「神がかり！」第24話
第24話「闇の顔」
「随分と街が騒がしくなってきたようだ。見かけによらず勤勉だよ、あの男は……」
外界を右往左往するパトカーのけたたましいサイレンを聞きながら、蜂蜜色の髪、碧い瞳、甘い顔の美少年は笑う。
「う……うぅ……？」
その美少年の目前には、小型クレーンに装備でもされているような大げさな鎖で両腕を拘束された全裸の巨漢が跪かされている。
――ここは薄暗い旧校舎の一室
一般生徒の生活圏とは無縁の立ち入り禁止区域だ。
「永伏さんはどうやら手当たり次第に街のチンピラ共に声をかけたみたいだ。随分と強引な手段に出たものだよ、六神道のじじい共め、あくまで自身の手は汚さず……ほんと呆れるね」
「う、うぅ……」
蜂蜜色の髪の美少年、御端 來斗が講釈をたれている間も、目前で床に這い蹲る巨体は不自由な体制で苦しそうに呻いている。
「そうだった、そうだった！岩家、あのね……」
「……う……うぅ……」
何が愉しいのか？美少年は苦しむ巨漢を嬉々とした表情で見下ろす。
「守居 蛍の拉致と処分、それが六神道が極道共に出した依頼らしいよ？」
「！？」
「この場合、拉致後の処分は……多分、極道共に一任するんだろうな、六神道としては関わりなくあの娘が消えてくれれば良い訳だし」
「う、うう……がっ！」
途端にジャラジャラと大仰な鎖の音を鳴らして足掻く大男。
「なんだ、岩家？まだあの娘に未練があるのか？ははっ！お笑い種だな。これだからモテない男は……」
蜂蜜色の髪の美少年は更に愉しそうに笑うと岩家の顔を覗き込んだ。
「お前は利用されていたんだよ、今となっては流石にお前の原始人並の頭でも解るだろ？んで、末路がコレだ」
歪んだ笑みで岩家の丸太のような腕を拘束した鎖をコンコンと蹴る。
「うぅ！……は、はぁ……み、御端……きさま……う……いったい？……な、にを……」
支配する側とされる側。
現状の圧倒的な力関係。
この状況下でも哀れな囚われの巨人は……
「み……はし……」
途切れ途切れの声で苦しそうに呻きながら、
力の籠もらない虚ろな視線で”なにか”を問うていた。
「……」
しかし蜂蜜色の髪の美少年、御端 來斗はそれを無表情で見下したまま。
「う……うぅ……みはしぃぃっ！」
筋骨隆々の鍛え上げられた肉体を窮屈に縛り上げられ、その肉体を不自然にプルプルと小刻みに痙攣させて苦しむ男は、脂汗に塗れながらも力を振り絞って叫ぶ！
「意識を取り戻した途端にコレだ……はぁ、中々思い通りに行かないなぁ、実験体は」
「き……さま……」
御端 來斗は蹲る巨体から一度距離を取り、呆れたような顔をしてから改めて見下す。
「まぁいい、岩家。それより、あれだけ女を喰らってもまだその程度の”過”しか取り込めないか？」
「お、おんな？……く……喰ら……う？」
「ははっ、憶えてないのか。なるほど、あの状態では人間の意識は殆ど保てない……と、新たな発見だなぁ、実験としては上出来の部類だ」
「き、貴様……い……ったい……お……れに……」
全く意味が解らないという岩家に、蜂蜜色の髪の美少年は一層歪んだ笑みを向ける。
「攫った女を喰らわしたんだよ！といっても安心しろよ、実際に喰う訳じゃない」
「……うう！？」
悍ましくも物騒な言葉に青ざめる岩家。
「僕のこの”三柱”で女の身体に一時的に”逢魔”を創って、そこから怪物が母胎の女から根こそぎ”人通”を略奪するんだよ！」
御端 來斗はポケットから出したぼんやり輝く珠……
ピンポン玉ぐらいの大きさの物が三つ、三角形の形に連結された珠を取り出して見せる。
それは蜂蜜色の髪の美少年の――
――”三柱”
御端家の”天孫”であった。
「……うぅ」
「なんだその反応は？とびきりの話なんだよこれは！！はぁぁ！所詮頭の悪い岩家にはしても無駄な説明だったか……」
