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「神がかり!」第46話

第46話「くだらねぇ!」

 「……」

 震える足で佇んだまま俺を見下ろす少女。

 ――?

 ピンポン玉ぐらいの大きさの物が三つ……ピラミッド形にくっついた珠。

 少女の足元に転がった物に気づいた俺はそれが何だったか思い出す。

 未知の材質で構成された神秘的な代物……

 ――確か御端みはし家の”天孫てんそん”という物だったか

 「……ぐ……うぅ……」

 未だ俺の下で苦しそうに蠢く瀕死の男。

 なるほど、さっきの無様な体当たりで零れ落ちたのだろう。

 ――なら、俺の取る行動は一つだ

 俺は未だ蜂蜜金髪ハニーブロンドの男に覆い被さったまま……

 「くっ……!」

 ズキリと全身に亀裂が走ったような激痛、ミシリミシリと軋む関節と逆に全く痛みが無い……感覚の喪失した右腕。

 ズザッ

 俺は少し足掻いた後で、なんとかかんとか死んだ両腕をぶら下げて立ち上がっていた。

 「てる、とりあえず……”天孫それ”を……」

 そうして俺が目前の少女に話しかけた時だった。

 「ウガァァァーーーー!!」

 巨獣の咆哮が辺りに響き渡り!それを追うように波紫野はしの けんの焦った叫び声が耳に届く!

 「さ、さくちゃんっ!駄目だ!突破されたっ!そっちへ行ったっ!!」

 ドスゥッ!ドスゥッ!ドスゥッ!

 地響きを立てて此方こちらに突進してくる巨人!岩家いわいえ 禮雄れおのなれの果て……

 「このっ!斬閃ざんせん……だめ……この距離じゃ届かないわ!り、凛子りんこさんっ!!」

 必死に巨人に追いすがる黒髪の少女が既にボロボロになった日本刀を掲げるが、技を諦めて後方の長身女に視線を送る。

 「うぅーん?でもねぇ……後、一射しか出来ないのよぉ?それじゃ足止めにもならないわぁ」

 だがそれに全く焦った様子も無く応える、スラッとした均整のとれた長身の長い髪を後ろで束ねた化粧っ気の薄い女。

 ドスゥッ!ドスゥッ!ドスゥッ!

 その間にも地響きを伴って接近して来る巨人は俺とてるのもうすぐ目の前だった!

 ――ちっ!

 ポンコツの俺が動いたんじゃ間に合わない!

 「てるっ!それを踏み潰せっ!」

 「……」

 「てるっ!!」

 俺の必死の叫びに少女は一度は足元の”天孫てんそん”を見たが……

 ドスゥッ!ドスゥッ!

 「ウガァァッーー!!」

 ブオォォォォッ!!

 迫り来る巨人の間近で振り上げられた巨大な右腕を見上げ、てるは立ち尽くしていた。

 ――くっ!

 「椎葉しいば 凛子りんこぉっ!!足元だっ!てるの足元の天孫てんそんてっ!!」

 シュォォーーン――――トシュッ!!

 間髪を置かず!黄金の軌跡がはしったかと思うと”御端みはし天孫てんそん”とやらは砕け散っていた。

 「……」

 ――咄嗟だというのに流石の腕前だな……椎葉しいば 凛子りんこ

 感心した視線を送ると、弓を構えた女は俺に微笑んでパチリとウィンクする。

 そして――

 ウガァァァ…………

 ……ァァ…………

 断末魔のような雄叫びを上げた巨人の赤い眼光は見る見る光を失ってゆき――

 ズダァァーーーーン!

 地響きを伴い砂煙を濛々と上げてうつぶに倒れたのだった。

 「……」

 ――間一髪だ

 ――本当に間一髪だった

 巨体はてるから僅かに一メートルほど、ごく至近距離で動かなくなったのだ。

 立っているのがやっとの俺はホッと胸をなで下ろすが、当の少女はというと……

 「……」

 無表情で”それ”を静観していた。

 それは巨人に襲われていた最中も、巨人が寸前で倒れた後も……同じ表情。

 「……てる

 「……」

 美少女はその大きめの瞳をすぅっとスライドさせ、俺に向ける。

 「……」

 ――そうか……よ

 どうやらてるは……未だ俺との決着を望んでいるようだ。

 無論、俺もここまで来た以上は何らかの答えを求めてはいる……

 いるんだが……

 「騙すのも騙されるのもどうでもい?だったっけ?」

 「……」

 「キミ、だからわたしを守っているのかなぁ?ふふ、ほんとムカムカするね……折山おりやま 朔太郎さくたろうくん」

 久しぶりに放たれた守居かみい てるの台詞は――

 少し前の状況にフィルムが巻き戻されたかのような内容で再現される。

 「……」

 ただ、かのじょの少し垂れぎみの瞳は真剣そのものだ。

 ――まだ繰り返すのか?

