「神がかり!」第49話前編
第49話「俺の得意分野だ!」前編
「……」
俺からの思わぬ言葉と行動だったのだろう、守居 蛍は赤く頬を染めて俯いてしまった。
――さて
俺は少女の身体から腕を解きそっと半身で振り返った。
「ヴォォォォッーーーー!!」
視線の先には巨人……荒ぶる古の邪神が聳え立つ!
――
「言いたい事は言った、後は……」
ザッ!
俺はそのまま、小さい岩山にしか見えない屈強な肩を上下させて滾る巨人の元へと歩を進め始める。
「なんでキミがそこまでするのよっ!!」
背後で少女が声を振り絞る。
「……」
「答えてよ……さくたろう……くん……なんで……なの。でないと……卑怯だよ」
――卑怯……
確かにそうかも知れない。
これでは俺の感情の押しつけ、偽善者共と何ら変わらない……か。
「蛍……」
俺は彼女の叫びでそう考え直し、死地への足を一時留める。
「月並みな言葉だけどな、いいか?」
「月並みな言葉なら……要らない」
――これだよ
泣いて、縋って、懇願したくせに、なのにこういう態度をとる。
折山 朔太郎にとって本当に守居 蛍という少女は……
「……」
非を改め、彼女の問いかけに応えるため、俺の中から最後のプライドさえ捨ててちっぽけな勇気をかき集めようとした俺の言葉を当然の権利が如く”にべもなく”拒否する我が儘美少女。
「……」
「なんでそこで黙るの?」
「えと……いいのか?」
――いまさっき自分で拒否しておいて
判断つかず、結果素直に聞き直すはめに。
「……えと、一応言ってみたら?キミが勝手に喋る分には自由だから……」
「……」
――最初からそう言えよ、天邪鬼め
不承不承に見せて少女の瞳はなにかを期待しているように見える。
――まぁ、捻くれているのもお互い様ってか
俺は妙に納得していた。
「俺もな、どうしようも無い人生ってあると思う」
俺はわがまま美少女に従うも、妙にハードルの高くなったプレッシャーの中で話し始めることに若干の理不尽さも感じていた。
――話が人生を振り返れば自業自得ともいえるな
「けどな……クソみたいな今日でも、それをものすごく貴重に生きている人間も確かにいる。それを生きたいと思っても出来なかった……俺たちはきっとそういう時間を過ごしているんだろう」
「なにそれ?病気とか事故とか、亡くなった人たちの分も生きろって事?バカじゃないの、顔も知らない他人の事なんて」
蛍は俺の言葉が期待外れだったのだろう、唇をとがらせていた。
――だろうな、こんな綺麗事の一般論
――だが、俺にはそうじゃない
「いや、そうじゃない。ただ”同じ時間”なんだなぁ、と思っただけだ」
「?」
――そう、人生を根拠無く有り難がれとか、どっちが貴重かなんてことでもない
「価値観なんて在って無いようなもんだろ?一方ではすごく大事なモノでも、もう一方ではクソみたいなもの……でも”同じもの”なんだなぁ、と思っただけだ」
今度は蛍も俺の言葉を遮ろうとせずジッと耳を傾けている。
「昨日までは碌な事が無かった。今日もそうだ。なにも代わり映えしない……じゃあ明日はどうだ?」
話しながらも未だ俺は思う。
――俺がそれを言うのか?
「朔太郎……くん……それって?」
――そうだ!
折山 朔太郎がそれを言う、言うんだ!
