「神がかり!」第40話後編
第40話「理由」後編
――だから他人のお家事情なんて知りたくも無い
とはいっても、今回は俺の今後の行動にも関わってくるかもしれない事だ。
「現在はね……もう亡くなられたけど、御端の家に強引に連れ戻されてからは結構、非道い扱いだっただろうね。子供にも会わせてもらえず、蔵に軟禁状態だったかな、確か」
波紫野 剣の応えに俺は頷く。
「なら御端家への恨みと言うより六神道全体への恨みだろう」
俺の言葉に三人は自然と厳しくなった視線を此方に向ける。
「なぜ……そう思うんだい?」
珍しく重い口調。
沈黙したままの二人の少女を代表するように、柄にも無く軽口でない真剣な言葉を向けてくる波紫野 剣。
――あんま触れられたくないってか?
――けどな!
「お前らが一番心当たりがあるだろう?伝統という名の拘束、選ばれた存在という自分達の尊厳を保つための排他主義、自己の誇りや欲を第一に生きる者共は他者の多様性を認めない。生き方を許容しない。それが……」
「当時の御端家が特別だっただけよ!六神道全体の裁量じゃ……」
俺の無遠慮な言葉が自家の誇りへの罵倒と受け取ったのだろう、堪りかねた真理奈が割り込む。
「けど、外人の血は駄目なんだろう?」
俺は気にも留めずに反論指摘し、それに真理奈は”うっ!”と黙った。
「長く続いた家にはその家の伝統というものが……守らねばならない矜恃があるのよ」
代わりに今度は嬰美が食い下がる。
「矜恃?はっ!ご大層な言葉だが……跡取りが居なくなって困ったら用無しとしていた相手を無理矢理連れ戻して本人の意思などお構いなしに後釜に据える。随分と自分達だけには融通の利く伝統があったもんだ?ああ、それともそれこそが嬰美の言う矜恃というものか?」
「あ……う……それは……」
そしていつになく容赦が無い、二度目の俺の反論指摘に、嬰美も真理奈同様に黙り込む。
別に御端 來斗なんて知らないクズも、
守居 蛍なんていう過去の遺物にも、オレが庇う道理なんてもんは一切無いが……
――同類……同じ穴の狢……か
――いや、馬鹿馬鹿しい!
俺は独り頭を振る。
これは単に筋道の問題、違和感を指摘しているに過ぎない。
――そうだろう?
これは全くの横暴だ、筋なんてあったもんじゃ無い。
――そうだ……
世に言う名家も宗教も……伝統とか格式とか戒律とか、とどのつまり根底は同じだ。
いつもいつも、それに収まれ無い人間を弾き飛ばし、押し潰す……
「ちっ!」
俺には……非常に珍しい事だが、心底熱くなっていた。
何度も言うが御端 來斗とやらの為じゃ無い……けどそれは……
それは……彼女の……で……あるかも……しれない……
「……」
「まぁ、まぁ……嬰美ちゃんも真理奈ちゃんもそんなに熱くならずに。あと、朔ちゃんもそうだよ、女の子泣かせるのはちょっと感心しないなぁ」
「く……」
「うぅ……」
いつの間にか、涙目で苛立つ俺を見ている二人の少女たち。
俺は波紫野 剣のいつも通りの緊張感の無い声に冷静さを取り戻していた。
――”こんなこと”くらいで涙ぐむ様な、ヤワな女達では無いはずだと思っていたが……
「まぁね、朔ちゃんに言われたってのがね、色々とショックというか……」
「け、剣っ!」
「は、波紫野先輩っ!」
俺の疑問が表情から読み取れたのか?頭をポリポリとかきながら呟く波紫野 剣の言葉に二人の少女が真っ赤な顔で噛みついていた。
「いや……悪かったな。俺が言うような事じゃなかった」
だがそれとは別で、二人を見ているとなんだかそんな気分になった俺は素直に謝る。
「う……さ、朔太郎が謝ることじゃ……その……」
「もういいわ、朔太郎……言い方にお互い非があった事だもの」
真理奈と嬰美、二人の少女もばつが悪そうに赤くなって謝罪する。
「まぁねぇ、御端 來斗の動機は俺もそんなところだと思うよ。でも、ほたるちゃんの方は見当もつかないけどね……」
剣の言葉に二人の少女も戸惑ったまま頷く。
――
「いや、そっちはなんとなく解るから……特に問題ない」
だが、俺にはそれはそう難しくない問題だった。
「えっ?」
「なに!?」
「マジで!」
俺の言葉に三人は一斉に此方を向く。
「ああ、まあな。けど”六神道”とかにはあまり関係ない話だから、お前らは無視してもいいだろう」
そしてそう続ける俺を微妙な顔で眺めながら、三人はお互いに視線を交わす。
「いやでもね、流石にそういうわけには……」
俺が推測する蛍の事情も、その根拠も、特に提示しない俺の言葉に三人が納得するわけも無く、六神道を代表する形で波紫野 剣が食い下がってくる。
「俺が決着をつける。俺達側の問題だ」
だが俺は引くつもりは無い。
推測する事情を話すつもりも無い。
「……」
「……」
「……」
頑として言い切る俺に、三人は……
特に二人の少女は、複雑で少しだけ悲しそうな表情になった気がする。
「てめぇ……ら……なに……かってに……」
――っ!
