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「神がかり!」第38話後編
第38話「俺の持論だ」後編
「あの”おかしい女”にはプロの狙撃手として圧倒的に足らないモノがあるんだよ。で、俺はそこを突くために相手を動揺させた」
「足らないもの……動揺……だと」
ガラの悪い男は俺を睨んだままだ。
「まぁ、その辺は自分で考えろ。そこまでいちいち説明するのは流石にご免だ……で、乱れた心で隙の出来た狙撃に加えて何処を狙ってくるか見当が付く狙撃、なら後は簡単だろ?」
「いやいや、弾丸撃ち落とすなんて全然簡単じゃないし!ていうかそもそも何故見当が……」
今度は波紫野 剣が信じられないと聞いてくるも、
「波紫野、前に言ったよな?”天孫”は使用回数制限があるって。と言うことは無限にあの射撃が出来るわけじゃない。弾切れがある以上、徐々に追い詰められる相手は後になるほど一撃で相手を殺せる急所を狙うだろうし、そういう急所っていう時点である程度、数カ所に絞られる」
戦場で場違いにも種明かしを続ける俺……
それがこいつらの欲している事だろうし、このまま面倒なやり取りを続けるよりはキッチリ話した方が面倒臭くないと思ったからだ。
「いやいや……急所だって幾つもあるし、そもそも音速を遙かに超えるあの速度の攻撃を……」
前に永伏が言ったように、凛子とかいう女が三千メートルから四千メートルの距離から狙撃しているとして……射出から着弾までおよそ二秒から三秒。
「六神道が”天孫”っていう馬鹿げた能力を持っている代わりってわけじゃないけどな、俺は昔っからそう言う気配って言うか、それがなんとなく解るんだよ」
「は?気配?何キロも先の殺気が……か?」
すっかり攻撃するのも忘れた永伏 剛士が目を丸くする。
「あり得ないよ……それは人として、さすがに朔ちゃん」
波紫野 剣が今までで一番呆れた顔をするが――
俺としては”敵の殺気を読むのは死活問題”
そう言う世界で生きてきたのだ。
寧ろ”天孫”なんていう神様がらみとかの力を有するこいつらの方がよっぽどだ。
「そうか?俺は十二、三歳くらいだったっけ?いやどっちでも良いかそれは……とにかく最初は西島さんに連れて行かれた”香港の抗争”のときに地元のマフィアの雇われ狙撃手が……おっ!」
そこまで話しかけたとき、俺は現在説明中である”殺気”に気がついた。
「いや、与太話はもういいな。で、本題だが……最初は頭、次は心臓、それで……」
「えっと?朔ちゃん!?」
急に話を止め、変わる内容に波紫野 剣が怪訝な顔をするが……
バシュッ!!
ガキィィ!
俺は喋りながらも、またも飛来した光の一撃を自身の心臓の上辺りで撃ち落としていた。
「……で、もう一度、心臓だ」
ーー!
衝撃の光景にとびきり目を丸くする三人に俺は続けた。
「手品師のカードを使った手品に、相手に好きな手札を引かせてそれを見事に当てるってのがあるだろ?あれと同じだ」
「なんだ?そりゃ……テメェ、ざっけんなよっ!!」
理解出来なかったのか、再び苛つき出す永伏。
――せっかく今さっき実戦で見せてやったのに理解力無いな……
「えっと、それは……確か”フォース”とかいう技術だったっけか?」
――そうそう、流石は波紫野 剣
俺の前の席なだけはある。
「永伏さん、手品師は相手に任意の、自分の引かせたいカードを引かせられるって言う、そういうテクニックらしいものがあるみたいなんだ」
「ちっ!」
「そんなことが……」
頭の固い永伏は問題外として、最早、武道や武術とは言えないような内容に嬰美も口元を押さえて驚く。
そう、武道や武術とは違う世界。
――だが嬰美……武術でも同じだぞ
俺は黒髪美少女の横顔を眺めながらしみじみ思う。
――”虚実”と言い換えれば多分、嬰美も良く理解できるはずだ
”嘘”……所謂フェイントでわざと隙を作り、相手の不用意な攻撃を引き出して返し技を放つ!