「……」
「……」
俺はジッと目前の少女の、瑠璃色の双瞳を正面から見据える。
「俺はそれを今日……初めて欲しいと思ったのかもしれない」
「……っ」
そして少女の神秘的な海に静かな波が立つ。
「…………明日……を?」
昨日までは思いもよらなかったこと。
でも今日にはそう感じている。
「そうだ」
蛍の言葉に深く頷く俺。
「俺が生きたいと思った明日にお前が……守居 蛍がいたら駄目なのか?」
「っ!?」
その言葉に少女の耳は一瞬で先まで赤く染まり、彼女は顔を勢いよく地に向ける。
「な、なんで!!キミが質問してる……のよ……そんなの……しらない」
俺の視線から逃れた少女は地面に向かって不機嫌そうにそう漏らす。
――そうか……そうだろうな
実際、縋っているのは俺なんだろう……きっと。
――俺みたいなクズでも”他人”を助けられると……
――あの”過ぎ去りし日”
なにも出来ずに置き去りにした……
俺の記憶に残る大切な少女を。
「…………蛍……俺は……」
俺は未来を初めて欲しいと思った。
そして知った。
それは同時に過去を取り戻すことでもあるんだと。
「…………いや」
上手く心の内を表現できない俺は、ただ次の言葉が出て来ずに……
「”キミにそばに居て欲しい”とか、”一緒に生きて欲しい”とか……そういうの言わないんだ」
赤い耳で下を向いたまま少女は呟く。
「俺は結局、そんな事を言えるほどお前を知らない」
業を煮やした彼女から発する問いかけ。
自信なげに揺れさせた声の問いかけに……
俺は少女の満足いくような告白など返さない。
「そうなんだ」
「ああ、そうだ」
トコトンにクズが染みついた俺だが、それでも俺は”きっぱり”とそう答え、蛍は顔を上げるも少し寂しそうな瞳は伏せたままだった。
「これでお前に言いたいことは全部だ」
――本当の心だから……嘘はつきたくない
「馬鹿だね、さくたろう」
そう言って寂しげな口元を少しだけ綻ばせた少女は、そっと俺の胸に小さな身体を預けてくる。
「……!?」
同時にふわりと――
淡い桃の花のような香りが漂う。
「以前にもね、似たようなこと言ったけど……良い男の人とかモテる人って、そういうところをうまくやるんだよ?」
「……」
――きっとそうだろう
そういう器用さが羨ましくないといえば嘘になる。
けど俺には出来ない。
やっと自分に向き合い始めることが出来たばかりの現在の俺にはそこまで余裕が無い。
――我ながら熟々情けない男だ
だがそんな俺でも……
それでも彼女を……
守居 蛍を俺は……
「……」
――助けたい!
そう気づいた時、自分でも驚くほどに真剣な瞳で俺は彼女を見ていた。
そして俺にはそうすることが最も誠実なことなんだと確信していた。
「俺が勝手にやることだ、あの化物は俺が……」
「両腕を肩の高さに上げて、上を向いて」
再びの死地への挨拶を遮り、少女の綻んだ桃の花のような優しい唇が動いた。
「て……る?」
戸惑う俺。
「ふふっ」
――わ……微笑った?
俺は識っている……
いや、これは既視感だ!
意図された……俺へ向けての少女の悪戯心。
「はやく」
「……」
俺は素直に言葉に従い、少女は俺のシャツの前ボタンを……
幼少期の精神的外傷を克服するために一度は自身で引きちぎったシャツの、二個だけ残っていたボタンを白い指で、なんとか体裁を整えていたシャツのなれの果てを完全に開けてゆく。
裸の上半身……
ここにはいない父親から刻まれた数々の惨たらしい傷に……
スッ
少女が何年もの年月を経て触れる。
「うっ……」
白い指が傷を薄らと俺の体表を伝い、そこからなにか……
解らない波のような存在が俺の身体に染みこむように馴染んでくる。
「くっ」
痛みでは無い……普通は経験することが無いだろう心地よさからくる違和感に、
情けない声を漏らした俺の視線の先には……
「可愛い声だね、さ・く・た・ろう……くん?ふふっ」
「う……」
可愛らしいはずの少女の整った顔立ちが、いまはやけに妖艶に滲んで眩しい。
――そして
蒼い……
深い深海へと続く、いずれ無へ至るだろう鮮やかな蒼……
緩やかに死を連想させるそれは――
”慈愛に満ちた蒼の世界”
――蒼の瞳……
「て……る」
曾ての幼かった俺が、
"そんな宝石を図鑑で見たことがあるなぁ”
と思った……
完全なる瑠璃色に変貌した少女の神聖不可侵な双瞳。
――忘れるはずも無い、瑠璃色の双瞳
――
――
――
「…………」
「終わったよ……朔太郎くん」
「……っ!?」
何時しか俺は完全に呆けており、紛うこと無き目前の美少女に見惚れてしまっていた。
「……いや……てる………これは」
我に返った俺の視線は直ぐ目の前の……
俺の胸に寄り添ったままの……
ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。
夜の星の下で、サラサラとゆれ輝く栗色の髪。
その毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合っている……
「応急処置だけどね、終わったよ」
大きめの少し垂れぎみの瞳は既に神秘的な光は宿していないが、それでも彼女の潤んだ瞳は俺には例えようも無く魅力的で――
そこから上目遣いに俺を伺う様子は……
「きゃっ!」
そんな彼女を俺は思い切り抱きしめていた!
