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「神がかり!」第32話前編

第32話「わかった」前編

 「めぇーーんっ!」

 バシィィッ!

 竹刀が防具を叩く音が響いた。

 「ヤァァーー!」

 「セィィッ!」

 バシィ!

 ガツッ!

 こういう武道ものに免疫のない者ならこの場の空気に圧倒され通しだろう。

 「……」

 奇声を発しながら竹刀をガチャガチャと鳴らし、重装備でぶつかり合う威勢の良い若者達。

 剣道ってのは――

 長物ながものでチョイチョイとやり合うと思われがちだが……

 実際はぶつかり合い!激しい削り合いの方が圧倒的に多い荒くれた武道だ。

 ――

 「……」

 「……」

 剣先でお互いの間合いと相手の出方を覗って、

 ドンッ!

 ダダンッ!

 ――踏み込む!

 「アァーーッ!こてぇぇっ!!」

 駆け引き直後の相手領域テリトリーへの侵略!

 ガシィィ!

 そしてその一撃が防がれれば……

 ガッ!ガガッ!

 その場での鍔迫り合いによる優位な位置の取り合いだ。

 「ああっ!!」

 「おおうっ!」

 ギリギリと竹刀の根元で押し合い、いなし合い、身体からだを何度もぶつけ合う!

 ――ガッ!

 「めぇぇーーん!」

 バシィィーー!!

 そして引き際に弾き――

 そのまま相手を突き飛ばして脳天に置き土産を喰らわす!

 ――

 ――とまぁ……

 「大体そんなもんだなぁ」

 そう、一言で言えば”泥臭い格闘技”そのものだろう。

 時代劇のように相手の剣撃を紙一重でかわし、カウンターの刃を華麗に入れる。
 そんな”綺麗な技”は、まずお目にかかれない。

 それは映画や小説という創作された世界の……

 ヒュン、ヒュン、

 ――とっ!

 「胴っ!」

 バシィィ!!

 「……」

 ――俺は視線を移動していた

 いや、訂正……

 創作そのものを体現する手練れも希に居る。

 「次!」

 視線を移した先の女剣士は打ち倒した相手を下げさせ、二人目を要求する。

 「……」

 そう、あんな風に相手の攻撃を右に左に、最小限に回避してたいを素早く沈み込ませたかと思うと今度は瞬く間に間合いを殺して、

 「どうっ!」

 バシィ!

 すれ違いざまに紫電のような面抜き胴を放つ女は……

 ――例外中の例外だ

 バシィィッ!!

 ドスゥゥ!!

 続けて三人目、四人目と……はい終わり。

 「……」

 「……」

 なんとなく、その光景を見ていた俺と目が合うくだんの剣道少女。

 ――

 「ふっ……」

 そして、僅かに息を切らした瑞々しい唇を緩めた黒髪少女は対戦相手の”四人”に綺麗なお辞儀をしてから此方こちらに歩いてくる。

 ――

 「どうかしら?」

 ――”どうかしら?”ねぇ?

 確かこれは剣道部の練習のはずだったと思うが?

 一人を打ち払い、残った三人相手に囲まれた状態から”実戦の技を使わず”に、綺麗に剣道の技だけで対処するっていうのは……

 いささか部活の域を逸脱しているのではないだろうか?

 「忌憚の無い意見をききたいわ」

 「……」

 男子剣道部員四人に綺麗な一本を入れた袴姿の女は、爽やかな笑顔で俺に歩み寄って聞く。

 「あれじゃ、四人が五人でも結果は同じだな」

 「そうかしら……貴方はなんでそう思うの?」

 ――ちっ、楽しそうな顔しやがって……

 素人の俺に何を聞きたいんだよ!

