ABITARE(アビターレ)
Yoshilogさんのライブ(Zoom)に呼んでいただいて、ダラダラとおしゃべりしたのですが、自分ではそれなりにリラックスしながらもスムーズにしゃべっていたつもりが、どうも見ていた人には「間」が空くことが多かったようで、ひょっとして浮世離れしちゃってるのかと心配になりました。ウソです、心配してません。
さて、そのダラダラしたおしゃべりの中で、ミラノに息づくモーダの話なんかにも触れたわけですが、チャットで日本でも昔は「流行通信」なる雑誌でミラノのモーダ紹介してたよねなんて話題になっていたようです。それでちょっと思い出した昔話とミラノでモーダやデザインがどのように一般の人に受け入れられているかという話を書いてみたいと思います。
Yoshilogさんとの話の中でも、おいらが倉敷の高校時代にミラノのMenphisというグループの作品集を見て衝撃を受けた話にはちょっと触れましたが、その頃、まだ大学生になる前にとある東京でデザイン事務所を開いている人の講義を受ける機会がありました。
その人が「倉敷にいても『流行通信』を見とけば東京の流行の感じは分かる。でももっと先のセンスを磨くならイタリアの『ABITARE』という雑誌を時々見るといい。あの雑誌で見る色は常に20年先を行っている」と言っていたんです。すごいですよね、5年や10年でなく20年なんだから。
正直者のおいらはその言葉を信じて、大学に入ってからも時々イタリアのデザイン建築雑誌を買っていました。「ABITARE」も「domus」もイタリア語の記事を英語で併記してたのでなんとなく内容も分かるけど、とにかく広告のページをめくるだけでデザインの勉強をしたような気分になっていたものです。
さて、そんなこんなで時は過ぎ、いよいよイタリア生活をするようになりました。
ミラノ入りして最初の半年は語学学校に通ったりしてイタリア語を覚えることに集中していました。何とか片言で会話ができるようになってからは、次のステップとしてどこかでインターンでもいいから数か月から半年程度(タダでもいいから)仕事ができないものだろうかとデザイン事務所回りを始めます。
この辺りの話は別のところにも書いているので重複するところもあると思いますが、まだインターネットが普及する以前の時代なので、FAXで履歴書を送り、電話してアポイントメントを取って面接に行くようになりました。FAXって街の文房具屋さんみたいなところのサービスだったんですよね。2、300円程度払って電話番号を渡すとジジジジジーと相手先に流してくれます。
その面接に行くデザイン事務所の住所や電話番号は「ABITARE」などの雑誌の最後に記事中に出てくる事務所の連絡先が書いてあるページがあるので、気になった記事の連絡先をメモして訪問先リストを作ったりしていたのです。今の時代ならネット検索でサクッとできてしまうような作業でもアナログで何とか探していたわけです。
さて、グローブのソファーのデザインなどで有名だったドゥルビーノ、ロマッツィという事務所にも面接でお邪魔し、ロマッツィさん本人に日本から持参していた作品集を見せていたところ「君は変わってるね。でもうちみたいなプロダクトデザインではなく、もっとアートっぽい仕事の方が向いてそうじゃないか、ちょっと紹介しよう」と言ってその場で誰かに電話をしておいらのために次のアポイントを取ってくれました。
そのアポイント先が当時の「ABITARE」編集長のイタロルピというデザイナー兼編集者の事務所でした。それで後日ルピ編集長のところに出掛け作品集を見せておしゃべりしたら「君は絵が上手だね。私は一度見た素晴らしいものは忘れないから何か君に合った仕事があれば連絡しよう」と言ってくれました。それからもう25年以上経過してもまだ連絡はないので、なかなかおいらに合った仕事はないようです。
その後ガチガチのプロダクトデザインをしている事務所で使ってもらえることになっておいらにもミラノの師匠ができるわけですが、この辺りの話はソットサスのところに書いてあるので省略します。
さて、日本で「20年先を行ってる」と教えてもらったイタリアのデザイン、建築関連の雑誌。日本でいえばAXISみたいな内容の本なんだけれど、日本と違うのはAXISを買おうと思えば街中のそれなりに大きい本屋へ行かないと置いていないし、一般の人はそんな雑誌があるということも知らない人は多いと思うのですが、イタリアでABITARE買おうと思えばその辺の新聞売り場のスタンドでも売ってるんですよね。駅の売店みたいなところでも買えます。
ファッションの専門誌もそんな感じで、イタリアだとデザインや建築の専門雑誌をけっこうフツーの一般の人でも手に取るのです。内装を考えたりテーブルやキッチンを選んだりするのが大好きな人や毎日のコーディネイトを考えるのが大好きな人がそれなりにいるんですよ。
一度日本からミラノに遊びに来た日本のWebデザイン界の草分け的存在だった友人がミラノの街中の新聞売り場でABITAREなど専門誌が売ってることに驚き、街中のキッチン用品店に行けばどこでもAlessiの製品を売ってることに驚き「すごいね、イタリアではABITAREが日本んのサライ、Alessiが日本の象印みたいな感じなんだね、こりゃ相手にならない」と笑っていました。
この友人の例えはちょっと大げさにしても、そのくらいデザインやモーダの「文化」が一般の人の生活に溶け込んでいるという話でした。
ミラノでは毎年4月、今年はコロナで流れちゃったけれど、デザインウィークで家具のデザインを中心にいろいろなデザインにまつわるイベントがあり、1年でミラノに人が一番集まる1週間でもあります。モーダのミラノウィークもそれなりには盛況ですが、デザインウィークの方が参加する企業や展示場所も多いですね。元々見本市会場だけだったサローネと呼ばれるイベントが、サローネ外イベントを街中のいくつかのゾーンに集中して開くようになってから街をあげてのイベントに成長しました。
おいらも2年前にミラノの老舗のケーキ屋さんがデザイナー15組とコラボしてオリジナル菓子をデザインウィーク中に展示したイベントに参加しました。この時においらがデザインしたソファーのお菓子は大変好評で、コリエレやガンベロロッソなどイタリアの主要メディアであちこち紹介されました。その年に参加した別の「IKEAの製品メソッドをつかって、それでいてIKEA が絶対に製品化しない家具のデザインをするIDEA」なるデザインイベントに出品した「モノリス」もそれなりに評判はよく、イタリアのローリングストーン誌のウェブページで紹介されいていました。
こんな風に、一般の人も身近にデザインイベントに触れて楽しめるのもミラノらしいですね。
デザインやモーダ(ファッション)がより一般の人の生活に近いところにあるという感じが少しでも伝わればと書きました。もちろん全く興味がない人もいますけれどね。
Peace & Love