「神がかり!」第45話後編
第45話「なんて羨ましいんだ」後編
「は!?」
俺の言葉を聞いて御橋 來斗の表情は一瞬で崩壊した!
「はぁ?似てる?馬鹿か?この野良犬っ!寝ぼけてんなよっ!!」
御橋 來斗、今日何度目かの激昂だ。
「六神道?守居 蛍?あぁぁぁあっ!!ほんっとに雑魚は小さいことばかりに拘りやがる!はぁっ!!」
御橋 來斗はこれ見よがしに大きなリアクションで呆れて見せ、不満を周囲に撒き散らしていた。
「あーーーーあぁぁっ!!くだらない!!折山ぁっ!!お前も!六神道も!くだらない奴らばっかだっ!!」
「……」
「くだらない!くだらない!くだらない!ああーーーー!!世の中は塵芥ばっかりだっ!」
「……」
――”くだらない”……か
他人が言うとこんなにも不快な言葉なのか。
俺は意図せず自らの専売特許と対峙していた。
しかし――
それはそうと、俺の中の”苛立ち”もそろそろ限界だった。
――だいたい、百歩譲って此奴が不幸な身の上だとして……
それが一体なんだと言うんだ?
世の中にはそんな人間は掃いて捨てるほど居る。
「イラつくな」
俺の口は意識せずに零す。
「はぁ?なに言ってんだ?野良犬……」
そして俺が呟いた言葉を拾った目の前の馬鹿はそれを理解出来ないようだ。
――だろうよ。だから……クズなんだ
「くだらない野良犬が!!人生の負け犬が!!お前こそが”くだらない塵芥代表なんだよぉっ!!折山ぁっ!!」
「……」
――だ・か・らぁ!
そんな簡単に”その言葉”を使うな!
そんな簡単に他人に責任を転嫁するな!
「ズルい奴だな」
狡いだろう……
そんな”生き方”は……ズルい。
「あぁっ!?なに言ってんだ!”くだらない”んだよぉぉ!世の中は全てぇぇっ!!」
――自分は間違っていないと?
――悪いのは自分以外だと?
そう盲信している此奴は……
「……」
――なんて無知で、子供で、無様で……
――なん……て……羨ましいんだ
「…………ちっ」
実際、俺が苛ついているのはこの”御橋 來斗”にじゃないだろう。
「はは……なるほど、そういうことか?」
反論らしい反論をしない俺に御橋 來斗はなにかを思ったらしい。
「良いかぁ?良く聞け馬鹿共っ!!この僕は……僕は”ライト・イングラム”だ!!御橋?そんな差別的で閉鎖的で古くさいカビが生えた骨董品の”六神道”なんて塵芥な存在じゃ無いっ!!」
俺と言うよりも周り全体に、一際激しい怒鳴り声を放つ御橋 來斗。
――っ!?
その声に、離れたところで奮戦中であった六神道の面々も思わず視線を奪われてしまう。
「……」
対して俺は……
折山 朔太郎は……
――そうだな
「……」
どっちにしても限界だ。
「もう喋るな、お前」
俺はその時、自然とそう呟いていた。
ザッ!
一歩踏み出す。
「……」
――甘い蜂蜜金髪で碧眼……
ザッ!ザッ!
――端正な顔立ちの本来は恵まれた男……
続けて二歩歩、三歩と、
自らの不幸を盾に我が儘をまき散らし、素直にねじ曲がった感情を表に出すことが出来る……
ザッ!ザッ!
――苛立たしい甘ちゃんの子供
「御橋 來斗……」
そういう幸せな男の直ぐ眼前に俺は立っていた。
「なんだ?野良犬、また無様に投げ飛ばされたいのかっ!死ねよっ!」
歪んだ口で”獲物”は突っかかってくる。
「……」
――俺がこれから仕留める”馬鹿”だ
「殺ってみろ……」
そして俺は――
「ばかみたい」
――っ!?
寸前だった。
獲物を狩る寸前で――
今の今までただ沈黙していた少女の声が響いたのだった。
「…………蛍?」
守居 蛍の声に……
俺は意思に反して、つま先が凍り付いたように地面に貼り付く。
「はぁ!?」
同時に御橋 來斗の間の抜けた声が響いた。
「”馬鹿みたい”って言ったのよ?御橋 來斗せーんぱい!」
「なっ!?女っ!まだ僕をその名で……」
「くすくす、へーんなのぉ……”劣等感”丸出しだよぉ?”卑屈”なぁ、みーはーしぃーらいとちゃぁ~ん」
整った可愛らしい唇を綻ばせ、少女は子供を相手にするような口調で男の顔を覗き込む。
「そ、その名で呼ぶなって言ってんだろうがぁっ!!」
ガッ!
御橋 來斗は白い肌を真っ赤に昂揚させ、既に少女の華奢な肩を乱暴に捕らえていた!
