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「神がかり!」第36話前編

第36話「最強の天孫」前編

「ヒューー!見ろよ、嬰美えいみ!こいつの方がよっぽど理解してるぜ!!敵に出来て脳みそが痺れるくらい愉たのしみなバカだぜっ!!」

 永伏ながふしは楽しげに口の端を上げて、そして再び構えた。

 日本古来、古武術特有の……

 握った両方の拳を縦にして半身はんみ身体からだ前面に上下に揃える独特の構えだ。

 ――”脳みそが痺れるくらいたのしみなバカ”

 変な言い回しだが……

 それでもそれは、このガラの悪い男にとって最大級の賛辞でもあったのだろう。

 「それじゃあ、俺もそろそろマジでいくか」

 永伏ながふしは構えを少し崩し、片手をポケットに突っ込んでからゴソゴソと何かを取り出した。

 ――あれは……

 手にしていたのは”金属製の拳に装着する凶器”

 ガラの悪い男は嬉々として親指以外の指をそれに通してから、確認する様にしっかりと握り込む。

 ぎゅっぎゅっと、それを拳に装着したまま、手のひらを開いたり閉じたりした男は左右両方に装備した凶器の装着感を試すため、二、三度、ブンブンと拳を空振りしていた。

 「ナックルダスターを神器にするなんて……永伏ながふしさんらしいと言えばらしいね」

 波紫野はしの けんは楽しげに感想を呟き、その男の後方から俺の方に目配せしてくる。

 ――”ナックルダスター”

 拳に装着する凶器の一種だが、メリケンサックと言った方が通りは良い。

 「”神器”の事、覚えてるかな?僕ら六神道ろくしんどうの使う”天孫てんそん”っていう特殊能力を秘めた装備だよ。ほら、真理奈まりなちゃんが使ってたのも”地鏡ちかがみ”っていう東外とがの”天孫てんそん”のわざだったろう?」

 「…………」

 ご丁寧に痛み入るが、俺は特に返事を返す気は無い。

 「神器はね、基本なんでも良いんだ。その道具に対して”儀式”さえ済ませてしまえばその道具は神器になる」

 そんな俺に波紫野はしの けんはかまわず続けた。

 ――”儀式”ね

 確か、神事であってこの地域での祭りでもあるとか……

 そこで年に一度、六体の神に対して行われるという行事だとか言っていたはずだが。

 「ただし!一度決めたら世代替わりするまでその神器で通さないといけないんだけどね」

 シュバ!ブゥゥン!

 語り続ける波紫野はしの けんなどにはお構いなしでシャドウをしていた永伏ながふしこぶし、物騒な金属製凶器で武装されたこぶしが……

 いつの間にか――

 「……」

 うっすらと黄金こがね色に光を放ちだしていた。

 ――なるほど、真理奈まりな反則チートと同類っぽい

 「あぁ、そうだ!因みに永伏ながふし家の氏神はしんといってね……」

 ――ダッ!

 「っ!」

 波紫野はしの けんの説明を乱暴に中断させるように……

 バシュッ!ドシュッ!

 突如!前触れ無く俺の前面へ飛び込んで来たガラの悪い男は獲物ターゲットである俺に連続したこぶしを放つ!

 ――ちっ!

 前回同様に踏み込みの速度が尋常では無い!

 虚を突かれるほど間抜けじゃ無いが……

 永伏ながふしの打ち込み自体は直線的で強引極まる代物だが、同時に実に理に適った最短の侵略行動でもある!

 「くっ!」

 結果、瞬く間にを奪われ……

 永伏ながふしの最も得意とするだろう近接戦闘の距離に持っていかれた。

 バシュッ!ブゥゥン!

 「っ!」

 二発、三発、古流拳法特有の、一挙動で繰り出される連続縦拳!

 ボクシングなどと違うノーモーションの打突をこの距離でかわし続けるのは至難の業だ。

 ドシュッ!ブォォッ!

 そして遂に、永伏ながふしが放った六発目のこぶしが俺の顔面を捉えようとするも――

 ガシィィ!

 俺はしっかりとそれを両腕のガードで防いでいた。

 ブワァァァ!!

 「!?」

 いや……

 「なっ?」

 ドカァァァァ!!!!

 「がはっ!」

 俺はもんどり打って倒れていた。

 「ちっ!」

 理解が追いつかないまま、追い打ちの拳撃けんげきを避けるために俺は、ダメージを引きずりながらもそのまま地面を転がり距離をとっていた。

 「ふふん!」

 永伏ながふしも先ほどの俺との攻防を警戒したのか、強引な深追いはしなかった。

 「……」

 ――想定外の事態だ

 キッチリとガードしたはずの俺の両腕が……

 ”なにか”巨大な力に引き剥がされるかのようにはじけ飛び、無防備となった俺の顔面に奴のこぶしがめり込んだのだ。

 ペッ!

