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「神がかり!」第59T話

第59T話「エピローグ」

 「はぁぁ?なにいってんのかなぁ?」

 川田かわだ 丹衛門にえもんは意味がわからないと、振り返って少女の視線を追う。

 「さくたろうくーーんっ!おーかーえーりーっ!」

 そして少女は――

 そんな目前の異常者を無視して、白い手を頭上に掲げブンブンと目一杯に左右に振っていた。

 「あのね、朔太郎さくたろうくん、ちょっといいかなぁーー!このひとがわたしに用事があるからって?夕飯遅くなってもぉぉー!!」

 場違いに嬉しそうな声でそう叫ぶ少女。

 「は?なんだ……あの男……」

 毒気を抜くような美少女えものの反応に、その男……川田かわだ 丹衛門にえもんは意表を突かれるも、

 「もういいや、僕は予定通り”ほたる”ちゃんをさらうから。キミらは適当にそこの達で遊んで……」

 当初の予定通りだろう、当然のように不埒な行動へと移行し――

 「悪いな、腹減ってんだ。またの機会にしてくれるか?」

 「うひゃっ!?」

 ――ようとした瞬間!

 近隣の不良や警察さえ手を焼く悪の川田かわだ 丹衛門にえもんは悲鳴を上げていた。

 ――

 「いや、だから、またの機会にと……」

 折山 朔太郎おれの声に目の前で間抜け面を晒す変な髪型の男に俺は再度説明するも……

 「お、おまっ!いつの間にぃ!?さっきまであんな遠くってか!歩道橋のうえ……」

 男はババッと振り返り様にそう叫んだかと思うと多分咄嗟にだろう、ポケットから光るモノを出していた。

 「……」

 金髪で……

 きのこみたいな髪型をした青白い顔の痩せぽっち。

 死んだ魚の様な、ヤケに据わった目だけがギョロリとしたヒョロリとした男。

 俺の第一印象は――

 "幽霊みたいな奴だなぁ”

 だった。

 「物騒だな、キノコくん」

 そんな感想を抱きながらそっと右手を伸ばして出された刃物ひかりものを掴む俺。

 「ひゃっ!?なっ……」

 ――おぉ?見た目と違って中々に表情豊かな幽霊だ

 俺は握った刃物の刃を鷲掴んだまま続ける。

 「えっと、キノコ……幽霊くん?俺は腹が減っているのでお誘いはてるに代わってお断りする。OK?」

 「うっ!こ、このっ!いつの間に!……このっ!」

 しかしキノコくん改め、幽霊くんは全然聞いていないみたいだった。

 俺の手中にある刃物をグイグイと暴れさせ、無理矢理に引き抜こうとするが……

 「海軍ネイビーの”折り畳み式短刀ジャックナイフ”か?ってか、無理だぞ。刃物は引いたり突いたりして使う物だ」

 「ぐっ!くっ!なんでぇ……!」

 「だから切れないって。こんだけ握り込んでたらな」

 「このっ!このっ!」

 俺の忠告に全く耳を貸さず、全身全霊でそれを引き抜こうと躍起になる幽霊男だが……

 「ああ、因みにどうやってココに来たのかっていうのは、飛び降りてきた。理由はその方が早そうだったから……って、聞いてんのかよ?」

 俺は幽霊くんの”いつの間に?”っていう質問にも丁寧に答えてやったが……

 肝心の奴は”折り畳み式短刀ジャックナイフ”の所有権奪還に必死で手一杯のようだった。

 「ああ、そうだ?あと、"次の機会”ていうのは百年後くらいにしてくれたら助かる」

 「ちぃぃっ!!」

 ババッ!

 俺が半ば説明を諦め、金輪際のお付き合いをお断りしようとするも、

 その時には幽霊くんは、”折り畳み式短刀ジャックナイフ”を諦めて勢いよく後方に飛び退いていた。

 「ふ、てんのかぁっっ!キミィィ!!」

 「……」

 「こぉーろぉしぃぃちゃうぞぉっっ!!本気でぇぇっ!」

 「……」

 俺は目一杯に凄む相手をじっと観察していた。

 「おいっ!」

 「……」

 「こ、答えろよぉ!!このっ!」

 ――答えろって言われてもなぁ

 「そう、いきり立つなって。長生きすれば可能性があるかもしれないぞ?」

 「そ、そっちじゃないっ!!」

 ――我が儘な奴だ

 俺は手元に残った……

 スッ

 「ひっ!」

 握ったままの”折り畳み式短刀ジャックナイフ”の刀身をそっと相手に向けて差し出す。

 幽霊くんはビビったようだが……勿論、紳士な俺が向けたのは握手グリップの方である。

 「一応、返すけどな。あんま他人ひと様に向けるなよ、こんな刃物おもちゃ

 「ぐぅぅ!」

 呻きながら、さも不満げに刃物おもちゃを受け取る幽霊男。

 それを確認し終えた俺は、空いた手を握り直して親指だけ立てた状態でクイクイッと脇道の方を指し示す。

 「??」

 ――ワルのクセに頭悪いな……察しろよ、面倒臭い

 俺はハァと溜息を吐き、仕方なしに言葉によるコミュニケーションに変更する。

 「ここじゃ往来の人々に邪魔だろう?ちょっと向こうで話そう」

 ――!?

