「神がかり!」第41話後編
第41話「赤と青」後編
「ヴォォォォォォォォォッ!!!!」
――
誰もが言葉を発せられず、怪物に成り果てた男を凝視していた。
ただ言葉を交わさずとも全員の共通認識は”かなりヤバイ”状況だという事だったろう。
「これはね、多くの負の力を結集させた塊、負の結晶だよ」
そんな者達を嘲笑うかの表情で、蜂蜜金髪の青年が得意げに言葉を発する。
「負の……」
手持ちの日本刀を袋から出した波紫野 剣は珍しく神妙な顔つきだった。
「そうだ、”神器”とは真逆だ」
説明する蜂蜜金髪の青年は愉しくて仕方が無い様子だ。
「御端 來斗!あなたいったい……」
同じく、袋から日本刀を出した波紫野 嬰美が睨み付ける。
「みーはーしぃぃ??僕はライト・イングラムだ!このっブスっ!!」
蜂蜜金髪の、御端 來斗はその呼び方に過剰に反応し、嬰美を怒鳴りつける!
子供の癇癪の如き態度だが、それだけに中々に理不尽な迫力がある。
「っ!?」
波紫野 嬰美は……
左手に携えた日本刀を握る手を一瞬だけビクリとさせたが、依然とキリリとした表情を維持してなんとか正面で踏みとどまっていた。
で、折山 朔太郎はというと――
「……」
――まぁ、相手の戦力が得体の知れない未知の脅威である以上は迂闊に動けない
「これはね、守居 蛍くんの協力があればこそなんだ」
そういう状況を十分承知しているだろう御端 來斗は一転、子供をあやすような猫なで声で自分を睨む毅然とした女剣士に語りかける。
「……蛍」
――多分、態とだ
それが効果的だった証拠に、友人の名を口にする男の言葉に、警戒していた嬰美は肩を小刻みに震わせて明らかに動揺している。
「六神道の者達なら守居 蛍の能力は知ってるだろう?すばらしい能力!人々を助ける現代の癒やしの天使!!」
御端 來斗は両手を天に広げ高らかに声をあげる。
「ああ!なんたることか!だけど世の中は全て等価交換……力にはそれと同じだけの代償が必要だ!」
大層に、大仰に、舞台俳優の如く嘆いて見せる。
「な、なにを……言っているのよっ!」
御端 來斗の芝居がかった、あからさまに巫山戯た態度に嬰美が堪らず声を荒げた。
――ほら、思う壺だ
他人事で二人のやり取りを眺めていた俺はそう呆れていた。
「あーはっは!!ばーーか!ばーーか!人の怪我や病気を無償で治せるような、そんな一方的に都合の良い能力がこの世に在るかよっ!あはははっ!!」
堰を切ったようにバカ笑いし出した蜂蜜金髪は、腹を抱えながら隣で控える巨人の太ももをパンパンと叩いていた。
「くっ!!この……」
対して、下唇を噛む大和撫子。
――徹底的に弄ばれてるな、嬰美
「行使された幸運はなぁっ!それと対をなす量の不幸で成り立つ!!その負の気を!死の気を!災厄を招く”大禍神”の気を!!この僕が集めて集めて哀れな巨人にプレゼントしたのさ!」
――っ!?
そして一気に悪事を吐き出す御端 來斗。
「なっ!”おおまがつ”……」
「よりによって……禍神って」
「そん……な」
「……ちっ!」
嬰美も、真理奈も、剣や永伏さえも絶句して言葉を失っているようだが……
――大禍神?
その語句に六神道の面々は尋常じゃ無い驚きようだ。
「……」
――”大禍神”……六神道にとってそれは、それほどのモノということか?
