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「ウェルビーイング野菜」で広島農家の希望になる~「さいねい農園」の使命

さいねい龍二――広島でその顔と名前を知らない人はいない有名タレントである彼は、近年「さいねい農園」を営む農業従事者としても活動している。そんな彼が今年度「ウェルビーイング野菜プロジェクト」で「Hiroshima FOOD BATON」に採択された。かつての特撮ヒーローは今、農のヒーローに変身しようとしている。


良い野菜であることを
伝えるための指標が必要


さいねい龍二さんは2004年放送のスーパー戦隊シリーズ『特捜戦隊デカレンジャー』のデカレッド役で一躍スターダムに登り詰めた。2015年には故郷の広島に戻り、テレビやラジオを中心に活躍。現在は実家の「さいねい農園」を手伝いながら「半農半芸」の生活を続けている。

広島の人なら、この顔を知らない人はいないだろう

そんな彼が今回FOOD BATONにエントリー。「ウェルビーイング野菜プロジェクト」という企画をスタートさせた。

今はどこの農家さんも苦労してますけど、特に広島県の農家は平野部が少なくて大規模化できないという理由で苦労してるところが多くて。県内食料自給率に関しても、広島県は全国平均に比べて低いんです

あと新規就農者が続かないという問題もあって。せっかく若い子が農業をはじめても、大半の補助金が5年程度で打ち切られてしまうので途中でドロップアウトしてしまうケースが絶えないんです。こうした問題を解決するには、農家が補助金に頼らず生活できるようになることが必要だと感じました

 さいねいさんがアクションを起こしたきっかけは、広島に帰って目の当たりにした地元農家の窮状だった。狭い耕作地でも利益を上げられるようにするにはどうしたらいいだろう? 収入が増えれば若い人も農業に夢を見られるようになるのではないか?……そんな中で出てきたのが「栽培する野菜のブランド化」というアイデアだった。

 簡単に言えば、自分たちの作った野菜が成城石井などの高級スーパーで扱われるようになれば収入も増えるんじゃないかと思ったんです。要はブランディングですよね。じゃあどういう方法で他との違いをアピールするか考えた時、今の消費活動のトレンドを調べたら「ウェルビーイング」「エシカル消費」というキーワードが引っ掛かったんです

ウェルビーイングとは「心身ともに健康で、社会的、経済的に良好な状態にあること」。エシカル消費は「買い物をする際に、社会や地球環境を配慮して購入物を選択すること」。どちらも近年、さまざまな業界で語られている消費トレンドである。

実際まわりの農家さんを見ても、いい野菜を作ろうとしている方は多いんです。できるだけ化学肥料や農薬を使わず、有機肥料を使って土自体を豊かにして、地球にやさしく、かつ、おいしい野菜を作ろうっていう

ただ、せっかくいい野菜を作っても、今は適切なブランディングがなされてないから、スーパーマーケットに並んだ時、他の野菜と同じ扱いになっちゃって、その努力が消費者の方に伝わらない。そこで何かひとつ、わかりやすい指標を作ることが必要だと思ったんです

野菜に含まれる
硝酸態窒素に着目

 
誠実に野菜作りと向き合っている農家が報われるには、彼らの努力を証明するモノサシがなければならない。そこでさいねいさんが目を付けたのが、野菜に含まれる「硝酸態窒素(または硝酸イオン)」という成分だった。

硝酸態窒素は肥料として使用されているが、マイナスの影響も指摘されている。野菜に付いて人体に吸収されたり、土壌に吸収されにくいため川や海へと流れ出したり。さいねいさんは野菜に含まれるこの硝酸態窒素の量を測定することで、他と差別化できないか考えた。

地元に帰って約10年、すっかり農作業が板についてきた

野菜の成分分析をしてくれるメディカル青果物研究所という会社では硝酸態窒素の含有量を測定できるんです。そこで出てきた数値がある値以下だったら、その野菜を「ウェルビーイング野菜」と認定して、それをうちに持ち込んでくれたら基準クリアを証明するシールを発行する。シールが貼られた野菜は健康にも環境にもいいということになるので、高付加価値商品として販売できる――これがウェルビーイング野菜プロジェクトの仕組みになります