少しの沈黙の隙間に、足下で瀕死の声が弱々しく響いた。
「なが……ふしさん?」
「あ、気がついたんだ?流石、中々しぶといね」
嬰美が俺の足元に視線を向け、同様にそこを見下ろした剣が軽口を言う。
「ざ、けんじゃ……ねぇよ……ガキ共……勝手に……」
俺の足下に這いつくばったままの永伏が、弱々しくもギラついた眼光で俺達を見上げて息も絶え絶えながら吠えようとしたが……
「永伏さん、長老達も貴方も良いように踊らされたのよ。御端 來斗とあの女狐に」
呆れた瞳で、いつにも増して辛辣な言葉を投げかける東外 真理奈。
「くっ……」
そしてダメージで満足に動くことが出来ないガラの悪い男は悔しそうに地に伏したまま項垂れる。
「ふぅ、ほんとに」
永伏にはこれまでで色々と言いたいことがあったのだろう、真理奈は小さくため息を吐いた。
「真理奈、あなたの気持ちもわかるけど……今はとにかく永伏さんを病院へ」
そんな中、波紫野 嬰美がそう声を掛け場を収めようとした時だった――
「こんばんわぁ!”六神道”の愚劣なる面々よ!」
――!?
「あれ?ご機嫌は麗しくないみたいだなぁ」
そこへ突如、天都原学園、夜の裏庭に響き渡る巫山戯た感じで男の声……
「御端…… 來斗!?」
東外 真理奈と波紫野 嬰美が同時にその男の姿を確認して叫んでいた。
裏庭の端……
新校舎への入り口前に、いつの間にか天都原学園の制服を着た一人の男子生徒の姿があった。
「まさか……」
「……」
「なん……なの」
「……くっ」
波紫野姉弟も、東外 真理奈も、そして倒れたままの永伏までもがその表情を強ばらせるような異様な光景であった。
「ふふ」
薄暗闇の門灯の下、涼しげな碧眼と蜂蜜のような甘いブロンドが特徴の美少年が佇んでいる。
「……」
――確か三年の御端 來斗……だったか
天都原学園の生徒会長であり、学生連のトップでもある男。
今の今まで話題にしていた件の男……
俺は実際には初対面である相手を前に、学園に入学してから聞いた噂とさっきまでの波紫野達との話の内容、さらには六神道の面々の反応から直ぐにそう理解していた。
――だが……今は……
そう、問題はその隣だ。
俺はその件の男の隣に存在する、何というか……
「……」
その”異質”の存在から……何とも言えない、車酔いのような、頭痛のような、
兎に角、得も言われぬ悪感情を全身でビリビリと感じていた。
「……」
――あぁ……知っているな、あれ
ジャラリ!
薄暗がりの中で――
鉄骨を重機で釣り上げる際に使用するような極太の鎖でグルグル巻きにされた――
ジャララ……
前回より遙かにパワーアップしたであろう、裸体の巨人!
――グルルルルゥ!
「既に……”人類”をやめたってか?」
その時、極自然と――
俺は自身の口端が歪に捻上がる感覚をを感じていたのだった。
第40話「理由」後編 END
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