 ――放課後の体育館

 現時刻いまは剣道部の練習が行われているこの場所で、俺は隅っこに胡座あぐらをかいて座っていた。

 「……俺は、お前が”上着を返す”っていうから来たんだが?」

 「ええ、そうね」

 不満げに見上げる俺をニッコリと微笑んだまま見て頷く黒髪の美少女。

 白い道着と袴姿ではあるが、他の部員もの達とは違い防具のたぐいを一切身につけていない少女。

 我が天都原あまつはら学園剣道部のエースで、去年の全国大会覇者……波紫野はしの 嬰美えいみである。

 「折山 朔太郎あなたの感想をぜひ聞きたいわ」

 彼女の特徴的な腰まである流れる様な黒髪は、いまはアップにして纏められている。

 ――白いうなじに流れる汗が輝いて、得も言われぬ甘い香りが鼻孔を擽る

 「ふぅ……正中線が……体軸が全くブレていなかった」

 どうやら答えないことには先に進みそうに無いと解釈した俺は、良からぬ男子特有の欲望を抑え込みながら”ぶっきらぼう”に答えた。

 「やっぱり……理解わかるのね」

 そして、なんとも悩ましい珠の汗を浮かべた黒髪の美少女は、激しい運動後もさして高揚させていなかった白い頬を心なしか朱に染める。

 「他には?」

 ――ちっ!この女、瞳をキラキラさせやがって

 「相手の”面打ち”を”返し胴”でなく”抜き胴”で対処するあたりがな、剣道の形を取っていながら実際は実戦を想定して、だがくまで剣道の技で対応する……部活どころのレベルじゃないのは確かだ」

 更に聞いてくる相手に俺は面倒臭がりながらも応えていた。

 「……何故、”返し”でなく“抜き胴”に?」

 俺の答えに、更に見解を求める黒髪美少女。

 「大振りな”面打ち”ならかく、さっきみたいな小刻みな隙の少ない”面打ち”ならかわすより打ち払った方が容易つ安全だ。それをわざわざ”抜くかわす”のは何故だ?それは実戦、対”真剣”、対”多人数”を想定してるからだろう、違うか?」

 試すような問いかけにも特に不快感は感じられず、俺は自然に補足していた。

 「そうね……相手の斬撃を受けると言うことは刀身にダメージを負うと言うこと。蓄積すれば刃もこぼれるし反りも伸びるわ」

 俺の答えに嬉々とした瞳で同意する美少女。

 「ああ、それに一度でも刀を振るってしまえば少なからず隙が生まれる。相手が多人数ならその隙を他の奴に狙われるだろうしな」

 俺もつい、柄に無くも論議してしまう。

 「ふふ、そうね」

 「……」

 ――とはいうものの……並大抵じゃない

 見たとこ、相手も有段者だろうし……

 「無駄のない動きとブレない軸、頭にコップでも乗せて練習したのかよ?」

 「コップ?なにそれ」

 いつの間にか調子に乗って軽口を叩く俺を、キョトンとした瞳で見る大和撫子。

 どうやら俺も、少しばかり興味を抱いてしまっていたようだ。

 「頭の上にナミナミと水の注がれたコップをこう置いてだな……よくあるだろ?モデルが歩く練習とかで」

 「ああ!確か歩くときの美しさとか、そういう練習!」

 「そうそう、あれは実に理にかなってるぞ。コップを落とさないように、もっと言えば水を零さないように、極めれば自然と体軸や重心を意識した動きが身につく」

 「へぇ……」

 「でだ、更に極めれば、斬り降ろす縦の斬撃は僅かに横にスライドするだけでかわせ、ぎ払うような横の斬撃は前後に僅かに回避すれば……自身の体勢を殆ど崩すこと無く、いつでも反撃が出来るという……」

 俺は話しながら――

 確か”東外とが 真理奈まりな”の体術も、それのバリエーションの一つだろうな……

 とか思っていた。

 「我が流派の場合は”残心”……奥義と考えられている一つだわ」

 「奥義?」

 ――これはまた……ご大層な言葉が出てきたな

 感心した顔で俺にそう言った美少女をマジマジと見る俺。

 「”死合しあい”においては攻撃は単体の動作では無く、二手、三手……最後までが全て”刀の一振り”……つまり完成された攻防は”一刀”に集約される」

 「……」

 ――なるほど、

 ――”残心”