 「てめっ!」

 「なめてんのかぁっ!ゴラァッ!」

 途端に、今まで傍観していた取り巻きの学生達から怒声と殺気が向けられるも、その視線を軽く流して親玉だろう幽霊男を再び確認する。

 「うぅ…………わかった」

 ――おお、意外に素直?

 「ちょっ!丹衛門にえもんくん!」

 「マジでっ!?」

 信じられないと幽霊男を見る頭の悪そうな学生達だが――

 「う……」

 「わかり……ました」

 その幽霊男、丹衛門にえもんとやらに睨まれ、すごすごと引き下がった。

 「じゃ、行くか」

 俺は先頭きって路地裏に向かい、その後ろに目つきの死んだ幽霊男、その手下のバカ数人が不承不承な雁首を並べながらも続いて路地裏に入ってゆく。

 ――まぁ、この結果は

 このまま続けるなら、手下達が女達をめにしようとしている間に目前の丹衛門おまえを徹底的にぶちのめすぞ……

 ――と、そんな感じで俺が幽霊くんを威圧した結果なのだが

 「ちっ!」

 丹衛門こいつにしてみても――

 ”一対一タイマン”で俺とやるより、狭い路地裏で複数人を使って俺を囲んだ方が確実に勝機があると計算したのだろう。

 ――まぁ、ある意味では利害が一致したという事だ

 ――
 ―

 「ね、ねぇ……大丈夫なの?えっと……朔太郎さくたろうくん?」

 解放された友人二人の心配した声に、栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブがよく似合っている美少女はニッコリと微笑みを返す。

 「大丈夫だよ。朔太郎さくたろうくんって”手加減そういうの”上手くできるみたいだし」

 「ほんとに!朔太郎さくたろうくんってそんなに”話し合いそういうの”が上手なの?」

 「でも、相手はあの川田かわだ 丹衛門にえもんだよ……道理が通じる相手じゃないって」

 「うん、だけど大丈夫。朔太郎さくたろうくんは”荒事そういうの”って得意分野だから」

 友人二人との少し噛み合わない会話にも、てるは曖昧に笑ってそれを流していた。

 ――

 「って、ひとをどこかの”交渉人ネゴシエーター”みたいにいうなよ」

 ――っ!?

 背後から不意にかかった声に二人……

 いや、てるを含めて三人の少女が飛び上がって驚く。

 「さ、朔太郎さくたろうくん!もう……終わったの?」

 そして改めてそう聞いてくる。

 「ん?ああ、意外と話の分かる連中でな」

 俺はそう答えながら笑った。

 ――そう、実に話の解る連中だった

 路地に入る早々に襲い掛かってきてくれたから、おかげでさっさと事は済んだ。

 「……」

 「そうそう、あの五右衛門?奴も頑張って長生きして百年後を目標にするってさ……」

 ――"ちゃんと手加減はしたの?”