――解らん
部外者の俺には現状の危険度指数がさっぱりだ。
なら――
「”大禍神”……確か神代の世界に記述される”禍”の神だったか?この国の神話だったよな?」
解らないのならと、俺は自分の識る基礎知識を披露して反応を待つ。
「”六神道”の神々がこの地を育む神族なら”大禍神”も同じ神族……ただし、悪神の類いだけどね」
それに気付いた波紫野 剣が助け船を出してくれる。
――けど、やっぱりか
「“神”だの“悪神”だの、面倒極まりない展開になってきたな……」
零しながらも俺は、蛍の事がある以上もう少しは御端 來斗に関わらないといけないかと考えると頭が痛くなる。
――そうだ、もともと俺は”六神道”に蛍から手を引かせるためにこの場に来た!
それがこんな、ややこしくて大げさになってしまった以上は……
俺としては最早、引き時だろうが……
「”集めて”って、どうやって?……いったい……」
そんなことを思考中の俺は置き去りに、波紫野 嬰美が首謀者の御端 來斗に詰問する。
「答えるか?ばーか!」
御端 來斗は舌を出してまたも子供のように挑発する。
「……」
――はぁ……こんな”希に見る馬鹿”相手に命のやり取りなんぞやってられるかよ
「お前らはーー”六神道”の端くれはーーははっ!ここで死ぬんだよ!はははっ!六神道の僕が、六神道のお前らを殺す!……そして六神道の怪物は街に放たれ、幾百、幾千、いや、もっとか?とにかく、史上最悪!空前絶後!阿鼻叫喚の世界を創り出すんだよっ!!」
「……」
――ほんと、付き合いきれない
俺は心底帰りたいと思っていた。
「な、なんですって!!」
御端 來斗のとんでもない発言に東外 真理奈が叫ぶ。
「地に落ちた”六神道”……ああ、最高だよ!ほんと涙がでてくるね!」
「御端 來斗ぉっ!!」
波紫野 嬰美はもう我慢できないと、左手の日本刀を抜き放つ!
シャラン――
たちまち姿を現したのは恐ろしく研ぎ澄まされた氷の刃。
夜闇の中、月の光を鏡映し光り輝く白刃は……
間違いなく名刀の類いだろう。
「波紫野の宝刀が一振り、陰の刀、銘は”月光”……だったっけ?」
御端 來斗は少しも慌てること無く大和撫子の相棒を観察して嗤い、そして何故かそのまま俺の方を見る。
――なんだ?
「ああ、そうそう。折山?だったっけ、お前……お前にはそこの六神道共とは別に見せたいモノがあるんだよ」
御端 來斗は鬼気迫る嬰美を前に余裕の表情でそう言うと、端正な口元を歪めて嗤った。
――嫌な予感しかしないな
「……」
俺はスッと差し出された右手を見る。
――写真……か?
御端 來斗の無防備に差し出された手には一枚の写真……
角度とちょっと遠いから内容は良く見えないが、プリントアウトされた一枚の写真があった。
「……」
俺は油断せずに相手を見ていた。
「どうした?取りに来いよ。お前が一番興味のあるモノだぞ」
――あからさまだ
「……」
俺は無言のまま様子を見る。
「朔太郎、駄目よ!あの男は信用できないわ!」
「罠ってわかるでしょ、朔太郎!」
二人の女が口々に解りきったことを叫んでいるが……
「あーーあぁ、そうか、じゃあ仕方ないなぁ」
御端 來斗はそう言って右手に摘まんだ写真を……
ガシッ!
「ば、馬鹿っ!?」
「ちょ、ちょっと!」
俺は女達の忠告を無視して御端 來斗に歩み寄り、奴が手にした写真の端をしっかりと掴んでいた。
「いいねぇ……素直で」
蜂蜜金髪の青年は涼しい碧い瞳を細めて――
グイッ!
「!?」
一瞬で暗転した。
「……」
直後、視界が闇で埋め尽くされる……
それは……
つまり星の少ない今日の夜空だったのだろう。
ドカァァァーーッ!!