 ――解ったよ

 ――なら、俺も受けて立とう

 ――そもそも最初から俺が望んだことだ

 俺がこの学園に来てかのじょに”ちょっかい”を出した時から……

 ”きっと”それは避けて通れない道だったのだろう。

 「ムカつくのか?俺が?だったらどうなんだ?どうするんだ?そう言っただろ?過去の事なんて現在いまの俺にはどうでも良いってな、だから……」

 「カッコいね、折山おりやま 朔太郎さくたろうくん。斜に構えて世界を見下ろして、自分は他の人間と違うんだよね?ふふ、ばーか!わた……私だってね……私だって……」

 てるは俺の言葉の完結を待たずに続けた。

 「私だって……騙すより……騙される方が良かった……よかったんだよ!……けど……だけどねっ!」

 「……」

 ――繰り返される

 ――きっと俺が……

 ”俺達”が諦められる理由こたえを出せるまで、それはエンドレスに……

 「私は始まりがそうだった……その後もずっとずっとずっと……だってしょうが無いじゃ無い、私の能力ちからは他にあるいろんな偽物と違って”まやかし”じゃ無い本物の能力ちからは……だから、それが本物だから……」

 一年教室でのやり取りの時より……

 いや、現在いままで放置されてきた俺達の問題に、

 少女は”折山 朔太郎オレ”と違って正面から踏み込んでゆく――

 「聞いてる?全てが”くだらない”っていう、大人でカッコい……”折山おりやま 朔太郎さくたろう”くん?」

 俺に向ける露骨な皮肉とは逆に――

 何時いつしか大きめの瞳からぽろぽろと想いを零れさせる少女。

 俺と御端みはし 來斗らいとの泥臭いじゃれ合いを見下していたときとは別人……

 いや、それこそがかのじょの現在の姿に至る過程であったのだろうが……

 「……」

 俺は言葉を返せない。

 ”神がかった”能力ちからを持って生まれた少女、守居かみい てる

 ――その能力ちからが本物だから

 ――希有で神聖な能力ちからだから

 他人ひとは無条件で有り難たがる。

 他人ひとは彼女に人生それを託す……

 そう、無責任に。

 それは彼女をあがめる信者……

 それは彼女を恐れる他者……

 そしてそれは……

 それで人生を狂わせてしまった彼女の両親……

 その時の俺は、感情を制御することが出来なくなりつつあった彼女を前にして自身もまるで同じモノをなぞっているかのような錯覚に陥っていた。

 「私の能力ちからは本物だよ」

 「……そうだな」

 やっとの思いでそれだけ返す俺。

 「ふふ、だ……から……わたしの人生は”インチキ”……」

 「……」

 「私に関わった人たちもね、インチキで惨めな……愚かな他人ひとたち」

 「……」

 ――ああ……この……感覚は……

 足元がぐらぐらするような……

 勿論、それは満身創痍で立つ俺の身体からだの調子からでは無い。

 「折山おりやま 朔太郎さくたろうくん。キミの家庭は私が壊しました」

 「……」

 一転してヤケにハキハキとした口調で、

 言葉の残酷な内容とは真逆に美しく微笑むてる

 「残念だったね、悲しいね」

 「……」

 そんなアンバランスな彼女を目前に、俺の心の底では沸々と……

 ――不安?苛立ち?

 多分……そのどれもが該当するだろう。

 「ふふ………あは……」

 瞳を揺らせたまま、白い頬の涙跡が消える間もなく更新される中……

 今にも壊れそうなほどの繊細さで守居かみい てる微笑わらっていた。

 アンバランスで危うい……少女。

 「でも仕方ないよ、偽物だったんだもん。キミも、キミのご両親も、キミの人生も」

 「……」

 自分の境遇を他人のせいにして我が儘を通そうとした御端みはし 來斗らいと

 過去の不幸で自身を責め続け、自虐的な苦しみに浸る……

 目前の守居かみい てるという少女。

 ――そして……

 ――そして、それらを全て無視して死んだように過ごす折山 朔太郎オレ

 「…………くっ」

 ――多分、一番最低なのはキミだよ

 てるはそう言いたいのだろうか?

