「神がかり!」第43話後編
第43話「モテモテだねぇ」後編
「あ……れは……あ、”天岩戸”」
――バシュッ!
嬰美がそれに気づいた瞬間に、それは大気に弾けて消える。
「う、がっぁぁぁぁっぁぁぁーーーー!」
そして再び振り上げられる巨人の強大な左腕!
「は、波紫野先輩!回避を!今ならまだ”地鏡”の効力が残ってます!離脱できま……!」
「……」
しかし、波紫野 剣は咄嗟に東外 真理奈の言葉に反応できない。
――
確かに彼の身体は未だ薄らと東外の黄金光に包まれてはいるが……
「……」
肝心の足腰に力が入らないのだ。
波紫野 剣はその場に留まったままで溜息を吐く。
「こっちは虎の子の大技後の”強制硬直時間”だってのに……怪物は”防御硬直初期化”かよ?非道いクソゲーだね」
”天孫”なんてチートを利用しての奥義発動直後はいつもこうなる事を彼は知っていた。
そして、一撃で怪物を沈められなかったときの覚悟も……
「グォォォォォッッーー!!」
振り上げられる巨大な左腕!!
死刑台といえる位置取りにも拘わらず、波紫野 剣は緊張の切れた表情でそれを見上げて立ち尽くしていた。
「剣っ!!」
「は、波紫野先輩っ!」
万事休す!その瞬間であった……
ザシュゥーー!!
「ガッ!?!ガァァァーーッ!!」
ドスンッ!ドスッ!
左拳を天空に振り上げていた巨人は、そのまま何かに弾かれたように地響きを立てて二、三歩よろめいて下がったのだ。
「な……」
呆気にとられる真理奈。
「は!?」
ダダッ!
「え、えいみちゃ……」
ガシ!――ズザザザァァーーーー
嬰美は絶望から我に返り、直ぐさま走り寄って剣の腕を取って後方まで引きずっていた。
「う……は……すごいね……嬰美ちゃん……火事場の馬鹿力……」
「バカ弟」
引きずられながらも軽口を言う弟に嬰美は表面上は冷ややかな視線を向けつつも、その表情の奥底には確かな安堵があった。
「どーやらぁ、間に合ったぁーみたいねぇー」
そして気の抜けた女の声が新たにその場に響き、一同は聞き覚えのある声の主に否応なく注目する。
「凛子さん……」
「凛子さん……って?」
そこには――
間延びした覇気の無い声の主が自身の身長ほどもある弓を手に立っていたのだ。
――六神道、椎葉 凛子
スラッとした長身と適度な凹凸の曲線、均整のとれた身体で、
長い髪を後ろで束ねた化粧っ気の薄い女。
よく見ると中々の美人である。
彼女の”天孫”は”天眼”と”天弓”と呼ばれる六神道最強を誇る武器であった。
「あれぇー?ねぇ?朔太郎くんはぁ?ねぇ、嬰美ちゃん、朔太郎くんはぁ、いないのぉ?」
とんでもない怪物を目の前にして……
この状況下で……
相変わらずの場違いな行動をとる彼女の瞳は黄金色に輝き、所持した弓も同様の光を放っている。
最悪を回避できたのは間違いなく凛子のお陰だろう。
「……」
嬰美は乱れた息で弟の腕を掴んだまま、ペコリと頭を下げる。
「その人達は……」
そして真理奈は、大きめの瞳をさらに丸くして驚いた表情で凛子の後ろにいる”見覚えのある柄の悪い男達”の顔を眺めていた。
――そうだ、真理奈は確かに識っている
ただし、彼女が調査した資料の写真でだが……
「おーーなんだ?兄貴!なんかヤバイ雰囲気満載じゃないですか!」
椎葉 凛子と共に突然乱入した二人の柄の悪い男。
「……ふん」
ひとりは三十代半ばで痩けた面長な輪郭と鋭い切れ長の目で、への字に固定された薄い唇を結んで不機嫌そうに立っている。
ノーネクタイでワイシャツの胸元が大きく開いた開襟シャツと草臥れてはいるが上質のスーツを着崩した出で立ちの、細身の割にガッシリとした印象のある男である。
「ありゃなんだ?マジでヤバそうッスよ、兄貴」
そしてもう一人は小太りの男。
艶のあるパープルのサテン生地のスーツ姿でお世辞にも趣味が良いとはいえない男だ。
「一世会、哀葉組若頭、西島 馨……」
東外 真理奈は朔太郎を調べた時の資料から、その名を記憶から引き出して呟いていた。
「……」
西島は無言のまま、ぐるりと周囲の状況を見渡し何かを確認する。
――そして
「…………あのガキ、何処行きやがった?」
西島 馨は鋭い視線で辺りを探った後、そう吐き捨てて不機嫌そうに背を向ける。
「確か、一世会の西島 馨さんね!貴方のような非合法組織の人間が何故ここに……」
東外 真理奈は最大限の警戒をしつつも、そこから早々に去ろうとする男にそう問い糾していた。
「……うるせえな雌ガキ。この程度でへたってるサンピンが文句があるっていうのか?」