「て、蛍っ!」
――なんたる不覚かっ!
俺は蛍の行動に心を乱され、完全に反応が遅れたのだ。
「死ねよっ!このくだらねぇ馬鹿女ぁぁっ!!」
――ちっ!
巨人の……禍津神とやらの完成にはまだ蛍の力がいるんじゃ無いのかよっ!?
俺は慌てて動くも――
「っ!」
既に華奢な肩を力任せに鷲掴まれ、苦痛に顔を歪める少女!
怒りに支配された御橋 來斗には冷静な判断など微塵も出来るはずが無かった!
俺は手を伸ばすも間に合わない!
そして――
ガシィィ!!
それは一瞬だった。
今夜、俺に何度かしたように!
少女の小柄な身体を独楽のように回転させて!
そして容赦なく地面に叩きつけようとした優男の端正な顔面は……
「ぐはぁぁっ!」
醜く歪んで大きく後方に弾け、仰け反っていた!!
――くっ!
無理矢理だ……
無理矢理、生き残った右腕を伸ばして肩を入れ、”あの”打撃を打ち込んだ。
「……」
拳を打ち込んだ俺は苦痛に顔を歪ませる。
俺は反応できなかったマイナス分を、準備も何も無い状態での……
無理矢理な業で補ったのだった。
「がはぁっ!!はぁぁっ!!」
明後日の方向へ曲がった鼻とベッタリと赤く染まった唾を吹き散らす――
先ほどまでは美しい顔立ちだったはずの、変形した男の顔面。
少女を捕らえていた男の手は引きはがされて宙を彷徨い、
意識の飛んだ男の上半身はふらりと傾いてゆく……
――もういい加減”片付ける”!!
打撃を放った拳を開いて俺はその男の胸ぐらを……
「くっぁ!!」
――駄目だ!
無理な動作で腱が伸びきってしまったのか、直ぐには指先に感覚が戻らない!
「ちぃっ!」
ドカァッ!!
代わりに俺が選択したのは――
「がっふぁっ!」
――ドサリッ!
蜂蜜金髪の優男に無様な体当たりをかまして絡み合って倒れるという児戯であった。
「あぁ……こ……の……」
仰向けに倒れた優男は血の泡を吹きながら、血走った眼で上に重なった俺を睨みつけてくる。
「……」
――憎悪に染まった眼
だが奴は直ぐに動くことは出来ないだろう。
我ながら無茶な拳だったが……
それだけに――
俺は今まで”六神道”相手に対し漏れなく行ってきた手加減を怠ったのだ。
つまり……
「ぐ……ふぁ……いた……い……く……くそ……」
現況の御橋 來斗をどう料理するかは至極簡単だと言うこと。
「……」
とはいえ、
――俺も奴の上に重なったまま、ほぼ動けないけどな……
「くっ……」
それでも一応は足掻いてみるが……やっぱ無理そうだ。
「……」
扨て――
俺の腕はこれで、めでたく両方共完全に死んだワケだが……
「……」
――この後どうするか?
――どうやってこの状況を……っ!!
「あ……ぁぁ」
気がつくと一部始終を見せつけられただろう守居 蛍が、尻餅から立ち上がり……
その目を覆う光景に対する衝撃で表情を引き攣らせていた。
「……」
潰れた顔面の優男と両腕を不自然にダラリとさせた男が地面に縺れて転がっている。
おまけに周りは飛び散った血や体液という……なんていうか?
普通の少女が特等席で鑑賞するにはあまりにも暴力的で現実的な惨状だった。
「こ……こんな……」
首を動かし、地面から見上げる俺の視界。
彼女のプリーツスカートから伸びた白い足が小刻みに震えている。
「わ、悪いな……蛍。あれだ、ほら、あらかじめ”R指定”しとくべきだったか?」
無様な格好で軽口で誤魔化そうとするも……
「そういう問題じゃ……ない……から……うぅ」
「……」
――あぁ……そうだな
多分こっちが、ほんとうの蛍だ。
俺が昔、出会った……”瑠璃の少女”だ。
俺は怯える少女を前にそう勝手に信じて……趣味悪くも、どこかホッとしていた。
そして――
「だ、大丈夫だってほら、ギリギリ殺してない!な?ほら?な?」
負傷で朦朧とした顔面血だらけ優男の力なく垂れた腕をカクンカクンと動かして、藪蛇っぽいフォローをする俺。
――くっ!流石に苦しい……アウトか?
「う……うん……ギリギリ……だね」
俺の思い出の少女を垣間見せた蛍は――
引き攣った笑みを浮かべて、なにも見なかったと言うように美しい瞳を逸らしたたのだった。
「…………よし」
――ギリギリ、セーフ!!
第45話「なんて羨ましいんだ」後編 END
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