 もし、そうならば……

 「ねぇ?かっこ折山おりやま 朔太郎さくたろうくん」

 てるの光りに揺れる瞳は俺を見据えたまま――

 俺を過去むかしからる少女は俺を見据えたまま――

 ……危うくわらう。

 「俺は……何者にも向き合っていない……か」

 「ふふ……だね」

 てるわらう。

 向き合うことさえしていない。

 ――だから御端みはしのように他人のせいにすることが無い

 ――だからてるのように自分を責めることが無い

 ――だから……一番卑怯者だ

 「……」

 ――だからこその……このいらちか

 「ふふふ、滑稽だね。クールで優しくて、何度も騙されてるのに私のことが気になって仕方が無い折山おりやま 朔太郎さくたろうくん」

 「……」

 いまさら自身の不甲斐なさという現実を突きつけられた俺は、ただ自虐的にわらう少女を視界の正面に捉え黙っていた。

 「けど、ごめんねぇ。わたし昔からキミのこと、なんとも思ってないの」

 「……」

 「なに黙ってるの?実は自分が一番不幸だと思っている少年、朔太郎さくたろうくん」

 「……」

 実に好戦的で挑戦的な少女の口撃こうげき……

 俺をえぐり、侮蔑するため選択された数々の言葉……

 「ああ!ハッキリ言って欲しいんだ?他人任せで駄目だね、やっぱキミは」

 ――真実だよ、ほんと……非道ひどいい女だ 

 「朔太郎さくたろうくん、あのね、てるの言うことよく聞いてね」

 ――だから俺も受けて立とう

 その瞬間――

 守居かみい てるは無邪気に、純粋無垢に、可憐に、そして悲しいほど薄っぺらくわらった。

 ――そう、そもそも最初から俺が望んだことだ!

 「あははっ!まんまとわたしに巻き込まれてあなたの人生ご愁傷様でしたぁぁーー!!」

 ――――――ははっ!

 納得いく答えだよ!はははっ!守居かみい てる……

 いや、六花むつのはな てる!!

 ――瞬間

 俺は、壊れたはずの左肩を無理矢理に酷使し、角度をつけて振り上げる!

 「っ!」

 無論、ズキリと激痛で痺れるが……それでも俺は……

 「……」

 てるの垂れ目気味の瞳が!

 現在いまは悲しい水滴に沈んだ瞳が!

 俺の腕先を追うように静かに視線を上げ――

 ――案外、居心地良いかもしれない世界だ

 ――ここに居れば何も考えなくて良い

 ――借金に追われて日々の生活を過ごすのが精一杯、過去に何があったとか、未来に何があるかとか関係ない

 ――ここにはそれが無い、あるのは生きることだけに執着する”現在いま”だけ

 ――その”現在いま”だってスカスカだ

 ――日々の生活を過ごすのが精一杯、生きることだけに執着する”現在いま”は……

 ――未来きぼうの糧にならない”現在いま”は……

 ――無いのと同じだ!

 ――過去の恨みも、現在いまの不満も無い世界……

 ――なら、守居かみい てるという女は何故なぜあっち側にとどまっているのか?

 今までの自身の思いを胸に刻み……

 心中でゆっくりゆっくりと深呼吸を繰り返す俺は……

 賤陋せんろうおりやま 朔太郎さくたろうは腕を振り上げたままで改めて考察する。

 愚物のおりやま 朔太郎さくたろうは七年程前に完全に止めた思考を再開する。

 「…………ふ……ふふ」

 そして――

 俺は誰でも無い、”俺自身”に押さえつけられていた”たが”を完全に取り払う!!

 ――はは……ほんっと”くだらねぇ”

 バシィィッ!!

 正気に戻った俺の手の甲に思い切り柔らかいものを叩いた感覚が走る。

 ――いやな感触……

 しかしそれは紛れもない俺の現実だ。

 そう、これこそが俺の現実リアルなんだ!

 夜の空に怪物相手に散々轟いていたものとは比べものにならない軽い衝撃音が響きわたり――

 「……っ!」

 少女の顔は打撃を受けた頬とは反対側にいとも容易くはじけ飛んだのだった。

第46話「くだらねぇ!」 END

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