ソーシャルメディアの出現と科学教育
この記事は,2020年7月17日に行われた「Science Education Book Club in Japan」で議論した内容をまとめたものです。
今回,私が担当したのは「Values in Science Education : The Shifting Sands」の「Science as “Just Opinion” –The Significance for Science Education of Emerging Social Media」です。以下は,本章の簡単な紹介と読んだ感想です。
本章の概要
ソーシャルメディアの発達にともない,誰もが情報を送受信できる社会になりました。これにより,様々な情報に容易にアクセスできるようになった一方,フェイクニュースなどの悪意ある情報に対して,うまく付き合わざるを得なくなりました。このようなフェイクニュースに関して,著者は「誤解を招くような見出しや,科学が一つの『意見』に過ぎないものとして示す誇張されたニュースの増加は,科学がこれまで以上に柔軟で信頼性のないものとして見られるようになる危険性を孕んでいる」と述べています(p.69)。つまり,科学を騙ったフェイクニュースによって科学の信頼性が損なわれる可能性があるということです。
著者はこのような現代のメディアの課題に対して,科学教育ができることについて述べています。前半では,メディアの特性や,科学ニュースの理解に影響を及ぼす個人的・社会的要因について整理しています。著者は前半で「科学関連のニュース記事を批判する能力を育成するために,科学教育はメディアの分析と対応にもっと注意を払う必要がある」(p.69)と主張し,後半で次のような学習活動を紹介しています。興味深い提案だったので,この学習活動を主に紹介します。
学習活動の具体例
著者は「ある研究の内容がメディアを通していかに変容するか」という事例を紹介していました。具体的には,「パンの種類と血糖値の上昇に関する研究」について,下記に示す原著論文,学会プレスリリース,メディアに掲載された記事,専門家の反応が示された記事を提示し,その報道内容について吟味させ,その記事をリライトさせるという学習活動です。
■原著論文
Korem, et al. (2017). Bread Affects Clinical Parameters and Induces Gut Microbiome-Associated Personal Glycemic Responses. Cell metabolism, 25(6), 1243–1253.e5. (パンは臨床的なパラメータに影響を及ぼし,腸内マイクロバイオームと関連した個人的な血糖反応を誘発する)
■プレスリリース
Cell Press. (2017, June 6). Is white or whole wheat bread ‘healthier?’ Depends on the person. ScienceDaily. (白パンと全粒粉パンのどちらが "健康的 "か? 人による)
■メディアに掲載された記事
Sliced white bread‘s ‘just as healthy as brown’, shock findings reveal. The Sun, June 6, 2017 (スライスされた白パンは「茶色パンと同じくらい健康的」衝撃の研究結果が明らかに)
Is white bread better for you than brown sourdough? It depends on your gut. The Guardian, June 6, 2017(白パンは茶色いサワードウよりあなたに良いか?それはあなたの腸による)
Is wholemeal bread really any better for you? People who eat white are no less healthy, study finds. Daily Mail, June 6, 2017 (全粒粉のパンは本当にあなたにとって良いか? 白いパンを食べる人と同様に健康的である研究結果)
White or whole wheat bread study may shed light on diet failure. Healthline, June 15, 2017 (白パンと全粒粉パンの研究はダイエットの失敗に光を当てるかもしれない)
■専門家の反応
残念ながら本文で紹介されていた記事のリンクが切れていました。
※ちなみに日本語の記事もあります(中村さん,紹介ありがとうございます)→「全粒粉パンのほうが健康に良い」かどうかは腸内細菌で決まる?
メディアに掲載された記事の見出しを見たらわかるように,同じ原著論文をもとにした記事であるのにもかかわらず,それぞれの媒体によって見出しが異なり,論文の情報は媒体の思想に合わせて取捨選択されていることがわかります。(私の拙訳によって,ニュアンスが変わっている可能性もあります。。。)たとえば,「衝撃の研究結果」と煽るような見出しや,ダイエットの関連性について述べている見出しなど様々です。これらの記事をもとに,著者は「読者の注意を引くためにどのように書かれているのか」「意図している読者は誰か」などの視点で生徒に吟味させ,この記事をリライトさせることを提案しています。
結論
著者は,上記のような学習活動を紹介した後,学校におけるソーシャルメディアの取り扱いやサイエンスコミュニケーターの仕事について述べています。そして最後に,ソーシャルメディアと科学教育について,
・民主主義社会において,科学教育には誤報を含む科学ニュースに対応する力を育てる責任がある。
・科学は私たちの生活に大きな利益をもらたす一方,既得権益者の世界の見方や信念と対立することがある。
・私たちの信念,価値観,態度は,メディアの記事を理解する方法に影響を及ぼす。
と主張し(p.87),本章を締めていました。
感想
バイアスに自覚的になるということ
著者が述べていたように,一次資料を紹介する記事を作成するときには作成者の意図が入り込みます。私が書いたこの記事も例外ではありません。私の主観によって,情報が取捨選択されていますし,もしかしたら拡大解釈も含まれているかもしれません(著者の主張には「著者は」とか「本章では」と書いて私の解釈と混ざらないように,そして拡大解釈もしないように書いたつもりです。ただ引用も拙い訳なので,著者の意図通りになっているかは不明です)。本章を読むことで,こうした自分のバイアスに対して,より自覚的になれた気がしました。
日本の理科教育への示唆
日本の理科教育に目を向けると,たとえば,現行の小学校や中学校(そしておそらく高校も)のカリキュラムでは,「科学ニュースの読み方」に関する単元はありません。このため,理科の授業で,メディアの特性や科学ニュースの理解に影響を及ぼす個人的・社会的要因を学ぶ機会はほとんどないと思います。他の教科と連携したり(たとえば,国語,社会など),総合的な学習の時間を活用したりして,メディアリテラシーを知る機会があってもいいかもしれません。10年先にはなりますが,次の学習指導要領の改訂では,こうした現代社会の特性を反映した新しい理科の単元の導入やカリキュラムの編成も視野に入れることを検討した方がよいと個人的には思います。
関連論文
本記事執筆中に,本章と関連する論文がジャーナルアラートで流れてきましたのでリンクを貼っておきます。ご興味のある方はご覧ください。
謝辞
議論に参加していだいた池永和樹さん,小林和雄先生,中村大輝さん,西内舞さん,渡辺理文先生,ありがとうございました。
付記
画像はPixabayのGordon Johnsonによるものです。
追記(2020.8.11)
高校化学の資料集「スクエア最新図説化学」(第一学習社)には「ニセ科学」に関する説明があるようです。詳細は下記リンクをご参照ください。
高校の資料集の内容『ニセ科学に惑わされない』信頼性を確認するためのフローチャートがレベル高いけど参考になる「広まって欲しい」 - Togetter
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