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「神がかり!」弟37話前編

第37話「傷痕」前編

 天都原あまつはら学園から四キロほど離れた商業ビル――

 天都原あまつはら市では有名なランドマークタワーの屋上に一人の女が立っていた。

 「いい加減にぃ、降参してくれないかなぁ?あの子ぉ」

 女の薄い唇が気だるげに動く。

 「わざとぉ、外すのもぉ、結構面倒くさいものなのよねぇ」

 折山おりやま 朔太郎さくたろう六神道ろくしんどう永伏ながふし 剛士たけし

 二人が私闘を繰り広げる学園から遙か離れたこの場所で、獲物ターゲットの頬を掠めるように第一射を放った彼女は……

 四千メートル越えの距離、数多の建造物という遮蔽物、夜闇と定まらない風と、

 腕利き狙撃手スナイパーも余裕でさじを投げる悪条件でさえ確実に、あまつさえ第二射で獲物ターゲットの右太ももをも針の穴を通す驚異的な精密射撃で貫いたとんでもない弓道射手スナイパーだった。

 「あぁ……まだやるんだ?あの子……はぁ……」

 かなりやる気無く、引き続き自身の身長ほどもある弓を構える女。

 ――キィィン

 途端に、遙か彼方を見据える女の瞳は黄金こがね色に輝き、同時に出現した光の矢をつがえた弓も同様の光を放つ。

 「あと何本だっけぇ?ううん?ま、いっか。けどぉ、早くしないとぉ、最後のは頭か心臓を貫くよ?折山おりやま……朔太郎さくたろうくん。ふふふっ」

 ――六神道ろくしんどう椎葉しいば 凛子りんこ

 彼女の天孫てんそんは”てんがん”と”天弓てんきゅう”と呼ばれている。

 神器が”天弓てんきゅう”と呼ばれる弓であり、”天眼てんがん”はそれを行使する事により神器を伝わって彼女の瞳に発現する。

 そして椎葉しいば 凛子りんこ天眼てんがんは五キロ以上先、最高では十キロ先の小石さえ捉えると言われ、天弓てんきゅうの矢はそこまでの障害物を全て透過する。

 超遠距離からの獲物ターゲット捕捉に加え、獲物ターゲット以外の遮蔽物をモノともしない透過する光の矢は、文字通り最強の”天孫てんそん”だといえるだろう。

 「ふんふん、ふーーん」

 遙か彼方で忙しなく動き回る獲物ターゲットを黄金に輝く”てんがん”で追いながら、光の矢尻をリズミカルに泳がせて微調整する女の唇は鼻歌を口ずさんでいた。

 「おっとぉ、あぶなぁい、たけちゃん」

 シュバッ!

 暫く永伏ながふし朔太郎さくたろうの戦いの様子見をしていた凛子りんこは言葉とは裏腹に愉しそうに第三射を放つ。

 「あはっ!めーいちゅーう」

 結果は、先ほどの第二射と寸分たがわぬ箇所に、折山おりやま 朔太郎さくたろうの右太ももを本日二度目の貫通射撃だ。

 ――?

 しかし彼女の視界の先で、学園では永伏ながふし 剛士たけしがなにやら此方こちらに向けて叫んでいるようだった。

 「なによぉ!たけちゃん、やられそうだから助けてあげたのにぃぃ!」

 勿論、声は聞こえるはずは無いが、天眼てんがんで伺う永伏ながふしの様子から文句を言われていると察した彼女は不満そうに頬を膨らませ、目の前にいない相手にそう言い返していた。

 「あっ!」

 そんな事をしている間に……

 転がるように此方こちらの死角となる遮蔽物に隠れる朔太郎さくたろう

 「すごいねぇー、キミ。こんな離れた場所の私にぃ、気づいただけじゃ無くってぇ、射線さえ読めちゃうんだぁぁ……くすっ」

 裏庭に建てられた石碑に身を潜める男を見て彼女はクスリと笑った。

 ――すぅっ!

 そして、綻んだ紅色の口元を引き締めて、凛子りんこには珍しく真剣な表情で深呼吸する。

 「”てんもうかいかいにして漏らさず”ってね。生憎、私の狙いは粗いどころか超正確だけどぉ」

 シュバッ!

 姿勢を正して放った第四射は……

 驚くべきことに石の障害物である石碑を難なく通り抜け、獲物ターゲットの左肩に命中していた。

 「……」

 しかし、これだけ圧倒的不利を見せつけても一向に降伏する気配の無い折山おりやま 朔太郎さくたろう

 それどころか彼は何を考えているのか石碑裏から飛び出して来たのだ。

 「馬鹿な子……ごめんねぇ、たけちゃんがうるさいから終わりにするわ」

 本当に残念そうに呟きながら、凛子りんこ天弓てんきゅうの照準を朔太郎さくたろうの心臓に合わせた時だった。

 「へっ!?」

 驚きで凛子りんこ黄金こがねに光っていた瞳を丸く見開いたのだった。

 ――
 ―

 貫かれた左肩をだらりと下げ、同じく貫かれた右足を引きずるように立つ。

 「……」

 俺は校庭の中央に堂々と姿を晒していた。

 「お、おま……な、なんだっ!?それは……」

 永伏ながふしが攻撃することも忘れて怪訝そうに俺の上半身を凝視している。

 「……」

 傍観していた波紫野はしの けんも珍しく軽口も挟まずそこに注目し――

 「うっ……」

 その隣で思わず口元を押さえ眉をひそめる波紫野はしの 嬰美えいみ

 六神道ろくしんどう椎葉しいば 凛子りんことやらの天孫てんそんに散々に追い詰められていた俺は物陰から飛び出していたのだ。

 ――
 ―

 「……」

 ――やるのか?やれるのか俺に?