「ちょ、ちょっと朔太郎くん!」
「うるさい」
何故だか解らない……でも俺はそうしたかった。
一時でも過去に戻った少女に……俺に……
「ちょっ!……ちょっと……さく…………」
最初こそ抵抗した彼女だったが意外な事にその後、蛍は……
その身をゆだねるように、ゆるやかに俺に体重を預けてくる。
「……蛍」
今の彼女は俺の為すがままだ。
自然と俺から彼女の名が零れ俺の手は彼女の形の良い顎に……
「?」
続きを欲した俺の胸の中で蛍の身体がピクリと緊張くなるのがわかった。
「あの……ね」
密着する身体の間にすっと両手を差し入れて、俺の胸に手の平を優しく宛がう少女。
「……」
俺も彼女の行動を無理に制しようとはしなかった。
やがて少女はその手に少しだけ力を込めて二人の間の空間を大きくする。
「嬉しいよ、朔太郎くん。でも、これ以上は……ね?」
昔のように、弟を諭すように語りかけてくる少女。
「問題あるのか」
未練タラタラの俺はお世辞にも格好の良いものとはいえないだろう。
「頭の良い朔太郎くん、こう言う状況なんていうか識ってる?」
彼女からの突然の質問に俺は少し考えた。
「傷の……舐め合いか」
蛍は頷き、悲しげに微笑った。
「嬉しいけど……こんなこと、やっぱり悲しくなるだけ。ごめんね……だから」
当然だろう。
俺が彼女への想いを全うしなかったのが先だ。
「……」
俺は無言で彼女から離れた。
俺の身体はすっかり回復したようだ。
いや、といっても全快とは程遠く、動かなかった両腕や足に感覚が再度行き渡り結構な痛みを感じながらも動かせると言った状態だ。
「無茶しちゃ駄目だよ?わたしの能力は治癒といっても応急処置、折れた骨とか外れた肩とか穴の開いた箇所を埋めるくらいで、手術直後の状態と一緒なんだから……」
――いや、普通に凄いだろそれ……
とは言っても、常識的に手術直後で激しい運動は普通駄目だろう。
傷も開くし、抑も常人なら痛みでそれどころじゃ無い。
「ウゴォォォーーーーッッ!!」
――
「うわっ!完全に復活した!?」
「きゃっ!ちょっ」
向こうでは、もう聞き飽きた感さえある怪物の咆哮が響き――
取り囲んでいた六神道の面々が慌てているのが見える。
――はぁぁぁぁっ!
全て自業自得の人生とは言え、俺は人生でも最大の溜息を吐いていた。
「ああ、それ多分なぁーーっ!!蛍が俺の傷を治すのに能力を思いっきり使ったから活性化したんだろうぅぅーーっっ!!」
意味が解らないと慌てる面々にその場から声を張り上げて言葉を放つ俺。
「えっ!えっ!なんで!?」
「どうしてこの状況でそうするの!朔太郎!」
「ちょっと!アンタ!なに意味不明な事してんのよぉーー!」
完全復活した荒ぶる巨人に翻弄されながら、波紫野 剣、嬰美そして東外 真理奈が涙目でこっちに叫んでいたのだった。
第49話「俺の得意分野だ!」前編 END