「…………」
「まぁいい、つまり攫った女達から抜き出した”人通”をお前のその、無駄にでくの坊な身体に集めて、さらなる怪物に進化させている最中ってことだ」
「き……さ……ま……やめ……」
「岩家、喜べよ、そのために今回は……お前ご所望の守居 蛍じゃないけど、それでも中々の上玉をお前に用意してやった」
「やめ……くれ……」
激しく拒絶する岩家の声など蜂蜜色の髪の美少年の世界には全く存在しない。
「ぐぅぅ……」
――
そして――
「……」
音も無く、薄暗い部屋に黒髪のロングヘアーをサラサラと揺らした一人の少女が現れた。
「……」
「う！？……は、波紫野！？」
暗闇の中、ぼぅっと焦点の定まらない黒い瞳で、およそ武術を修めた彼女とは見紛う無防備さで立ち尽くす制服姿の少女。
「き……さま……御端……波紫野まで……」
見知った少女の明らかに異常な状態に、全身脂汗まみれの岩家は拘束された屈強な身体を震わせながらも少女と並ぶ優男を睨んでいた。
「そう凄むなよゴリラ、守居 蛍とタイプは違うが結構な美形だぞ。この波紫野 嬰美という女は密かに男子生徒達の人気もかなりある」
怪しく光る碧い視線を無遠慮に少女の身体に這わせる蜂蜜色の髪の少年。
「……」
しかし、嬰美はそんな下卑た視線を向けられても一向に反応が無い。
普段の凜とした佇まいとは真逆の、芯の無い人形のままで直立して無防備にその身体を晒したままだ。
「な……にを？」
意味ありげに怪しく光る御端 來斗の碧眼。
放心したまま佇む黒髪の見知った少女。
室内を漂う異質な雰囲気と霞がかかったような淫靡な空気。
おぼろげで頼りなげな……なんとも艶っぽい、岩家が見たことも無かった嬰美……
「う！！……はぁ！……はぁ……」
岩家は先ほどまでとは毛色の違う息苦しさに何時しか呼吸を荒げていた。
「……獣風情め」
歪んだ瞳で”ふふん”と鼻を鳴らす御端 來斗は、岩家の心中を読んだのか端正な口元に小馬鹿にした笑みを浮かべていた。
――命令する
ニヤリと端正な口元を歪ませて……さも愉しげに……
「嬰美、脱げ！」
「う……はぁ……なっ！？」
岩家の口から短い驚きと……
しかしそれでいて、”それ”を期待していたかのような声が漏れた。
「……」
そして、相変わらず人形の黒髪少女の両の白い手が、スッとくびれた腰の辺りに移動した。
「はは」
「う……うぅ」
男達が馴染みの少女を凝視する薄暗い部屋で――
”プチッ”とホックを外す小さい音がヤケにハッキリと聞こえる。
「……」
続いて”ジーー”と清楚なプリーツスカートのジッパーが下りる音が響き、
「……」
やがてそれは”ストン”と冷たいリノリウムの床の上に無機質に落ちた。
――ゴクリッ
思わず、岩家の生唾を飲み込む音が響く。
「……」
上履きに白いソックス……
緩やかで豊かな曲線の脹ら脛から上に、普段は決してお目にかかることが無い二つの白い太ももが余すこと無く露わに晒される。
「……」
そしてその先は……
闇の中にぼんやり滲んで見える純白の下着。
ごく普通のシンプルなものだろうが、それは陰湿な背景との対比も極まって、岩家の目に印象深く焼き付いていた。
ギュイィィーーーン
「う！……うっ……うぉぉ……」
途端に岩家の鍛えられた右の肩口、左太もも……
さらには背中下部に光の痣が浮かび上がり！
そこからおどろおどろしい”なにか”があふれ出る！
「お！？……おぉ！！」
驚愕なのか、苦痛なのか？
はたまた快楽なのか……
到底見分けのつかない表情でうめき声を漏らす巨漢の眼は――
「……」
眼前の白い人形少女を捉えて離さないままだ。
――
