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「神がかり!」第50話後編

第50話「本気」後編

 「ゲッ!?”崩拳ほうけん”……あのデカブツ、あれを喰らって立てるのかぁ!?」

 森永はベンチから思わず立ち上がりトレードマークのサングラスを外していた。

 「崩拳ほうけん?」

 「あの突きの事なの?」

 揺れが収まったとはいえ待避した中庭のベンチ周辺でへたり込んだり、大木に掴まったりと、様々な状態の六神道ろくしんどうたち。

 波紫野はしの姉弟きょうだい東外とが 真理奈まりなは森永の言葉に反応し、椎葉しいば 凛子りんことヘタったままの永伏ながふし 剛士たけしもそれを注視していた。

 「おうよっ!」

 思わぬ注目を集める事になった小太り男は得意げに鼻を鳴らす。

 「ありゃさくの野郎が上海で、組に敵対した現地マフィアの拳法使いのジジィと……」

 「って!もういいわよ!てか哀葉組あなたたちって毎度毎度っ!朔太郎さくたろうと”なに”を闘わせてるのよ!!」

 思わずだろうが――

 極道ヤクザにも遠慮無く激しくツッコむ東外とが 真理奈まりな

 「なんだぁ?姉ちゃん。俺らに文句でもあんのかぁ?あぁん?」

 睨み合う極道ヤクザの小太り男と制服姿の見た目は美少女。

 「……森永」

 ――っ!?

 だがそれは直ぐに中断させられる。

 ベンチにドッカリと腰を下ろした男の静かな声に……

 「あ、兄貴」

 「……」

 ――

 森永と真理奈まりなは反射的にビクリと背筋を伸ばし、直接関係の無いその他の者達さえもが異質な緊張感にぎこちなく固まっていた。

 静かな声。

 しかしこれだけの曲者くせもの達を向こうにしても、その声の主にはそうさせるだけの迫力がある。

 「……」

 ――西島にしじま かおる

 ベンチの背もたれに両腕をかけて仰け反って座る行儀の悪い男。

 草臥くたびれてはいるが上質のスーツをノーネクタイ、胸元が大きく開いた開襟シャツで着崩したとびきりガラの悪い男……

 細身の割にガッシリとした印象で、痩けた面長な輪郭、鋭い切れ長の目、不機嫌そうな”への字”に固定された薄い唇の男は、武道の達人集団である六神道ろくしんどうの面々から見ても”ただ者”で無い重圧をヒシヒシとまとった異様な男だったのだ。

 この一連の闘いが始まってから――

 折山おりやま 朔太郎さくたろうの関係者を名乗って天都原学園中庭このばしょに居座り続ける西島にしじま かおるという男は、この辺りを取り仕切る非合法組織”一世会いっせいかい”傘下の哀葉あいば組若頭であった。

 「す、すいません兄貴……一般人カタギにいらねぇ情報ことをつい……」

 そして先ほどから真理奈まりなと言い争っていた小太り男は、その西島の舎弟、森永もりながだ。

 この男は、ガラはすこぶる悪いもそれなりにセンス良く着こなした兄貴分とは違い、艶のあるパープルのサテン生地スーツという、お世辞にも趣味が良いとはいえない”ザ・ヤクザ”という出で立ちである。

 「……」

 謝った後、すごすごと小太りの体を縮こまらせてベンチの方へ頭を下げる森永。

 「アレはジジィの方じゃねぇ、ジジィの助っ人でやたら”明友ポンヨウ”とか連呼する変な日本人の……ああ?なんて言ったか?」

 「は?」

 「ええ?」

 「へ?」

 「な……」

 真理奈まりな波紫野はしの姉弟きょうだいも瀕死の永伏ながふしまでもが、たっぷり間を置いて見当違いの指摘をするとびきりの極道に間抜けな声で反応していた。

 「ふふふ」

 因みに椎葉しいば 凛子りんこだけは相変わらずニコニコとご機嫌に、奮戦する折山おりやま 朔太郎さくたろうの闘いを見学している。

 「ああっ!!そうでしたっ!たしか数見かずみ 健児郎けんじろうとかいう……自称、世紀末暗殺拳とかの”一子相伝”の拳法使いでし……」

 「だ・か・らぁっ!!そういうのもういいわっ!!」

 兄貴分に応える森永に真理奈まりなは再びツッコむ。。

 「いや、真理奈まりなちゃんも律儀だねぇ……」

 半ば苦笑いしながら波紫野はしの けんはそう言って、引きずっていた御端みはし 來斗ライトの学ランの襟首を雑に離す。

 ドサッ!