 どのような状況、状態でも、日常においてもさえも隙無く心構えるが転じて、

 継ぎ目のない複数の所作が”ひとつの動き”同様と成され、隙の無い闘法になるってか。

 「勿論もちろん、私はまだまだだけど……」

 「そうか?良い線いってると思うけどな」

 俺はお世辞で無くそういう感想だった。

 「…………貴方あなたはどうなの?」

 「俺?」

 そして思いも寄らぬ切り返しに俺はポカンとする。

 ――俺は武道なんてご大層なものに師事した事は無いからなぁ……

 「……そうだな、俺はその時々だな」

 だから感じたままを素直に答えていた。

 「時々?」

 「ああ。そっちの方が有利ならそう言った戦い方をするし、崩されたら”それなり”にそのまま対処する」

 「…………」

 俺の前には、黒い瞳をまん丸くした少女の顔……

 真面目まじめ波紫野はしの 嬰美えいみにしては珍しいコミカルな表情だった。

 「ぷっ!くすくす……」

 ――いや、だから俺は武道なんて大層なものは解らないと……

 笑われて初めて俺は柄に無い話をしていたことに気づく。

 そう、つい、話し込んでしまったが……

 俺は基本的にこんな話題を他人に語る性格で無いし、語れるほど価値のある人生なんて所持していない。

 「ちっ!お前が聞いたから答えただけだろうが」

 「くすくす……ご、ごめんなさい……ちょっと……意表をね……くすくす」

 「…………」

 ――いや、そんなに笑う事か?

 というか、俺の上着はどうなったんだよ……

 「ごめんなさい……くすくす……で、他に何か……」

 ――くそ、ねぇよ!もう!

 俺は目前で楽しそうに笑ったままで本題に中々手をつけない相手に、腹いせとばかりに少しばかり意地悪いことを思いつく。

 「他にか?」

 「くすくす……ええ、何かあった?」

 「そうだな、嬰美おまえの真剣な横顔とか、結構可愛かったな」

 「……っ!?」

 不意に放った俺の軽口に、小刻みに揺れていた少女の背中がピタリと止まる。

 「そ、そう?……あ、ありがとう」

 そして完全に素に戻った黒髪の美少女は、何故だか姿勢を正してから視線を逸らし素っ気なく応える。

 「…………」

 ――駄目か……

 そういえば、嬰美こいつはこんな奴だったな。

 こういう色恋なんて事には動じない堅物の剣道女だった。

 ――夜の店でのバイトで馴らした俺の軽口なんか動じるはずもない

 「き、着替えてくるから待っててくれる?直ぐに……」

 そしてようやっと本題に取り掛かる気になったのか、彼女はそう言って俺に背を向けて去る――

 ドタッ!

 「おっ?」

 思い切り前のめりにコケていた。

 「……」

 ――いま……思い切り顔面からいったよな?

 「……」

 ――てか、袴の裾を踏んでコケるって……漫画かよ?

 「……」

 ――おいおい……立ち上がらないぞ?

 ――

 そろそろ衆人に注目もされだしているし……

 隙の無い大和撫子……学園最高の剣士……

 その波紫野はしの 嬰美えいみがこんな醜態を晒すのは多分……初めてなんだろう。

 驚いた顔の部員達の視線が、うつ伏せに這いつくばったままの彼女に注がれていた。

 「おい……」

 中々立ち上がらない少女に、流石に心配になった俺が声を掛けると……

 ――っ!!

 彼女は即座に”ばばっ”と立ち上がって!

 「な、なにかっ!?なにかあったかしらっ!!」

 床にしこたま打ちつけたのだろう、赤くなった鼻を白い両手で押さえながら涙目で訴えてくる。

 「……」

 ――いや、明らかに逆ギレだろ……それ、悪いの俺か?

 「な・に・か!!」

 ――なんなんだよ、ほんと……

 俺は嬰美えいみの理不尽な圧力で若干の居心地の悪さを感じながらも返答していた。

 「体軸がブレブレだったな」

 「っ!?」

 途端に、少女の顔が一瞬で沸騰して、波紫野はしの 嬰美えいみはドタドタと走り去ってしまった。

 ザワザワ!

 見たこともない光景なのか、剣道部員達のざわめく様は――

 「なんなんだ?いったい……」

第32話「わかった」前編 END

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