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「神がかり!」第55E話後編

第55E話「嬰美えいみと破魔の剣」後編

 「……」

 「……」

 一点の曇りも無い黒い瞳、真剣な瞳。

 俺はもう嬰美こいつがなにを考えているのか解らない……

 ――が!

 ガシャ!

 「上等だっ!」

 俺は竹刀を雑に投げ捨て、拳を構えて突進する!

 「っ!」

 シュオン!

 すかさず鋭い打ち込みで迎え撃たれるが、俺はそれを後ろ足のかかとを基準にクルリと半回転したいを開いてかわす!

 「くっ!」

 懐に入られまいと――

 嬰美えいみは振り下ろした竹刀を手首を返して再び上方へ切り返そうとするが……

 ガシィィ!

 「っ!?」

 ”それ”は俺が許さない!

 下げられた相手の両腕の上に自身の腕を伸ばし、嬰美えいみの行動を抑えたうえで俺の腕は彼女の胸元で合わせられた道着の襟元をガシリと掴んでいた。

 「くっ、このっ!」

 竹刀を握って振り下ろされたままの嬰美えいみの両腕。

 それを踏切の遮断機の如くに俺の腕が遮り、そしてその腕は彼女の道着の前を柔道の組み手のように鷲掴んで完全に封じている!

 ――”返し斬りつばめがえし”は購買前あのときで経験済みだからな

 グンッ!

 そして俺は掴んだ道着を力一杯に真下に引き下げた!

 「っ!」

 剣道の道着ってのは――

 竹刀による打突を軽減するために厚手にしっかり縫い合わされた、わばちょっとした鎧の様な頑丈さだ。

 この程度の力では破れないし、だからこそこうやって引き落とす事が出来る。

 「くっ!ううっ……」

 床に押し潰す様に道着を下へ押し下げる俺に、竹刀を腕ごと下げさせられたまま膝に力を込めて必死に耐える嬰美えいみ

 「……」

 ――で、こうなる

 グワッ!

 俺は下へとかけていた圧力を、今度は一気に上方へ変質させ引っこ抜いた!

 「きゃっ!?」

 膝と腰に力を込めて踏ん張っていた少女は、自らが創り出したその力の流れに沿う形で!

 まんまとそれに上乗せさせた、俺の上方への力の転換について行けない!!

 為す術無く膝が伸び、床をしっかりと掴んでいたかかとはすんなりと宙へ浮く。

 そして――

 ブワッ!

 少女の身体からだは……

 結い上げていた美しい黒髪を衝撃でばらけさせながら……

 俺の背中越しに宙に舞う!!

 「っ!?」

 決まった――綺麗な背負いだ!

 空中で木の葉のように為す術無く舞う少女の身体からだ

 嬰美えいみを制した俺は、後はそのまま床に彼女を打ち着けるだけ……

 「……」

 背中から落とせば死ぬことは無いだろう……

 固い木張りの床にしこたま背中を打ちつけ、せいぜい多少の呼吸困難を味わって気を失う程度だ。

 「……」

 俺は……

 ――ドサリッ!

 黒髪の美少女をとした!

 「……………………さく……たろう?」

 背中から……

 床に衝突する寸前でそれを引き上げ、大切なモノを置くように……

 「……終わりだ」

 そっと……としていた。

 ――

 「……」

 板張りの床の上で俺に道着の胸元を掴まれたまま、仰向けに横たわって俺を見上げる瞳。

 「俺の勝ちでいいだろ?約束通り事の顛末を……お前の意図を教えてく……」

 そこまで言いかけて、

 「……」

 俺は少女の瞳を見据える。

 仰向けになったまま、俺を見上げてくる黒い瞳を……

 瞳に……ってしまう。

 「……」

 「いや、いい……もう」

 そして暫し見合った後、そのまま俺はそう続けていた。

 彼女の返事を確認するまでもなく道着を握っていた手の力を弛め、解放しようとした刹那……

 「あなたが……行ってしまうから」

 彼女はそう……呟いた。

 「……」

 俺は手も視線もそのままにピタリと停止する。

 「だって……あのままじゃきっと……あなたは何処かへ去ってしまう……でしょう?……だから……最低だって解っていたわ、でも!……でも、こうするしか……私はっ!!」

 ――失敗だ

 「……」

 俺は失敗した。

 今し方、目と目が合ったとき……

 いや、もしかしてもう少し前かも知れない。

 とにかく俺は……

 波紫野はしの 嬰美えいみ折山 朔太郎オレに対する気持ちを理解した。

 ――

 なのに”それ”を言葉にさせてしまうとは……

 ――

 ――とんだ失態だ

 「…………そうか。だが俺には関係ない、俺は……」

 そんな失態は扨置さておき、俺ならきっとこう答えるはずだろう。

 ――だが……

 「あなたが……好きなの……多分……ずっと前から」

 「…………」

 ”だから”俺は失敗した。

 ――何故?

