「神がかり!」弟41話前編
第41話「赤と青」前編
「……」
——いやいや……
極自然と、
——ちょっと待て、そう……だな
久しぶりに口端が歪に上がっていた俺は……
——俺には関係ない事だった
既の所で思い直し拳に入った力を緩める。
——眼前の巨人
鉄骨を重機で釣り上げる際に使用されるような、極太の鎖でグルグル巻きにされた裸の上半身……
対峙した者達全てに、囚われの裸身は極限まで鍛えられた”鋼の肉体”であることを一目で理解させる。
「に、人間……なの?」
波紫野 嬰美の口から零れた言葉は、恐らくその場全員の感想であっただろう。
「”六神道”……穏健派と過激派に別れてもっと激しくやり合うことも期待したが……」
抑も人間にしては巨大すぎる。
優に3メートル以上はあるだろうか。
「それは流石に都合が良すぎたみたいだなぁ?」
御端 來斗という蜂蜜金髪の優男は——
皆が注目しているであろう、自身の隣にいる驚異的な存在には全く触れずに話し始める。
「僕としても岩家 禮雄を守居 蛍が篭絡していた件は正直予定外だったが、結果的には蛍くんのお陰で”裏切り者”として易々と岩家を拉致することができたのだから良しと出来るし、これまた、彼女が連れてきた折山 朔太郎という野良犬……」
「……」
「キミだよ、キミによってボロボロになった永伏 剛士、つまり六神道の尖兵を処分するには、守居 蛍くんが思いの他、役に立ってくれたよ」
御端 來斗は自慢げに流暢に、自身の計画を俺を見ながら話す。
「あ、あなたは……いったい何を企んでいるの?」
得意げに話す御端 來斗に対し、明らかに不快感を見せる波紫野 嬰美の言葉が割り込んだ。
「まあねぇ、飽くまでも”ここまで”は序章で、本編はここからなんだが……」
そんな嬰美には一瞥もせず、御端 來斗は自身のペースのままに続けた。
「本編……」
そしてその言葉に、そこまで沈黙していた波紫野 剣の瞳が僅かに陰った。
「ふふ」
だが同様に——
御端 來斗という男は端正な口元にニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべるだけで、波紫野姉弟の問いには一切答えずに顔の向きをクルリと横に向ける。
——!?
果たして其所には……
「ヴ……ヴゥヴゥ」
此所にいる全員が気になっていた存在。
大仰な鎖で雁字搦めになったドン引きするほどの大男——
「ヴゥ、ヴゥゥ」
否が応でも注目をさせられる異質の存在が在るのだ。
「ふふふ」
蜂蜜金髪の美少年はさながらこれからショーを開幕するマジシャンのように、大仰に手を振りかざして愉しげにお辞儀した。
「……」
「……」
「……」
「……」
そうだ……
此所に居る全員が識っている!
「ヴゥッ!ヴゥッ!」
たとえ””それ”が信じられないくらいに変貌していたとしても……
「ヴォ!ヴォォ!!」
”それ”が何であり、”誰”であるのかを!
——”岩家 禮雄”
元々の巨体を更に異常なほどの巨人に姿を変貌させ……
その男は……
岩家 禮雄の顔面は……
分厚い革製ベルトが巻き付けられ、虜囚そのままに視界を奪われていた。
「ヴォォォォォォォォンッ!!」
——っ!?
「くっ!」
「な、なにっ??」
巨人から発せられていたモーターの振動音の様なうめき声が一際、激しく響いたかと思うと!その巨人の体躯に明らかに解る異変が起きていた!!
「なっ!」
「あれって……」
ただでさえ異様な風体に釘付けになっていた六神道の面々、その視線がさらに驚きに丸くなる!
「ヴォォォォォォォォンッ!!」
何故なら男の巨体は……
異常なほどの巨体は……
「ヴォォォォッ!ヴォォォォォーーーーンッ!!」
月光を存分に浴びた身体の彼方此方に怪しい光を纏っていたのだ!
「あ、あれは……痣?例の……多くの生徒達から奪った……そ、それが入れ墨みたいに全身に??」
東外 真理奈の大きめの瞳が嫌悪の色を滲ませる。
「ヴォォォォォォォォンッ!!」
夜闇の中で”ボゥッ”と光を放つ、全身に刻まれた痣のような入れ墨。
「入れ墨?いや、違うな。あれは呪術的な”なにか”だ」
——っ!?