 ここに至るまでの俺の行動……

 その思い切った判断の裏側で、飛び出す前の俺の心中には往生際の悪い葛藤が渦巻いていたのだった。

 ――虫酸むしずが走る……

 晒し者になるのはごめんだ!

 ――いや、なによりも俺のちっぽけなプライドが邪魔をする

 気持ち悪い……

 「……」

 石碑の裏に隠れ、負傷した肩を押さえながら俺は思考する。

 ――弓矢あれを完全に回避するのは……多分無理だ

 「……」

 ――ならどうする?

 狙撃なら回避できる自信がある。

 ――どうやって?

 俺は過去の経験上から狙撃それを察知し、回避する術を感覚で覚えていた。

 ――しかし弓矢あれは別物だ

 事前に察知しても……

 回避しようとしても……

 遮蔽物を利用してさえ防ぐことが出来ない。

 「……」

 ――万事休す?

 いや、そう結論付けるには早すぎる。

 敵は狙撃手スナイパーとして、天孫てんそんとやらで能力は破格。技術も超別格。

 しかし――

 「……」

 そうだ。今まで、四度の狙撃から解ったことがある。

 「……」

 ――奴は……殺人狙撃手アサシンとしては悲しいほどに”素人”だ!

 「…………ふ」

 俺は血の流れる左肩を押さえながら、ふと口元が緩む。

 ――いや駄目だな、これでは俺が素人だ

 戦場で感情を露見する自身を戒めつつ、ここに西島にしじま かおるが居たなら罵声と共に蹴り飛ばされていたろうと思い、俺は表情を整えた。

 「……」

 ――残る問題は……

 俺に”それ”ができるか?……か。

 「……くっ」

 俺は左肩を押さえていた手を離し、その手でワイシャツの胸元を鷲掴むが……

 「…………」

 そこから一向に目的の行動を起こせずに俺の右手は石のように固まっていた。

 ――ちっ!

 「なんの未練プライドだよ……いまさら」

 それとも感傷だろうか?

 「……」

 ――”箱”を開けない馬鹿……

 それは俺だ。

 生きているか?死んでいるか?

 そのどちらの未来も選択しない。

 目前の問題に取り組むことを選択しない。

 「……」

 ――それは生きているといえるのか?

 「…………くっ」

 ――認めない

 ――現実は俺を認めない!

 ――それを赦さない!!

 「…………くそ」

 クソッたれな”俺の現実”はいつだってそうだった。

 そんな”あやふや”な状態は許容せず、世界はつまり、

 選択肢を選択しない無価値な俺の存在を決して認めない!

 「くそ……くそ!くそ!」

 そんな俺を何者もが……認めるはずも無い。

 「く……そ……」

 いつしか俺のシャツの胸元を握る手は堅く堅く固まり、小刻みに震えていた。

 ――”そうだよ、キミはどうしようも無いクズだもの”

 頭の中にあの台詞せりふが響いた。

 「……」

 よく識った、識りたくも無い、憧れた、裏切られた、憎んだ……

 諦めた……どうでもいい……

 俺はこの先、只々生きるだけ。

 だからどうでもいい……

 そう、現在いまとなってはもう……

 どうでもいいはずの少女の言葉。

 「……」

 少し垂れぎみの潤んだ瞳、

 ちょこんとした可愛らしい鼻と、

 綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇、

 サラサラと煌めく栗色の髪が愛らしい容姿によく似合っていた少女……

 「……むつ……のはな」

 ――そう、六花むつのはな てる

 「…………」

 ”箱”を自ら開ける馬鹿。

 見苦しく足掻く少女バカ……

 「…………」

 絶望の中に希望を探すなんて前向きポジティブな行動じゃ無い、

 絶望を確認する様な行為は只の自虐だ。

 自らの死刑を実行する自虐の極致……

 「うっ!……がはっ……」

 俺の中で色々な思考と感情がごちゃ混ぜに押し寄せ、膨張して爆発し、飛び散ってはまた混ざり合う。

 ――気持ち悪い……

 ――俺は……こんなにも……女々しいのか……

 「ぐ……くっ……」

 ――いや、つまりこれが……

 「……」

 ――そうか……

 ――これがトラウマというものかよ……くだら……

 「……ああ……そうか、そうだった」

 全身脂汗にまみれ、歪んだ俺の口元は上がる。

 「それは一日”三回”までってか?……ははっ」

 驚異的な敵の弓矢に追い詰められて負傷し、

 古傷に心を犯されて、

 青白い顔で嘔吐えずきながら俺は乾いた声で笑っていた。

 ――”普通に……生きたい”

 過去に残してきた、現在いまでも俺の中にハッキリと焼き付いた少女の言葉。

 「…………っ!!」

 そして――

 そして――心では依然その行動を拒否しながらも!

 ダダッ!

 次の瞬間、俺の身体からだは逆の行動を取るように動く!!

 「……」

 ――普通?……なんだそりゃ!

 「……」

 ――現在いまおまえのどこが普通なんだよっ!

 ――
 ―

 そうして俺は石碑の裏から飛び出していた!

 ザザッ!

 勢い込んだ足元で上がる砂埃!

 「てめっ!折山おりやまぁっ!」

 「さくちゃん!」

 「朔太郎さくたろうっ!」

 三者三様の叫びが聞こえる。

 「は、はは……」

 プチッ!ビリリィィーー!

 そして俺は、飛び出したと同時に自身の白いワイシャツを無造作に鷲掴んで引き裂いたのだった。

第37話「傷痕」前編END

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