事を言えるほどお前を知らない」

 そして俺は今夜、つい数十分前に行われただろうやり取りと同じ返事を繰り返す。

 一見してなにも成長して無いようにも見えるだろうが、俺は……

 「いや、だから……知らないからつまり……いや知りたいというか……」

 ――それでも

 やはり俺は……本当の心だから嘘はきたくない。

 彼女をこんなにも欲しいから……

 ――だから、すこぶる格好悪くとも!なおさらきたくない!!

 「……………………はぁ、馬鹿だね」

 少女の優しい垂れ気味の瞳は、ほんの少しだけ残念そうな色を浮かべた後で――

 「さ・く・たろう……くん……ふふっ」

 語尾に”はあと”が入りそうな口調で口元を綻ばせ、そっと俺の方に小さい白い手を差し伸べてきたのだった。

第55T話「二度目の告白」前編 END

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