「神がかり!」第44話
第44話「知らない少女」
「バッグを頼む」
ヤレヤレと俺は仕方なしに戦場へと赴くことにする。
そして残された少女の足元には――
俺があの後、教室で勝手に調達した誰かのスポーツバッグで中には……
「……」
佇んだままの少女は俺の後ろ姿を無言で見送った。
少しだけ気になった俺は一旦足を止めて一度だけ振り返ってみる。
「……」
毛先をカールさせた栗色のショートボブが愛らしい美少女は俺の背を、少し垂れぎみの大きめな瞳で恨めしそうに見ていた。
「ふぅ……」
――まぁ、なんだかんだと色々有耶無耶にして来たのだから仕方が無いが……
「グォォォォォッッーーーー!!」
そんな俺と蛍の間で交わされる視線だけのやり取りを、一際賑やかな雑音が引き裂く。
「さ、朔ちゃんー!頼むよぅっ!」
――ちっ!わざとらしいんだよ、軽薄男
波紫野 剣の装った情けない声が響き、俺は隠すこと無い不満顔で再び戦場に向け歩を進めたのだ。
「朔太郎……くん」
ダダッ!
背で蛍がなにか呟いたかもしれないが……
ダダダッ!
俺は走る!
人外に成り下がった巨人に向かって!
「グォォォォォッッーーーー!!」
「たく……色々と回り道させやがって」
――結局っ!
ブオォォーーーーンッ!!
ズザザァァーー!
巨人の鉄鎚のような左拳をスライディングで避け!
ガッ!
臑と尻を摺り下ろした地面を即座に蹴りあげて――
ズズゥゥーーンッ!!
俺は低空から巨人の足首を抱えてその反動ごと捻り倒す!!
「現状は巨人とやり合うしか選択肢は無いってか!」
地響きの直後、爆発直後のような砂煙が濛々とあがり、仰向けに倒れる巨体。
「ちょ、ちょっと!?なんであんな簡単にあの化物を倒せるのよっ!!」
敵を転倒させたって言うのに何故か、東外 真理奈が苛立ちを帯びた疑問の叫び声を上げていた。
――まぁ、気持ちも解らんでも無いが
伝統ある武道の達人集団にして神の奇跡を用いる六神道の面々が散々苦労してもビクともしなかった相手に、ひょっこり現れたどこぞの馬の骨がこれでは……まぁ、な。
メキッメキッメキッ!
そのまま、間髪置かず俺は巨人のアキレス腱を絞り上げるが……
「……」
――駄目だな
これは人間の体という感触じゃない。
俺は即座に理解する。
――というか、抑も……
足首が両手で抱える程と言う時点で、色々と”人間じゃ無い”のだろうが。
「グォォォォォッッーーーー!!」
案の定、難なく倒れたままの巨人の上半身が跳ね上がり、
岩石のような右拳が迫り来る!
「朔太郎っ!!」
ダッ!
だが!怪物の足を捻切る事を早々に諦めていた俺は――
「ふっ――」
それを後方に仰け反って躱し、そのまま背後に数メートル程も跳び退きながら下がって対処――おっ!?
ガクンッ
瞬間!後ろに二度目の跳躍をした俺の膝は……
「くっ……」
崩れて落ちる!
「朔太郎っ!?」
「策ちゃんっ!」
遠く背後で波紫野 嬰美と剣の姉弟が同時に叫ぶ声が聞こえていた。
「ちっ!ガキが……てめぇの体調すら把握してねえのか?素人がっ!」
そして――
さらに遠くから僅かに聞こえる……
馴染みのありすぎる罵倒。
「……」
それは……
――ああ、解っている
「……」
――解っていたさ……
中庭に来た時から、直ぐに感じていた……
俺は蹲ったままでゴクリと咽を鳴らしていた。
――俺は”そのひと”の声を決して聞き逃さない
破格の怪物を目前にするよりももっと、俺には緊張する相手。
――いや、抑もこんな気配は他に無い
あの”男”が此所にいることくらい最初から……
――西島 馨!
俺は目前の非現実的な巨人なんかじゃ無く、”折山 朔太郎”にとってもっと現実的な化け物……
俺の最も現実味のある恐怖……
そこを見ずに!
しかしそれを完全に理解しながら!
「……」
その場に蹲っていた。
「くそっ!やっぱりダメージが蓄積してるのか、朔ちゃん!」
慌てて、満身創痍の波紫野 剣が刀を構え、俺と巨人の間に割って入っていた。
「あらぁー?大変??」
そして離れた位置で、妙に間延びした女の声が聞こえる。
「暢気な事いってないで!朔太郎の傷の殆どは凛子さんの天弓が原因ですよっ!」
そして面倒臭い女、東外 真理奈が律儀にもそれにツッコミを入れていた。
「と、とにかく!!今は朔太郎の援護を……」
嬰美も刀を構えて弟の隣……
巨人の眼前に走り寄り、同時に真理奈と椎葉 凛子?だったか?長い弓を手にした女も距離を置いた位置で戦闘態勢に入っていた。
「……」
そして俺は――
跳び退いた位置のままで……
未だ蹲ったままだ。
「塵芥が!集まって鬱陶しいったらないな、ほんと」
いや、俺の背後にはいつの間にか――
蜂蜜金髪の、碧眼の甘い容姿の男、御橋 來斗が立っていたのだ。
「どう思う?折山。塵芥は普通どうするものだ?」
そっと優男の手が背後から俺の肩の上に乗る。
「…………ゴミは……処理するものだろ?普通は」
俺は地面に両膝と片手を着いたたまま、振り返りもせずにそう答えていた。
「ふふ……だよなぁ!!」
――!?