 「く……この……」

 意識が回復した蜂蜜金髪ハニーブロンド優男やさおとこは恨めしそうに面々を睨み上げるが――

 身体からだは未だ駄目なようでどうすることも出来ない。

 「けん、やっぱり私達も朔太郎さくたろうの援護に……」

 波紫野はしの 嬰美えいみが心配そうに邪神と対峙する朔太郎さくたろうを見ながら提案するが……

 「いや、”天孫てんそん”を使い果たしてボロボロの俺達じゃ足手まといにしかならないよ」

 アッサリとそれを否定する弟。

 「でも!牽制役くらいには……」

 食い下がる嬰美えいみけんは頭を左右に振った。

 「俺も言いたくは無いけど……ガンちゃ……つまりあの”禍津神まがつかみ”の”天岩戸あまのいわと”を有名無実化するにはさくちゃんがしてるように、その内側、つまりはふところの数十センチ以内での攻防が必須だよ。それをこの場の誰が出来ると思う?」

 「うっ!」

 波紫野はしの けんの言葉に六神道ろくしんどうの全員が目をらす。

 ”マガツ”により極限まで強化された六神道ろくしんどうである岩家いわいえ家の天孫てんそんが、その奥義たる”天岩戸あまのいわと”の更に内側……

 それは、猛獣の檻に入って殴り合うなんて生易しい代物では無い。

 いにしえの邪神が懐中……

 ――まさしく”死地”だ!

 一撃……いや、かすってさえも致命傷を負うような、言うなれば毒蛇や毒虫が足の踏み場も無く壁も天井も、その地が見えぬほどにビッシリと敷き詰められ、閉鎖された小部屋に餌を全身にぶら下げて閉じ籠もるような、そんな魔神闊歩のかつ地獄。

 そんな地獄に侵入するどころか居座り続けられる様な図太い精神力は……

 身体能力以上に常人……

 いや、達人でさえも到底不可能な”狂人の領域”と言えるのだ。

 「それに”天岩戸あまのいわと”を反則級の狂った裏技で封じたといっても……岩家いわいえの家が所持する天孫てんそん、”はちめんこんごう”による付加機能、肉体強化は健在だよ。あの強靱な肉体相手にああもやすくダメージを与えられるなんて、六神道おれたちの誰にも不可能だろうしね」

 そう答える剣は、彼には珍しく感情をそのまま表面に出した暗い表情だった。

 「……」

 「……」

 そんなけん嬰美えいみ真理奈まりなも悔しそうに俯くしかできない。

 ――

 ――だが

 「あの半端ガキるって言ったんならやらせとけよ」

 ――っ!!

 再び放たれた、ベンチに座した不機嫌そうな極道の言葉に、六神道ろくしんどうの面々は戸惑いを隠せなかった。

 「あーつまりだ、あのガキがぶっ放した”崩拳ほうけん”ってのはな……」

 面食らったままでこちらを見る六神道ろくしんどうたちに向け、森永が引き継いで話し出す。

 「黄家拳こうかけん?とかいう中国拳法の門派?でなぁ、とにかく秘伝の殺人拳らしいぜ。わかるか?さくの野郎がそれを使ったって事は……後はタマの獲り合いだ、ククッ、ああいう汚れ仕事はさくのガキにやらしときゃいいんだよ、お坊ちゃん、お嬢様方ぁ?」

 至極ご機嫌にそう言い放つ。

 「あなたっ!朔太郎さくたろうをなんだと思って……っ!?」

 その扱いに思わず乗り出そうとする姉をそっと押しとどめ、弟のけんが代わりに前に出た。

 「ヤクザの兄さん、それはつまり……”折山おりやま 朔太郎さくたろう”が今の今まで本気で無かったということかい?」

 ――!?

 「……うっ」

 「……け、けん

 極道の森永さえゾクリとビビるような波紫野はしの けんの冷たい瞳。

 思わず森永と嬰美えいみは息をのんで固まってしまう。

 「はぁ?そりゃそうだろ。素人カタギの喧嘩に本気でタマ取りに行く極道ヤクザがどこにいるってんだ?ああ?剣士チャンバラの兄ちゃんよ」

 そして――

 その氷の空気に平然と割って入るのは、矢張り西島にしじま かおるだった。

 「素人しろうと……」

 「ああ、そうだ。ド素人だ」

 武道の旧家、六神道ろくしんどうの誇りを悪し様にする極道の言葉に剣士の瞳に殺気が宿る。

 「ちょっ!二人とも……」

 ”禍津神と朔太郎メインイベント”とは別に急速に緊迫する空気に嬰美えいみが慌てて止めようと……

 「グゥオォォォォオォォォォーーーーーー!!!!」

 ――っ!?

 しかし!やはり目玉メイン対戦カードは”禍津神と朔太郎むこうがわ”であるっ!

 向こうでは新たな闘いの幕が切って落とされようとしていたのだ!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 巨大な両鎚を天に掲げ――

 「ウォォォォォォッッーーーー!!!!」

 常人の目にハッキリと見えるほどに明らかに具現化した禍々まがまがしい瘴気をその両腕にまとって咆哮する……

 規格外のの巨人!

 いにしえの邪神!死の元凶っ!!

 「くくく……はは……はぁ……ふは……」

 すっかり忘れ去られていた、地べたに這っていた蜂蜜金髪ハニーブロンド優男やさおとこが壊れた笑い声を漏らす。

 ――御端みはし 來斗らいと

 その人物は野望破れ……

 闘いに敗れ……

 惨めな虜囚となり全てを失って尚……わらう!

 「ひゃっはっ!なにが本気だ!?あの禍津神まがつかみの本気こそがこれからだよっ!見ろよっ!雑魚どもっ!アレこそが最悪の災厄っ!破滅の権化!”大禍津神おおまがつかみ”だぁぁーーっ!!」

第50話「本気」後編 END

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