「なっ!」
「っ!?」
「……」
柄の悪い男は別に脅したわけでは無いだろう。
しかし、西島 馨という"ただ者で無い男”の眼光に一瞬、その場の面々はたじろいでしまったのだ。
「ちっ、俺たちはあの半人前の関係者だ。べつにガキの喧嘩に関わるつもりはねぇよ」
眼前にある六神道の面々の顔を眺め、そして巨人の向こうに佇む蜂蜜金髪の優男を一睨みした後で、西島 馨と舎弟の小太り男、森永は少し離れたところまで歩いてゆく。
――
「ははっ、冗談だろう?極道如きがその”格”を持っているのかぁ?ははっ、笑えないなぁ……そうだ!六神道の雑魚共を掃除したら次はお前を泣かせて這い蹲らせてやるよ、世間のクズをヒィヒィ泣かせてみっともなく命乞いをさせてやるっ!」
「……」
御橋 來斗の嘲りにも全く意に介さない様子の柄の悪い男は、そのまま少し歩いて中庭隅の部活用に置いてあったベンチ上にドッカリと行儀悪い態度で腰掛ける。
「ちっ……まぁいい、先ずは六神道だ。コソコソ隠れ撃つ事だけが取り柄の椎葉 凛子なんかが加わったところでどうと言うことはない。見せてやろう、この巨人、偉大な”禍津神”の圧倒的な破壊をっ!!」
益々磨きのかかった狂人顔の御橋 來斗と、
「う゛ぉぉぉぉぉーーー!!」
それに応える様に叫ぶ、禍々しい瘴気を纏った巨人。
「剣、真理奈……凛子さんも、見たと思いますがさっき一瞬現れたあの防御壁……あれは……」
再び刀を構え直して嬰美が面々に問いかける。
「”天岩戸”だね。岩家の”天孫”である”八面金剛”の奥義……想像以上に桁違いでパワーアップしてしまってるけど」
「だとしたら……鉄壁と言われるアレに対応できるのは凛子さんの”天弓”しか無いです。天弓ならアレさえもすり抜けて本体に届くはず……」
それを剣が受けて、真理奈がさらに続けるが……
「やっても良いけどぉ?多分、あのムキムキくんの身体じゃぁ、当たっても威力不足だと思うけどぉ?」
椎葉 凛子は相変わらず他人事のように答え、黄金に輝いた視線は未だキョロキョロと周囲にお目当ての人物がいないか探していた。
「そ、そうですよね、凛子さんの天弓は対人用兵器ですから……どちらにしても後二、三本も放てるか……ですよね?」
真理奈は現実を分析しながら自身も構えを取り直し、再び巨人に対峙する。
「剣、どうするの?なにか良い方法は……」
嬰美が構えた刀越しで、漸く少し回復したのだろう、構えを取る弟を見ながら問いかけた。
「古の”禍津神”……御橋 來斗は確かにそう言ったよね?はぁ……神話の悪神なんかと実際に戦うのは流石に勘弁させてほしいなぁ……」
「それは……」
「うぅ……」
なんだかんだでアテにしていた弟、
いつも飄々とした剣の素直な弱音に、嬰美も真理奈も肩を落とす。
――無理も無いだろう
ここまで必死に戦って得たのは絶望だけ。
六神道の攻撃は通らず、頼みの凛子の天弓では破壊力が全然足らない。
"八方塞がり"とはまさにこの状況を指すのだから。
そんな絶望色に染まる少女達を眺めてから、軽口が絶えなかった剣士は――
「ねぇ?朔ちゃん、この状況、どうすりゃ良いと思う?」
ここに来て本領を取り戻したかの口調でそう言葉を発したのであった。
――っ!?
そしてその言葉に、
二人の美少女はハッと視線を、波紫野 剣が向けた同じ方向へとやっていた。
「さ……朔太郎?」
そこには……
「朔太郎!!」
新校舎へ続く茂みの前には、いつの間にかその人物の姿が……
「あーーっ!!朔太郎くぅーん!!いたんだぁっーー!!」
終始、気だるげそうだった女は一転、長い弓を頭上に掲げ、飼い主が返って来て喜ぶ犬の尻尾のようにブンブンと力一杯にそれを振りつつ黄色い声を上げる。
「はは、人気者だねぇ、朔ちゃん」
茶化してそう言う波紫野 剣の言葉にその人物……
折山 朔太郎は……
――
「……で?色男の朔ちゃん、我が六神道が誇る美女達の声にどう応えてくれるのかな?」
――
――なに言ってやがる、軽薄男が……
俺は……
「朔太郎、私……」
「遅いのよ!朔太郎」
「朔太郎くぅぅーーん、おおぉぉい!お姉さんよぉぉ!」
俺はもう色々と諦めて……
「くだらねぇ……」
そう呟きながらも拳を構えていた。
――
「相変わらずモテモテだねぇ。うらやましいよ、朔ちゃん」
他人事のように笑って言う、どこまでも憎らしい波紫野 剣の言葉に、
「ふぅぅん?見かけによらず手が早いんだ?キミ、へぇぇ!」
俺の隣にいる少女の頬が不機嫌そうに膨らんでいた。
第43話「モテモテだねぇ」後編 END