「神がかり!」第56E話前編
第56E話「未来へ」前編
「それにしても久しぶりだねぇ、楽しみだよ」
そう言って俺の目前の男は軽薄に笑った。
「朔ちゃんとは何回か手合わせしてきたけど、真剣勝負はいつ以来だったっけ?」
俺の冷ややかな視線をものともせず、会話を続ける男……
――波紫野 剣
ここは俺の部屋……
もとい、波紫野家のお屋敷で”俺用”に提供された一室だ。
「直近は三ヶ月前に鉄朗さんの前で試合った時だ。一番古いのは……お前が手の平を返したように俺を避けだした二年前か?」
「二年前、朔ちゃんが道場に来た時だね」
仕方無く応じる俺の言葉に、その時の事を思い出したのか苦笑いを浮かべながら剣はなにか細長い紙切れを差し出してくる。
「なんだ?これは」
「いや、ね……でもあれは、あの時はさぁ?俺だって六神道の為に戦ってくれた朔ちゃんにお礼の一つでもって思ってたよ当然、だけど嬰美ちゃんからねぇ……」
確認する俺の言葉を無視し、ひとつ前の俺の言葉に苦笑いのまま答える剣は、紙切れを俺の鼻先に差し出したままだ。
「”取りあえず朔太郎の事は私に任せて欲しい”って頼まれてたからなぁ……てか、意外に根に持つねぇ、朔ちゃん」
「…………」
――意外に?
俺は別になんとも思っていない……剣の適当な行動なんてな。
「ああ、これ?”これ”は映画のペアチケットだよ」
無言の俺の冷ややかな視線にいまさらながら気づいたのか、剣は俺の鼻先に差し出したままの紙切れをピラピラとさせた。
「……」
微妙に噛み合わないやり取り。
いや、それも波紫野 剣の会話術か。
俺は眉間に皺をつくりながらも、その”ペアチケット”なる物を受け取った。
「別に俺は”六神道”の為に戦った訳じゃ無いし、別にお前からの礼なんて期待しても無かったけどな」
半ば無理矢理押しつけられたチケットは……
昨今、流行の魔法ファンタジー系映画の鑑賞券だった。
――確か……
――”ハリス=ポーター・ザ・グレイト”?
地味眼鏡にムキムキの筋肉がミスマッチの外国俳優が、剣と魔法の世界で怪物や荒くれ者たちを相手に大暴れするという、
なんとも破天荒且つB級臭ただよう代物だが……
信じがたいことに特撮が神レベル!とか、
全世界が泣いた!とか、
評価は中々に上々らしい。
「あっ!?もしかして恋愛映画の方が良かったかな?朔ちゃん的には雰囲気づくりをしてその後に……ムフフってね?」
――ムフフって、お前……
カビの生えた表現を。
俺の手中にある二枚の紙切れ、それとぶっきらぼうに睨めっこする俺を眺めながら、剣はわざとらしく”気が利かなくて悪いね”という仕草を見せていた。
「……」
そもそも”これ”は、俺が此奴にお使いを頼んだ結果だ。
デートに適した映画なんて俺にはさっぱりだから、金だけ渡して”女たらし”の剣に任せてみたのだったが……
それが運の尽きか。
「変えてこようか?今ならたしか……”歯科医院の中心で愛を叫びまくる”ってのが上映してたような?」
「迷惑な主人公だなっ!」
というか、波紫野 剣はいつも確信犯だ。
それが言いたいが為に、この映画を選択したのか……
まぁ、こういうお使いを剣に頼む俺も俺だが……
俺は波紫野 剣という男の、このなんともブレない悪趣味で暇人さ加減に呆れていた。
――二年前の嬰美との体育館対決の後
ほどなく俺は六神道のひとつ、波紫野家の屋敷に居候となった。
一世会から抜けた俺に、いまさら特に行き先が無かったとも言うのもあるが主たる理由は他にあった。
「大体ねぇ、朔ちゃんも嬰美ちゃんと両親公認で付き合いだして二年も経つわけだし、現在はこの波紫野の門下生なんだから……”六神道”という表現はないと思うよ?」
「そうか?俺は別に……」