 というようなてるの視線を躱すように俺は続ける。

 「つまり、今後はまとわり付かないって事らしい。良かったな」

 「うん……ありがと。でも彼は丹衛門にえもんくんだよ、たしか」

 誤魔化すような俺の言葉にてるはちょっとだけ微妙な顔をした後に礼を言う。

 「すごぉぉーーい!朔太郎さくたろうくんって探偵?弁護士?とにかくプロの人になれるよねっ!」

 「あ、ありがとうございます、折山おりやまくん」

 そんなやり取りを済ます俺達。

 続いて二人の少女もそう言って瞳を大きく開いて感動していた。

 ――

 で、その後はてるの友人を途中まで送って……

 ”俺と蛍おれたち”は帰る。

 我が家へと――

 郊外にポツンと建つ一軒家。

 俺はこの地に長く放置されていた古民家を大田原夫人の紹介で借りることが出来た。

 築五十年以上の古家だが一戸建てで部屋数も充分、荒れ果ててはいたが庭もあった。

 所々傷んで修理は必須だったが、俺は仕事の傍らてると一緒に日曜大工に勤しんだのだ。

 結果……俺達は中々に住みよい住環境を手に入れることが出来たと言えよう。

 正直言うと、ちょっとばかり古くて不便だが――

 なんと言っても家賃が月に五千八百円(税込み)という破格なのが一番の利点だった。

 「そういえばね……」

 夕飯の支度をしながら、居間のちゃぶ台を拭く俺に話しかけるてる

 「そうそう、最近学校でね……」

 料理の手を休めずに次々と楽しそうに話題を振るてるは――

 「……」

 彼女の垂れ気味で大きな瞳は――

 天都原あまつはら学園に在籍していたときよりもキラキラしていると俺は思う。

 「えーとね、聞いてる?さくたろうくん」

 ”ああ”とか”そうか”とか適当な相づちを打つだけの俺に、いつの間にか彼女は疑わしげな視線を向けていたのだ。

 「聞いてたぞ、もちろん」

 そして当然そう応える俺に――

 「じゃあ、さくたろうくん的にはどんな感想?」

 試すような視線を向ける。

 「よくも途切れずにそんなごく普通の日常に対して話題があるなぁ?と感心していた」

 「……」

 「……」

 ――いや、なんか視線が怖いんだが?

 「まぁいいや、さくたろうくんはそういうひとだからね」

 ”いいや”と言いながらも、可愛らしい唇を尖らせるてる

 ――彼女の言いたいことは解るが……

 「でも、普通は大事だよ。普通に過ごせるのってすっごく大切!」

 そして彼女は気持ちを切り替えたのだろう、眩しい笑みを浮かべながら料理をちゃぶ台に運ぶ。

 「普通……ねぇ」

 とか受け流しながら、俺も――

 この一年は新しい仕事とか、家の修理とか……

 とにかく新天地での経験したことの無い様々な雑事に追われてはいたが、善く善く考えればこれはこれで……凄く有り触れた日常だった。

 「……」

 そうして俺は、不意にてるがずっと幼少の頃から願っていた事を思い出していた。

 「さくたろうくんはどうなの?いま……わたしと……いて」

 そして直ぐ近くで料理を並べていた彼女は、いつの間にか俺の横にちょこんと腰を下ろし、上目遣いに俺を見上げてくる。

 「……」

 キラキラした瞳と無防備に開いた胸元が直ぐ目の前だ。

 ――くっ……卑怯な!

 彼女が俺になにを言わせたいのか……

 流石に俺でも察しがつく。

 「俺は……あれだ……まぁ……て、てるはどうなんだよ?」

 しかし何度も拒否られてきた男の悲しい性かな……

 折山おりやま 朔太郎さくたろうは同居までしておいてこのヘタレぶりだ。

 「わたし?そう……わたしはぁ……」

 ――いや、これは別にヘタレというか

 ――そう!男女平等が叫ばれて久しい昨今では!

 ――別に男から口説くなんてものはむしろ時代後れの……

 「”ふつう”かなぁ?」

 ――おいっ!

 そこでその言葉を使うか?

 二人にとって確かに思い入れのある言葉だ・け・れ・どもっ!!

 俺は完全に自分ヘタレを棚に上げて憤慨していた。

 「ぷっ……クスクス」

 期待を裏切られ、一瞬だけそれが表情に出た俺を見てコロコロと笑う美少女。

 ――くっ……

 ヘタレたうえに見透かされて超恥ずかしい。

 「お、お前なぁ」

 「そうそう!今日はねぇ、ちょっと奮発してトンカツだよ!自家製ソースのトンカツ定食!」

 「だから話を逸らす……そう?トンカツかぁ!!」

 てるの作るトンカツは超うまい。

 自家製ソースに拘り、揚げ具合もプロ級と、直ぐにでも定食屋を開けるくらいなのだ!

 「ふふ、目の色が変わった。さくたろうくんはいつも通り腹ぺこさんだね」

 ――しかしこの娘……

 最早、完全な確信犯だ。

 「……」

 このてるという少女のこういう確信犯的小悪魔な所業は……

 彼女の特殊な生い立ちとか関係なく、持って生まれた性質たちに違いない!

 「……」

 「あれ?さくたろうくーん?おーい?」

 こっちが近寄れば遠ざかる。

 「食べないの?」

 離れればすり寄る。

 「ちょっと、あれれ……」

 それを楽しんでいる天性の小悪魔。

 ――難儀な……

 「だが!そんな面倒臭い女が好みなのもまた折山おりやま 朔太郎さくたろうではある!」

 「さくたろうくん?」

 キョトンとした、可愛い表情かおで俺を覗き込んでも無駄だ!

 ――今回はその手には乗らない!