一瞬だった。
またもや俺の視界は壊れかけたテレビのようにプツリと途切れ、
再び視界に何かを捉えたと思えばそれは……
間近に迫った地面っ!
――――ドシャァァッ!!
頭から堅いグラウンドに突き立つ俺の体。
「ははっ!天才は二度同じ過ちは繰り返さないんだよっ!」
流れるような所作で御橋 來斗は、掴んだままの手を俺の肩から腕へ手先へと滑らせ、しっかりと手首を掴んだまま、地面にうつ伏せに倒れた俺の左手を後ろ手に極めていた。
ギギギッ!
手加減なんて端から無い!
肩を完全にぶっ壊す力で容赦なく捻り上げてくる!
「…………ちっ」
――いやらしいな
あの弓道女に貫かれた左肩をネチネチと……
「さっ朔太郎っ!!」
俺の状況に気づいた嬰美だったが、
「ウガァァァーーーー!!」
その嬰美は疎か剣も真理奈も、凛子という女までもが、
「くっ!」
「きゃっ」
「あらぁ?」
荒れ狂う巨人に遮られてそれどころでは無い!
「死ねよ野良犬!お前が一番の塵芥なんだよ!はははっ!」
左手を起点に地べたに押しつけられたままで――
「……」
俺は自由になる右手の拳を握っていた。
「ばぁーか、その体勢で打撃が届くかよ、塵芥が」
その通り。
背後から左手を捻り挙げられ地面にうつ伏せになった状態では、
――”蹴り”は不可能で”拳”は優男の身体には遠すぎる……
「……」
――た・だ・し!
ブォン!
俺は右肘をコンパクトに畳み、極小のスウィングでそこを狙う!
「なっ!?」
因みに俺の拳の握りは中指だけ甘くして突出させた牙拳……
所謂、”急所突き”に特化した暗殺拳だ!
ガキィィ!
俺の左手首を極めた相手の両手……
その握った指にピンポイントで凶器と化した拳で楔を打ち込むっ!
「ぎゃっ!!」
確かに、こんな窮屈な状態では大した威力の拳撃は放てない。
しかし――
標的が指というなら別だ。
指の骨……その関節は驚くほど脆い。
「ピンポイントでそこを狙える精度さえあれば、この程度でも十分粉砕できるんだよっ!優男!」
「ぐあぁっ!!指が!僕の指がっ!!」
叫びながら、あらぬ方向に曲がった中指と薬指を抱えて後ずさる御橋 來斗。
「……」
俺はおかげさまで、完全に死んだ左肩をだらりと下げたまま”ゆっくり”と立ち上がる。
「貴様っ!この駄犬がっ!雑種がっ!!生きて帰れると思うなよっ!」
「……」
――生きて帰る?
――”いまさら”だなぁ
「聞いているのかっ!この落後者!!底辺で人生を諦めたクズがぁぁ!」
――ああ……なるほど
「その意見には俺も同感だな……お前も俺も確かにクズだな」
俺の返答に御橋 來斗の碧眼が激しくつり上がった。
「は?誰がっ!貴様と同じ?巫山戯るなっ!カスッ!!」
御橋 來斗がこれ以上無いくらいの憤怒の表情で俺に迫ろうとした時だった……
「あはははっ、あははっ」
突然響く少女の笑い声。
「っ!?」
ケラケラと薄っぺらい渇いた少女の笑い声に、御橋 來斗は青い目を見開いてその人物を呆然と見て、
「……」
俺は苦い表情で同様にそっちを見る。
「バッカじゃないの?キミ達。世間から”はみ出した”者同士いがみ合っちゃって?」
栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが愛らしい美少女……
彼女は少し垂れぎみの大きめな瞳を意味ありげに細め、
本来ならば可愛らしいはずの桜色の唇を不自然にまで歪ませて嗤う。
「……」
運命の再会からここまで散々に感じてきたが、
――ほんと……
それは折山 朔太郎にとって中々にキツい仕打ちだよ。
「不幸を諦める事で”平気だよ”って強がる”馬鹿”」
嗤ったまま俺を見る蛍。
「誇りばかり高くて理不尽を乗り越えようとせずに自分の都合の良いように塗り替えようとする”痛い馬鹿”」
そのまま御橋 來斗に視線を移す蛍。
「ふふっ、そうだね、折山 朔太郎くん。それはキミ流に表現したら…………”くだらねぇ”だったっけ?」
そう、嗤うのは守居 蛍。
「……」
昔から俺の良く識る……
俺が知らずに来た少女だった。
第44話「知らない少女」END