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「神がかり!」第58T話後編
第58T話「ただのひとつの神話の終わり」後編
「まだ帰ってないよ、うん、なんとかやってるよ。うんうん、ありがと、ふふ……」
今時はあまり見かけない格安携帯電話を手に少女が楽しそうに話す。
「ほたるー!ごめんね、待たせちゃって。用意できたから帰ろうっ!」
そんな少女の背後から、その少女と同年代に見える二人の少女たちが元気よく声をかけてきた。
――!
「あ?うん、じゃ……」
少女の潤んで輝く大きめの瞳は少し垂れぎみで……
そこがなんとも男の保護的欲求をそそらせる。
「うん、友達が呼んでるから切るね、うん、また……」
ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇、
サラサラとゆれ輝く栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合っている。
「切るね、今日はありがと」
――”守居 蛍”……十八歳
誰の異論も挟む余地の無い美少女であるが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から美女という表現よりも可愛らしい少女の印象が一際強い。
そんな美少女は手に持った携帯電話の通話を切ると、ニッコリと人懐っこい笑顔で笑って友人達を迎えた。
「うん、帰ろっか」
そこはW県臨海市――
九郎江町にある看護学校の校門前であった。
――
「ねぇ蛍ちゃぁん、さっきの電話って彼氏?すっごく楽しそうだったけど……」
「え?」
「だよねー!私もそう思った!たしか……えっと、朔太郎くんだったっけ?」
興味津々だというキラキラした瞳で二人の少女は歩きながらも蛍に尋ねてくる。
「ちがうよぉ……ちょっとね、前の学校の友達だよ、久しぶりに電話貰って……」
白い頬を少し朱らめながらも少女はそう答える。
「前の学校って?そういえば蛍って前の学校、途中でやめて臨海看護学校に入学したんだっけ?確か天都原学園でしょ?超進学校じゃん、勿体ないなぁー」
「ちょっと!和香っ!ごめんね蛍、この娘ちょっと無神経で……悪気は無いんだけど……」
少しだけ困った表情になった蛍の変化を敏感に感じ取ったもう一人の友人がフォローを入れるも、当の蛍はすでに何事も無かったかのようにクスクスと笑っていた。
「全然、あはは、気にしてないよ。もともとね、勉強とかちょっとキツかったし、医療系のお仕事にすごく興味もあったから」
「そうそう!蛍はそんな些細なこと気にしない良い娘だよぉ?清奈はちょっと気にしすぎぃ、ねぇ?」
そうして和香と呼ばれた”あけすけ”な少女は他人事のような反応を返す。
「……はぁ、まぁ、蛍が良いならそれでいいけど……で、蛍はどうする?私たちこれから”カスケ”に寄ってから帰ろうと思ってるけど」
”カスケ”とは九郎江町にある紅茶専門店の名で正式名称は”カスケード”
適度に田舎なこの街では唯一とも言える、少しだけお洒落なカフェだった。
「あ……ううん、今日はやめとくよ。予定よりちょっと遅くなっちゃったし、ご飯作らなきゃだから、ごめんね」
友人の誘いに蛍はそう言って申し訳なさそうに笑った。
「全然いいよ、それよりこっちこそごめんね、待たせちゃったうえに……」
「そうかぁ?ご飯ねぇ、ふふ……それで今日は終日機嫌がよろしかったのね、お嬢様?」
「うっ!」
そして意味ありげな言葉を返して来る友人に蛍はギクリとした顔をする。
「ああっ!そうかぁ!だよねぇっ?帰ってきたんだ!朔太郎くんっ!」
そして清奈の言葉に遅ればせながら気づいた和香は、大声をあげてウンウンと頷いていた。
「わ、わぁ……和香……清奈も……そんな大声で」
「いいなぁ、恋人が朔太郎くんみたいな男って!何度か会ったけど、良いよねぇ……」
「うんうん、あんま愛想無いけどぉ、なに気に優しいし、頼りがいありそうだしぃ!」
からかう気満々の二人の友人に蛍は”はぁ”と溜息をついた。
「べつにそんなんじゃないよ。一緒に住んでるのだって、ただのルームシェアだし、頑張ってお仕事してお金を多めに入れてくれる朔太郎くんだから料理とかは私がやってるだけだし……」
「いや、それってもう夫婦じゃん」
「え?」
「だよねー!」
必死に抵抗する蛍に二人の友人は”なにをいまさら”とばかりに答えるが……
「ち、ちがうよ!ただの友人?えっと、友達?……こ、恋人とかとは……えっと」
ガンッ!