 てるのこういった仕草も自分の容姿の使い方を熟知しているからこそだ。

 ――そうだ!

 この娘には一度ピシリと!

 世の男はそんな馬鹿ばっかじゃ無いと毅然とした態度で……

 「てる、夕食を食べる前にだな、ちょっと大事な話を――」

 「あのね……」

 ――くそ、だからそんな表情かおしたってなぁ

 毎度毎度、騙される俺じゃ……

 「朔太郎さくたろうくん」

 切なそうな彼女の垂れ目気味の瞳。

 「わたしね、普通だよ。現在いま、ふつうに幸せだよ」

 「…………」

 ――

 ――

 ――ぐはっ!

 彼女は突然”はにかんで殺りに来た!!

 「く……その……」

 少女の大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみで……

 「?」

 上目遣いに俺を見上げて揺れる瑠璃色の瞳。

 蛍光灯の安っぽい光さえ……それさえが彼女の神秘的な瞳の彩りとなる。

 「……おれは……その」

 完全に殺られた!いや、やられた!

 まるで意志を葬られ、操られるが如くに彼女に魅入られる俺は……

 「その……てる……おれは……」

 「うん?」

 急激に乾く口内で空唾を呑み込み――

 「い、いただきます」

 そう、俺は――

 やはりヘタレだった。

 ただ手を合わせて、ペコリと頭を下げていたのだ。

 「はい、頂きます」

 そして彼女もニッコリと微笑んで手を合わせる。

 相変わらず俺はてるに適わないのだ。

 ――

 ――”神がかり”ってのがね、伝承にはあるんだよ

 そういえば波紫野はしの けんがそんな事を言っていた。

 ――てるちゃんの事じゃなくてね

 波紫野はしの けんのいう”それ”は神如き力を授かった者の呼称では無いらしく、

 神様っていう恐れ多い存在が引き起こす奇蹟というはた迷惑な事象……

 ――そんな厄介ごとに”関われる”身の程知らずな馬鹿者?

 それは実に波紫野はしの けんらしい、先祖からの伝承に対するには大変失礼な表現だった。

 ――身の程知らず……けど、それはまれなる心を持った只人ただびと

 ――お節介で命を賭けられる、神にさえ退かない存在

 ――元来、神話や英雄譚の主人公はそういった空気を読めない馬鹿者なのかもね?

 なぜか波紫野はしの けんは俺を見ながらそう言ったのだった。

 ――興味無いな、俺は

 その時も俺はそう思って聞き流していた。

 ――ああ、そうだ

 俺は……の為に。

 子供の頃に出会った少女。

 あおい……

 深い深海へと続くいずれ無へ至るだろう鮮やかなあお

 緩やかに死を連想させる慈愛に満ちたあおの世界。

 あのあおの瞳を……

 あまりにも儚い存在に見えた少女の神秘的な瑠璃色ラピスラズリの光りを……

 俺はきっとあの時から変えたいと――

 自身さえ行き止まりだった子供時代、無力過ぎた折山おりやま 朔太郎さくたろうが望んでいたごく身近な変革への渇望……

 ”小さな世界の英雄”にさえなれなかった子供の頃の宿題……

 立派なろくでなしに成長しただけの俺が出来るのは、六花むつのはな てるの檻を壊すだけ、

 ただの無責任な乱暴者はそれだけで満足だと……

 他人と深く関わるのは俺みたいな半端ものには到底赦されないと……思っていた。

 ――

 「でね……」

 「そのとき清奈せなちゃんったらね……」

 食事中も変わらず楽しそうに世間話をする少女。

 「ああ……ふぅん……そうか」

 俺はさほど興味無さげに曖昧な返事を返していた。

 「それでねぇ……」

 ――けど、俺はこうして”ここ”に居る

 「…………てる

 「ん?」

 望んで彼女の人生に割って入った俺は――

 「普通って…………案外、悪くないな、守居かみい てるさんや」

 言いたいことの途中で恥ずかしくなり、そう茶化して台詞を終える。

 ――

 ――

 キョトンとした彼女の沈黙。

 ――く!なんか、言わなきゃ良かっ……

 「だね、折山おりやま 朔太郎さくたろうくん」

 だが、彼女は――

 六花むつのはな……守居かみい てるは暫くの間のあとで、幸せそうにそう応えた。

 そうして――

 「普通な人生……この先も」

 ぶっきらぼうな表情のままで座る仕様も無い男に続けて微笑みかけるのだ。

 「ふたりでね」

 ――

 俺が出会った、手の届かない存在だった儚かった少女は……

 現在いまは、俺の傍らで可愛らしく微笑わらっていたのだった。

第59T話「エピローグ」END

「神がかり!」END

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