「あのね、波紫野流剣術の門下で、今となってはその師範代のひとりで、将来は嬰美ちゃんを娶って波紫野の家を継ぐ次期当主って自覚ある?」
面倒臭そうに適当に返事する俺に、今度は波紫野 剣が呆れた顔で聞き返してくる。
「俺は別に当主になんて興味は無いぞ、それは波紫野の長男であるお前が……」
「真剣で言ってるのかい?じゃあ朔ちゃんは明日の”刀刃祭”でも俺に勝ちを譲ると?」
――刀剣を司る神、”不刀主神”を奉る刀刃祭
天都原市で年に一度行われる祭りのひとつで、”不刀主神”が氏神の六神道、波紫野家が中心に執り行う行事だ。
そして、その祭りの儀式のひとつにトーナメント形式で剣技を競う大会があった。
「いや、”刀刃祭”の優勝は嬰美と正式に付き合う条件のひとつだろ?」
そうだ、二年前……
俺は波紫野家当主、つまり嬰美の父親に、彼女と付き合うにあたって条件を出された。
その条件とは……
ひとつ……天都原学園に残り、成績トップになり、それを卒業まで維持すること。
ふたつ……波紫野家の道場に入門し、住み込みで下っ端から精進すること。
みっつ……二年後、つまり俺が学園を卒業する前に、当主である波紫野 鉄朗の前で行われる最高の剣士を競う大会、”刀刃祭”で俺が優勝すること。
以上、この三つだ。
――で、
最後の条件である”刀刃祭”が明日行われ、俺の最大の相手は確実にこの波紫野 剣になると……そういう事だった。
「あのねぇ、正式に嬰美ちゃんと付き合う条件って……つまり、そう言う事だよ」
当然でしょ?と言う表情で剣は再び呆れ顔を俺に向けた。
「…………」
俺は黙ったままだ。
――なるほど……確かに……
正式に付き合う条件と言われながらも実際、俺は既に嬰美と付き合っている。
だとしたらこれは……
つまり、この先も”そうできる”ための条件とも言える訳か。
「朔ちゃんは頭が良いからもう大学は決まってるだろ?確か”帝大”だってね、凄いね、この国で最高峰の大学に現役合格なんて」
――いや、そもそもそれも一年ほど前に……
波紫野家の当主である鉄朗さんに急に呼び出されて、散々晩酌に付き合わされた挙げ句に……
”おい朔太郎くん!嬰美と釣り合う男の最低条件は帝大合格ぐらいで無いとな?な?なぁっ!”
――てな具合に言われたわけで……
「ああ!そういえば朔ちゃんって二年の時、一時的に剣道部に入部して全国大会で優勝もしたよね」
――いや、それも……な……
”おい朔太郎くん!嬰美と釣り合う男の最低条件は剣道で高校日本一ぐらいで無いとな?な?なぁっ!
――とか…………って?
――あの親父っ!!
――なんだかんだで”条件”足していってんじゃねぇかっ!!
「…………くっ」
と、今頃気づく俺も俺だが……
「ふーーん、なるほどねぇ」
気がつくと目の前にはニヤけ顔の剣が俺の顔をマジマジと眺めていた。
「な、なんだよ」
「いやいや別にぃ?……で、嬰美ちゃんとこの先のご予定は?」
「……」
「考えてんだよね?」
「…………ま、まぁな」
渋々答えた俺の顔を、剣らしくない意外な真顔でもう一度確認してくる――
ガラッ!
「だそうだよ?嬰美ちゃん!よかったねぇ!」
剣はおもむろに立ち上がり、部屋の引き戸を勢いよく開けたのだった。
「…………」
「…………」
そこには、長く美しい髪の……
上品な白いブラウスにマキシスカート姿の、いかにも”お嬢様”という、黒髪の美女が立っていた。
「…………え……と」
透き通るような白い肌の頬を少し朱に染めて、どこか所在なさげに佇む黒髪の美女。
如何なる時も凜とした立ち居振る舞いの、俺が知る彼女とは少し勝手が違う様子の……
結構久しぶりに会う、波紫野 嬰美の姿がそこにあったのだった。
第56E話「未来へ」前編 END