「がはっ!!」
肩口からモロに地面に激突して突き立つ俺の全身!
指先で挟んでいた写真を器用に手繰り寄せ、瞬時に俺の手首を掴んで引き込む――
膂力を全く感じさせない挙動と、繋がった瞬間に俺の重心を一瞬で乗っ取り木偶にする恐るべき技術……
斯くして折山 朔太郎は木っ端の様に容易く宙に舞い、
木偶故に無防備に大地の生贄へと蹂躙されたのだ!
「さく……!?」
「え……あ……」
嬰美も真理奈も……
「……」
いや、剣さえも言葉にする時間さえ無い妙技!
「あーーあ、殺しちゃったかぁ?未だ面白い趣向を用意していたのに残ね……」
ガバッ!
「んーーって!??」
パシッ!
俺は即座に立ち上がると、目前の優男が手に持った写真を奪っていた。
「は?はぁ??」
意味が解らず口を開ける蜂蜜金髪。
「朔太郎っ!」
「って、無事なの!?怪我はっ!?」
遅れて声をあげる二人の女。
「……」
俺はそんな周りに応えること無く、手に取った写真を凝視していた。
――なるほど……
写真を見て色々と納得した俺はそのまま無造作にポケットに仕舞い、改めて目前の男に視線を合わせた。
「お前……この駄犬が!」
先ほどまでとは違って余裕の欠片も無く俺を睨み付ける碧い瞳。
「それで?俺に今すぐ此所へ行けってわけか?」
俺は何食わぬ顔で――
こいつが用意していたという”面白い趣向”とやらを、御端 來斗の意を解釈してやる。
「……ちっ」
――おいおい……そんな態度かよ?
時間が惜しいだろうから親切にこっちから聞いてやったのに。
大体、俺とお前は基本的に初対面だ、そんな態度は無いだろ?
まぁ、ここで殴り合いするならそれでも良いけどな……
なら”手っ取り早く”――と
「朔ちゃん、行くって何処へ?巨人退治、手伝ってくれないのかい?」
そんな考えもチラリと頭を過る俺に、波紫野 剣から声がかかる。
「ヴォォォォォォォォォッ!!」
鼓膜を振るわす猛獣の雄叫び!
最早完全に人外となった怪物を指さし、波紫野 剣は恐る恐る尋ねてくる。
――あーー忘れてた、謎の巨人もあったか?
俺はスッと視線を教室で前の席に座る男に移し……
「それはお前らの問題だろ、俺には関係ない」
ハッキリと言ってやった。
「くぅー!!シビアだねぇ、朔ちゃんは」
言いながらも相変わらずどこか緊迫感の無い前席の男。
「ふふ、おい駄犬、あの”写真”見ただろ?守居 蛍……新校舎の、お前の教室に居る……爆弾と一緒にな」
そして、せっかくの端正なお顔が下卑た表情で台無しな蜂蜜金髪。
「ば、爆弾っ!?」
俺の代わりに嬰美が瞳を開いて驚くが……
肝心の俺はその場からそっと一歩、歩を進め御端 來斗の真横に立つ。
「古くさい風習に反発している割には古典的な事が好きだな?」
すれ違いざまの俺の言葉に蜂蜜金髪の口元が歪んで引き攣った!
「ははっ!余裕か?馬鹿か?現実は待ってくれないぞ!!赤か青だ!そうっ!赤か青か!どっちかを切ったらドカンだ!ははっ!はっはっはぁぁーー!!」
――っ!??
最早、頭の捻子の数本が飛んで狂人の域に達した蜂蜜金髪は、嘗ての同胞からの軽蔑し尽くされた視線を一手に浴びて最高に愉しそうであった。
「はぁ……行くか」
そして既に何年も前にダース単位で捻子が飛んでしまった折山 朔太郎は、面倒ごとがまたひとつ増えたと溜息の後に歩き出すのだった。
第41話「赤と青」後編 END
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