相手の攻撃位置を誘導するのもそれの発展系と言えるだろうと……
俺はそう言いかけたが止めた。
「……」
言うまでも無い。嬰美にこの手の話を振って、またいつぞやのように瞳をキラキラさせて話が脱線していくのは避けたかったからだ。
「比較的初歩のテクニックだ。心理的トリックという、つまり相手の選択肢をこっちが誘導して、撃たれたい場所を決める」
俺はもうそろそろ良いだろうと結論へと向けて語る。
「そのための……あの奇行?イニシアティブを取るために虚を突いた……」
波紫野 剣が俺の一連の行動がここに繋がったと理解したのだろう、自然と呟いていた。
「まぁな」
そして、それに頷く俺。
「何事もイニシアティブをとった方が後々までの選択肢を多く保持することが出来る……俺の持論だ」
――
ー
再び、ランドマークタワーの屋上にて――
「……」
ゆらりと、焦る女の後ろにいつの間にか立つ影が一つ。
ゆっくりと近づく。
「そんなに心が脆けりゃ当たるモノもあたらねぇよ、姉ちゃん」
ノーネクタイでワイシャツの胸元が大きく開いた開襟シャツ、細身の割にガッシリとした印象のある男……
「どうだ、折山 朔太郎は?」
いつの間にか女の後ろに立った、草臥れてはいるが上質のスーツを着崩している男はそう聞いた。
「……」
女は……
六神道、椎葉 凛子の瞳は……
「……」
珍しく焦っていた彼女の瞳は黄金色からいつの間にか静かな黒色に戻り、その整った顔はすっかり冷静だった。
「聞いてるか?姉ちゃん」
三十代半ばのその男は、痩けた面長な輪郭と鋭い切れ長の目、不機嫌そうな”への字”に固定された薄い唇でそう続けた。
「聞いているわ……ずっとそこに居たでしょう?貴男」
凛子の口調は何時もの間延びしたものではなく、いつになくシリアスになって……
「変わってるだろ?あのガキ」
”気づいていたわ”と言わんばかりの凛子の言葉にも、背後の男は心持ち上機嫌のような感じがしないでもない口調で構わず続ける。
「…………ふぅ」
凛子はため息を一つ、後ろに束ねた長い髪を揺らめかせて振り向いた。
「……」
目前にはどう見ても堅気で無い男……
そういう風体の声の主はこの辺を取り仕切る非合法組織、一世会、哀葉組若頭、西島 馨という男であった。
「……ふふっ」
凛子の朱い唇の端が少し上がり、汗が一筋だけ白い顎を伝う。
「ねぇ……なぁにぃ?あの子ぉ」
そしていつも通りになった口調で目前の男、西島に尋ねた。
「あれは只の馬鹿なガキだよ、てめぇの人生に足掻くのを忘れちまったな」
その言葉に女は……
椎葉 凛子は……
「ゾクゾクする」
本当の意味で大きく口元を綻ばせて微笑った。
「……」
西島 馨は無言。
自分の背丈以上の弓をビルのフェンスに立てかけ、華奢な両手でギュッと自身を抱きしめる女は――
なんとも”そそる”恍惚の……
「ふふ……ふ」
愉悦に浸った表情で”ぶるっ”と身体を震わせていた。
ギィィッ――
バタンッ!
「あ、兄きぃ!そろそろ」
そこへ慌ただしく、屋上の鉄扉を開けて小太りのサングラス男が現れる。
西島 馨の舎弟、森永だ。
「…………悪りぃが姉ちゃん、ちょっとご同行して頂きたいんだが?」
西島の一見落ち着いた口調……
しかし、その実は有無を言わせぬ迫力を含んだ言葉に女は場違いにも薄く微笑った。
「ねぇ?コンビニ、寄って行ってよねぇ……西島のところの朔太郎さんのおかげでぇ、下着変えなきゃならなくなっちゃったんだからぁ」
第38話「俺の持論だ」後編 END