「物欲、食欲、性欲……欲、欲、欲！それらは”禍”を呼び込む！僕が設置した”逢魔”を通して体内に集められた”人通”は”禍”の贄となり……それはより濃縮された”禍”となってゆく、はははっ！」
御端 來斗が得意げに説明している間にも岩家の血走った両の眼は……
「おぉぉ！！！」
大和撫子……お堅い性格の波紫野 嬰美のイメージにピッタリだという、華美でない清楚な彼女の下着姿は、ある意味期待に応えてもらえたということか？
巨漢の目は爛々と光り、遂には釘付けになっていた。
「役得だねぇ、岩家」
「……」
嗤う美少年の前で痴態を晒させられても無表情な人形の嬰美。
「ふん、少し前まで守居 蛍に唆されていたかと思うとこれだ、モテない男は余裕が無いな」
あからさまに馬鹿にした蜂蜜色の髪の美少年が嘲りにも、今の岩家は満足に対応できない！
「くぉっ！……く……ああっ！！」
欲望に塗れたギラついた視線はそのままに、
全身を震わせ、複数の光の痣から”なにか”を溢れさせて悶える巨漢！
「いいよ、正常な男子高校生の反応だって！！はは！じゃあ更にご褒美をやるよ！」
御端 來斗は心底愉しそうに叫んだ。
「嬰美！上だ！上も脱げ！」
「う、うぁぁーー！おぉぉ！や、やめろっ！おまえ……みは……」
僅かに残った理性だろうか？
岩家は恍惚の表情を浮かべながらも、なんとか拒絶の言葉を絞り出す！！
「びびったのか？はは、図体はでかいくせに……けどなぁ！」
「み、みはし……あぁ……貴様……な……うぅ……にをしているのか……わか……」
「全部脱がせないと儀式にならないだろうが？バカゴリラ！」
岩家の必死の叫びもアッサリとそう吐き捨て、御端 來斗は人形少女に更に命令する。
「サッサと脱げよ、嬰美！」
「……」
――露出した下半身を隠すことも無く
少女のだらりと下げられていた両手が今度は制服の胸、タイにかかった。
「や、やめろ波紫野！……う……あぁ……」
シュルリ――
オパールグリーンのタイが滑り落ち……
プチ
白い胸元が解放されてゆく……
「はは！嬰美みたいな無い胸でも、このシチュエーションはなかなかくるなぁ！」
――
「……」
ささやかな胸を覆う、細やかな細工の施された純白のブラが完全に露出し……
やがてそこには、上下の下着姿だけになった波紫野 嬰美が虚ろな表情で佇んでいた。
「う……うぅ……おぉぉっ！！！！」
ググググググ！！！メキャキャキャ！！！
更なる感情の昂ぶりにより、体内に強制的に植え付けられた”逢魔”という光の痣から禍々しい力をあふれ出させた巨漢の体躯！
それは一回り大きく、更に頑強に変貌を遂げていた。
「う……う゛ぅぅぅ……」
身体を無理矢理に造り替える激痛と苦しみに打ち震えながら、未だ岩家は目前の闇に浮かび上がる見知った少女の白い身体から目を離すことが出来ない。
「さすが、六神道きっての武闘派家系、刀剣を司る”不刀主神を氏神に持つ波紫野だ。以前に嬰美を鹵獲した時に取り込んだ力を呼び覚ましてみれば、途端に上級職！！”人通”は並人の数百倍はあるな！！」
半裸で立ち尽くす黒髪美少女と全裸で拘束され蹲る巨漢の男を前に――
「あはははははははっ！！」
両手を叩きながら大喜びする蜂蜜色の髪、碧い瞳、甘い顔の美少年。
御端 來斗は善し善しと独り頷きながらギラついた瞳で心の無い少女に語りかけた。
「さぁ、儀式の再開だ。嬰美ぃ、まだまだ奪うぞ。この野獣にサービスよろしく！」
そして今度は蹲る岩家を見下す。
「で、野獣……岩家くん。まだ意識を残して耐えろよ、そうすりゃもっと役得を味わえる」
闇に歪む御端 來斗の端正な顔は……
――もはや人間のそれでは無かった
第24話「闇の顔」ＥＮＤ
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