呟いた俺の言葉に他の面々の視線が集まった。
「朔太郎……あ、あなた”アレ”がなにかわかるの?」
嬰美の質問に俺は改めて記憶を探ってみるが……
「……」
過去の……
いくつかの記憶……
「……」
——結果
「識らないな。ただ似たようなのを一度だけ見たことがあるだけだ」
俺はそうだけ答える。
「へぇ?それは興味深いなぁ。是非お聞かせ願いたいね?」
蜂蜜金髪が歪んだ余裕の笑みのままで俺を見ていた。
——胸クソ悪いな
俺はそう思いながらも、蜂蜜金髪ではなく六神道の面々に向けて話す。
「何年か前に、確か”カーブル”でその手の手合いと揉めたことが……」
「カーブル?」
波紫野 剣は場違いにも興味津々な表情で聞く。
「”アフガニスタン”の都市だ。そこで似たような古代文字を刻んだ”術式兵器”とやらと……」
俺は続けた。
——
「い、いや……もう色々と驚かないけど……さ、朔ちゃんは”なに”と戦ってたんだい?いったい……」
この答えには波紫野 剣も他の面々も、流石にあきれ返ったたようだった。
「なにって?そりゃ、ゾロアスター教徒……というより”派生”の、寧ろそれらと敵対する?……いや、ともかく地下組織の……ちょい説明が面倒くさいな」
「地下組織……ゾロアスター教……」
剣の隣にいた嬰美が頭を抱える。
——なんだ?失敬な
「お前らだって”六神道”とか得体の知れない宗教団体だろうが?俺だって別に好き好んでそんな中東くんだりまで行ったわけじゃ無いぞ、組の抗争で武器の密輸の……」
「もういいっ!もうなんにも話さないで!!」
今度は真理奈が完全に呆れ顔で俺の答えを強引に中断させていた。
「……」
——なんだ?お前らが聞きたいって言うから答えただけだろうに……
なんだか納得いかない俺だが、そういう事なら別に話すことでも無い。
「因みに……”術式兵器”って?」
「あぁ?それは死人の……」
「もういいって言ってるでしょっ!!」
ドカッ!
「いてっ!」
波紫野 剣が聞いてきたから応えただけなのに、何故か俺だけ殴る理不尽な東外 真理奈だった。
「ハハハハッ!なるほど!確かに、聞いていたとおりキミは随分と変わっている様だな、出来損ないの”六神道”如きじゃ手こずるわけだ、ハハハッ!」
性格の悪い蜂蜜金髪は然も愉快そうに高笑いし、
——トン
そして隣に聳え立つ巨人の太もも辺りを軽く拳で叩いた。
「グゥオオォォォォォーーーーッッ!!!!」
途端に空気を伝わって届くビリビリとした振動……
「っ!!」
「きゃっ!」
「……」
超音波攻撃とも見紛う雄叫び声に、六神道の面々は耳を塞いで数歩も下がっていた。
「ヴォォォォーーーーーーーーンッッ!!!!」
極限まで鍛え上げられた鋼の筋肉を見せつけるように!
上半身は裸で、ぐるぐる巻きに図太い鎖の戒めを受けて立つ巨人!
それは捕獲された猛獣以下の扱い……
いや、生気を感じない無機質な感触は寧ろ小説で見る人工物の怪物……
「……」
——確かその類いで二、三、有名なのがあったよな?
人造人間?魔術式巨人兵?それとも合成魔人……
「……とっちでもいいか」
どちらにしても、あまりに変わり果てた岩家 禮雄の姿が其所にあったのだ。
「い、岩家……先輩」
眉をひそめた波紫野 嬰美の口からその名が零れる。
「じゃじゃじゃーーん!新生”岩家”くん。彼の真骨頂はまだまだこれから!彼の生まれ変わった本当の能力を見れば下等な六神道のキミ達もきっと感動で震えが止まらなくなるだろう!」
そして、御端 來斗は居並ぶ六神道の面々を軽く見渡し、満足そうに嗤っていた。
ギギッーーギギッ!!
「!」
そんな渦中も、岩家だった巨人はゆっくりと両腕を横に開いてゆく。
ギギギギッ!
視界を塞がれている上にどこか機械的に動く様は、意思を持たない木偶の様だ。
「そもそも……右腕は以前に俺が斬ったんだけど……やっぱ、あんなのには常識は関係無しだよね、はぁ……」
波紫野 剣は渋々と言いながらも、持っていた長物の袋紐を解いていた。
「……」
そして、隣で無言になった嬰美も同様に紐を解く。
ギギッーーギギッ!!ギギギギッ!
岩家だった巨人は……
驚いたことに、建設現場で巨大な鉄骨を持ち上げる様な頑丈な図太い鎖をまるで飴細工で出来ているかの扱いで引き延ばし変形させていった。
ジャララララッーーーー!
ほどなく、騒がしい雑音を響かせて足下に落下する鉄製の鎖。
「に、人間なの??」
蒼白な顔で真理奈が呟くが——
「”いまさら”だろ?」
俺は、最早”巨人”は岩家ではない全くの別物だと……疾うの昔に理解っていた。
第41話「赤と青」前編 END
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