 鉄の味のするつばを吐き捨てた俺は、相手から決して視線を逸らさずに立ち上がる。

 「はは!ざまぁねぇな、なんとか太郎……ってか」

 そんな俺の視線を受けながらも、仁王立ちしたままで勝ち誇ったようにニヤリと笑う永伏ながふし

 「てめぇ!波紫野はしの弟ぉっ!!なに無駄口叩いてやがる!!」

 一転、そのまま自身の後方に立った波紫野はしの けんを怒鳴りつける。

 「ああ、はい、気をつけまぁす」

 それを受け”すみません”と謝る仕草をするけんだが……

 相変わらず全く反省している感じがしないのは流石だ。

 ――ひゅるる……

 「……」

 僅かに……

 感じる大気の乱れ。

 これは……

 ――僅かに不自然な風の流れを感じる

 「……」

 俺は永伏ながふしの追撃に備えながらも、右手を自身の耳に突っ込んだ。

 スチャ

 そして、そこに装着していたイヤフォンを外す。

 「は?」

 俺に余裕で対峙していた永伏ながふし 剛士たけしも、

 「およ?」

 「な、なに?」

 奴の後方に控えた男女学生二人も、

 目を丸くして、俺の行動にほんの少し意表を突かれた様子だった。

 ――イヤフォンがそんなに珍しいか?

 貧乏暇無し、普段から勤労に勤しむ俺が学業の足しにと……

 バイトと寝る時以外ほぼ常時装着している、怪しい通販会社御用達の教育用音声データが入ったごく普通のワイヤレスイヤフォンなんだが。

 「……」

 俺は三人の反応に違和感を覚えつつ、無造作にそれをズボンのポケットにつっ込んだ。

 「さ、さくちゃん……あの……それって」

 「?」

 ついさっき無駄口叩くなと怒鳴られていた男が性懲りも無く俺に話しかけてくる。

 「えっと……」

 ――言いにくそうに、なんだ?

 「てめぇ、ま、まさかとは思うが……」

 波紫野はしの けんに代わり、今度は永伏ながふし 剛士たけしが……

 ちょっとだけ腰を引かせながらなにかを問いかけて――

 「う、動きが”段違ダンチ”で速くなったり、し、しないだろうな!?」

 ――

 「……」

 ――いや……

 「なに言ってんだ?お前……」

 「うっ!……いや、ま、万が一だっての!!別に俺は……び、ビビってねぇ」

 意味不明だという俺にガラの悪い男は逆ギレで拳を構え直し、後ろの見知った男子学生は”あはは”と乾いた笑いを返す。

 「いやね、さくちゃん。あるだろ?主人公が窮地に陥ったとき、なにげに身につけていた装備を外すと……」

 「主人公?」

 「そうそう。ドシンッ!なっなにぃぃ!こんな重いモノを着けてコイツはいままでぇ!……ってやつ?」

 「…………」

 此奴こいつらの中で俺はどういう扱いなんだ?

 なにか?俺は神様にでも修行受けた事になってるのか?

 「あはは……」

 俺の冷めた視線に照れ笑いをするいつも通り不真面目なクラスメイト。

 「あのな、イヤフォンだぞ、これ?そんな大層な代物だったらピンポイントの重さで耳が千切れて戦う前に大惨事だろうが?」

 揃いも揃って”厨二病”な奴らだと、そのまま冷めた視線をガラの悪い男に移した。

 「なっなんだよっ!文句あるのかっガキ!」

 「いや、別に……」

 ――お前の方が"子供ガキ”だろう

 と思うが、武士の情けを知る俺は決して口には出さない。

 「ガキがっ!おらっ!いくぞっ!」

 「おう!厨二病」

 「くっ!?うるせぇぇっ!!」

 いや、隠し事が出来ないのが折山 朔太郎オレの良いところだった。

 ブォォッ!

 羞恥からか、場の空気を強引に”殺伐モード”に引き戻したガラの悪い男は再び拳を振り回すも中々に雑だ。

 「……」

 俺は――

 雑音の無くなった耳を含めた五感で感覚を研ぎ澄ませて違和感の原因を探る。

 ……

 …………ひゅ……

 「……」

 ひゅるる…………

 ――聞こえる……

 ゅるる……

 ――微かだが、確かに……大気の……

 「オラァァ!」

 ブンッ!ブォォン!

 「……」

 「くぉ!?が、ガキがっ!」

 永伏ながふしの直突きから裏拳に流れる一連の攻撃を器用にかわして懐に飛び込んだ俺、

 裏拳の動作で伸びきった相手の左肘を両手を使って逆間接に捉える!

 ――関節技、これなら?

 両腕でがっちりとホールドした相手の左腕……あとは

 ――し折る!!

 ブワッ!

 「っっ!?」

 だが、またしても!

 俺の腕は”なにか”の力ではじけ飛んで引き剥がされ、、しっかり確保したはずであった相手の肘を簡単に手放してしまっていた。

 「……っ」

 相手の至近距離で万歳した格好になる間抜けな俺。

 ガコォォ!

 「ぶはっ!」

 無防備な顔面に再度強烈な鉄拳を喰らって俺は大きく後方に仰け反っていた。

 ブンッ!

 打撃の威力でけ反った身体からだ……

 無理な体勢からでも俺はひだりこぶしを返す。

 「チィッ!」

 続け様の追い打ちを阻まれた永伏ながふしは忌々しげに舌打ちしながらそれを回避して距離を取っていた。

 「……ペッ」

 イナバウワーかと言うくらいにけ反っていた俺は直ぐさま上体を起こすと、口の中の血だまりを吐き捨てた。

 ――間抜けだな、今のはもろに喰らった……

 口の中に充満する苦い鉄の味。

 正面の男を確認するが、そこにはダメージをうけた俺以上に渋い顔でこちらを睨み付けている永伏ながふしの姿があった。

36話「最強の天孫」前編END 

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