 なぜなら、俺は……

 「お願い……傍にいて。私にはそれしか言えない……だって、あなたの過去も、苦しみも……どうして良いか解らない。過去は……だから、この未来さき朔太郎あなたと……」

 「…………」

 俺は応えない。

 黙ったまま、彼女の道着を掴んで固まったまま……

 ――

 静かに目を閉じた。

 「さくた……ろう?」

 彼女を掴んだ俺の手は震えていたかもしれない。

 「あの……ごめんなさい。わたし、自分の事ばっかりで……あの、さくたろう?」

 「…………」

 俺のまぶたは強く閉じられたまま。

 ――なんて事だ

 俺は……この未来さきを……

 過去を有耶無耶うやむやのままにしても……進めるって、

 ”そういう人生こと”も選択肢にあるって解ってはいたけど……

 俺には無いと……

 俺の人生に”その方法”は、”選択肢”は無いと……

 ――

 「さく……たろう?」

 差し伸べられる手は無いと決めつけていた。

 「…………」

 この女に……

 波紫野はしの 嬰美えいみという少女に……

 こうして手が差し伸べられるまで。

 ――知らなかった

 ――

 「さく……っ!?」

 俺は彼女の胸元で凝り固まっていた拳を解放させ、その手を彼女の顔に……

 未だ冷たい床に仰向けのままの、彼女の白い頬に触れようと……

 そう動いていた。

 「……」

 ――俺はもう……駄目だろう

 きっと金輪際、彼女の手を振り払うことは出来ない。

 過去いままでのように……

 ”独り”を生きることは出来ない。

 ――

 「ぁ……」

 そっと、恐る恐るで触れると、黒髪の美少女は小さく声を漏らした。

 「…………」

 彼女のほのかに朱に染まった頬は柔らかくて……ほんのり暖かい。

 「だ、大丈夫?さくたろう。わたし……急に変な事言って……でも、本心だから……あの……」

 ――ああ……だろうな

 だから俺は失敗した。

 「……」

 恐る恐る視線を動かし――

 眼下の少女と瞳を交わす。

 「あ……あの……」

 数秒間、それは絡められた後で――

 彼女は白い頬を朱に染めたまま、そっと黒い瞳を逸らした。

 「嬰美えいみ……おまえ……」

 「う、うん」

 少女の初々しい反応に俺は内心では半端なく戸惑っていた。

 仰向けのまま動かない少女とこの後どう接して良いのか?

 俺にはそう言った経験が皆無だから……

 「……」

 「……」

 下から俺を仰ぎ見る体勢のままで少女の道着は――

 俺のせいではだけ、乱れた襟元から彼女の慎ましい胸を覆う下着が僅かに露出している。

 こんな状況では彼女もまだ気付いていないのだろう。

 激しい攻防ではだけた胸元から除く純白の下着は……

 道着の下に着用するには少しばかり華美な気がする。

 繊細な細工でよそおわれた上質で可憐な純白の下着。

 「ふつう……道着の下はスポーツブラとかじゃ無いのか?動きづらくないか?」

 俺の胸中は体験したことの無い想いでザワザワとして落ち着かなかった。

 だから、そう言った軽口で誤魔化したのかも知れない。

 「っ!!?」

 そして、俺の意図した場違いな言葉でババッと彼女は慌てて上半身を起こし、道着の前を慌てて合わせて下着それを覆い隠す!

 「お前も年頃だからそういう可愛いの着けるというのは理解出来るが……これって真剣勝負だったはずだろ?恋人とのデートじゃあるまいし……ぃ!?」

 軽口をそこまで続けて……俺は固まる。

 それは彼女の瞳が……

 波紫野はしの 嬰美えいみの涙目で……黒く輝く瞳が……

 そっと伏せられた後、直ぐに白い肌に映える紅い唇が恥ずかしげに、

 こう……動いたから。

 「…………だ、だから……じゃない……あなたとだから……ばか」

 「……」

 俺はその時……

 やっぱり”失敗した”と確信していた。

 ――

 「…………そ、そうか」

 だから、短くそう応えるだけしかできず、さらに誤魔化したのだろう。

 「…………うん」

 「……」

 互いを意識した気まずくも心地よい沈黙。

 しかし残念なことに俺は……

 それに浸れるほどには、まだ”そういうこと”に馴れていなかった。

 ――

 「な、なら!ど、道着なんだし、何も着けないって選択肢も……」

 「なっ!?」

 一瞬でボッと嬰美えいみの顔が耳まで朱に染まる!

 「…………あ」

 俺は……

 バシィィ!

 次の瞬間、俺の脳天は懐かしい……

 確かあの時、初めて彼女と出会った購買前のあの時に、

 脳天に受けた衝撃をもう一度懐かしく味わって――

 「…………う」

 意識が遠のいていくのを感じていた。

 「ぐ……は……」

 だから――

 俺は失敗したんだって……な。

第55E話「嬰美えいみと破魔の剣」後編 END

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