「っ!?」
そして、なおも否定する蛍の背後で何か大きな音が響く。
「な、なに?」
「あ……あれ……」
二人の友人……
少女達も先ほどまでの笑顔は何処かへ……
顔を強ばらせていた。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
続け様に蛍の背後で響く異音。
なにかを……
金属製の”なにか”を殴打するような、不快な騒音……
「……」
蛍はその異音にゆっくりと振り返って視線を向けた。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「あ……ぅ……!?」
そして瞳が……
少し垂れ気味で大きな優しい彼女の瞳が、”その人物”を捉えた途端に緊張で固まっていた。
「あーー!ならねぇぇ……自分の誘い断んないでよぉ!!あーー……”ほたる”ちゃんさぁ?自分以外恋人いないってぇーー、あたり前だけどねぇぇ?」
そこにはいつの間にか――
金髪マッシュルームカットで青白い顔の痩せぽっち、
死んだ魚の様なヤケに据わった目だけがギョロリとしたヒョロリとした、
貧弱な体型の制服姿である青年がブツブツと呟いて立っていた。
ガンッ!
足元に、原型を留めないくらいに拉げた街に据え置かれたスチール製ゴミ箱を転がし、
青白い顔で痩せぽっちの青年は……
ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!
見るからに危ない雰囲気の青年が背後でそれを蹴り続ける。
「……」
「……」
そしてその異様な男の後ろには――
此方は分かりやすくガラの悪い、男と同じ学生制服を着た何人かが立っている。
――
「ゲッ!あれって、羽積高の……川田じゃないの!」
「え、えぇ!それって、性格が危なすぎて地元のヤンキーも関わらないって言う?あの川田 丹衛門?」
和香と清奈がとっさに鞄を前に出し、震えながら後ずさりする。
「おぉい……お前らぁ……これが自分のハニー、”ほたる”ちゃんだぁ……どぉう?とびきり可愛いしぃ、おっぱいも大きくてぇ……揉み心地良さそうでしょおぅ?ふふっはぁ……今から攫うからねぇ?後の二人は報酬だよぉ……キミらの好きにして良いぞぉ」
金髪マッシュルームカットで青白い顔の痩せぽっち、死んだ魚の様なヤケに据わった目だけがギョロリとしたヒョロリとした体型の青年は――
ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!――ガラララァァン!
勝手にそう仕切ると、勢いよくゴミ箱を蹴り飛ばしたのだった!
「じゃ、丹衛門くんのお言葉に甘えて……」
「うわ、女の子ぉ!久しぶりだぁ」
足元で拉げたスチール製のゴミ箱を蹴り飛ばした青年の指示で、彼の後ろでニヤニヤとしていた同じ制服姿の見るからにガラの悪い学生達が動いた!
「きゃっ!」
「ちょっ!ちょっと……」
蛍の友人二人に無遠慮に近づいた男達は後ずさる彼女たちの手を掴んで――
「や、止めて!清奈たちは関係ないからっ!」
蛍は叫んでその間に割って入いる!
その必死な姿を眺め……
死んだ魚の様な目の青年は、”にへらぁー” と口元に気味の悪い笑みを浮かべた。
「ほんと……関係ないよねぇー、”ほたる”ちゃんの言うとおり……けど、それを言うなら僕もぉ……無理矢理キミにつきまとう、ただの変質者だからぁ、一周まわって関係あるかもねぇ?」
「……っ!!」
全く意味の解らない理屈を口にする男は明らかに異常者で、蛍を含めたその場の少女達は絶句する!
もともと、守居 蛍が登下校中に男から告白を受けるのは珍しくなかった。
ここ九郎江町に引っ越してきてから約一年……
もともと器量に優れた目立つ彼女が、女子高である看護学校の登下校中に他校の生徒からされる告白の数々は結構な日常風景でもあったのだ。
――だがっ!!
「ふふふ……ふひゃひゃ……」
この自身を変質者と呼んで憚らない異常者は別格だ!
羽積高の川田 丹衛門は――
地元の不良達も避けて通る、教師どころか警察も手を焼くという、絶対に関わってはいけない輩であった。
その川田 丹衛門に目をつけられた。
「わ、わかったよ……行くから……」
そう言って守居 蛍は、スッと垂れ気味で優しげな瞳を男の方へ向け……
「蛍っ!駄目……こんなのについて行ったらなにをされるかっ」
「蛍ぅっ!」
ガラの悪い学生達に腕や肩を掴まれていた少女達が声を上げる。
「うん、行くよ。行くから……」
蛍は友人達の声を聞き流し、大きめな瞳を件の男の上方へと視線移動させた。
「!?」
異常者の後方十メートルほどの距離に見える歩道橋の上に向けて――
「だから、ちょっとカレに確認するね?」
「は?」
そしてそう言った彼女は――
場違いにも、桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇を綻ばせていたのだった。
第58T話「ただのひとつの神話の終わり」後編 END