客観的なエビデンスに根差した指標を設けることで、消費者は安心して野菜を選ぶことができるし、エシカルな意識で農業に取り組んでいる生産者は高い対価を得ることができる。ウェルビーイング野菜プロジェクトは売り手にも買い手にもメリットのあるシステムだと言えるだろう。

さいねい農園は兄の勝也さんと一緒に営む

プロジェクトは基準クリアを証明するシールの販売で運営し、もし基準を満たせなかった場合は、僕たちの農園が土壌の改良をサポートします。土壌の改良は狭い農地の方がやりやすいという点も広島に適してるやり方だと思いますね

これまで致命的な欠点だと思ってきた平野部の少なさが、むしろ長所に反転するという面白さ。

実際、さいねい農園のキャベツやトマトで硝酸態窒素を測定したところ、数値が低いどころか「含有量が少なすぎて計測不能」という結果が出た。

さいねい農園のキャベツ。硝酸態窒素はほぼゼロに近い

僕たちはそうした部分に意識的に取り組んできたので平均より少ないだろうと思ってたけど、それが数値で証明されて。まじめに農業をやってるところは、そもそも値が低いはずなんです。でもこうして数字で証明されると自信が付くし、今後取り組みを進めていく上で原動力にもなると思いますね

まさに意義と手応えは自分のところで証明済というわけだ。

農業の魅力を伝える活動は
自分の人生のノルマかも

 
ウェルビーイング野菜の仕組みは設計できた。次のステップは、それを多くの農家に知ってもらい、プロジェクトに参加してもらうことになる。

だがこれが難しい。「硝酸態窒素って何?」「それを測ってどうするの?」「ウェルビーイングって何?」……これらを農家の人にわかってもらわなければならないし、消費者の人にもシールの意味を理解してもらわなければならない。

たとえばすごくおいしいチョコレートができた時、これを多くの人に知ってもらうために何をするかと言ったら、まず「どのタレントさんをCMに使おう?」ってことだと思うんです

だからまずは自分の講演会やイベントでこのことを話して、だんだんメディアに乗せていき、お客さんが野菜売り場でウェルビーイング野菜のシールを見かけた時に、「あ、これさいねいがテレビで言ってたやつだ!」って思ってくれるような状態を作りたいんです。それは時間がかかるかもしれないけど、絶対必要なことだと思います

仕組みの構築と共に進めていかなければならないのは、告知・宣伝という作業だ。これに関しては、メディアで活躍するさいねいさんは適役なのではないだろうか?

「ひろしま県民だより」の表紙にも登場。広島の農をアピールする

今回FOOD BATONがさいねい農園を採択してくれたのは、僕の発信能力も見込んでのことだと思うんです。農業とタレント、両方やってる人は全国的に見てもいないし、それは自分の武器でもある。僕は多くの人にウェルビーイング野菜のことを伝えていきたいし、広島でFOOD BATONという取り組みが行われていることも紹介したいと思ってます

広島の若手農家の顔となり、スポークスマンを務める覚悟。さいねいさんはあえて農の旗振り役を買って出ようとしている。

「半農半芸」という自らの強みを最大限に発揮する

僕はもともと農業がやりたかったわけじゃなくて、親が農園をはじめて、それを手伝ってるうちに現状の問題が見えてきたんです。でも今はこうした活動をすることが、自分の人生におけるノルマなのかもと思うんです。農業に足を突っ込んで、何かを伝えられる立場にいるんだから、できる範囲で活動を続けていくことが社会に対する恩返しになるんじゃないかと思います

現在さいねいさんはRCCラジオで自身の農業ライフを伝える「さいねいレストラン」という番組をやったり、さいねい農園で収穫体験会を開催したりしている。今後は農の伝道者としてのさらなる活躍も期待される。

テレビやラジオでも広島の農業を発信する

理想に踏み出す
きっかけを与えてくれた


一方のさいねいさんにとっても、FOOD BATONとの出会いは大きかったようだ。

これまで僕たちが絵空事のように考えてたアイデアを県が応援してくれることに、すごく救われた気持ちになったんです。「こんなことができたらいいな」とか「こういうふうにすればいいのに」とか素晴らしいアイデアや問題意識を持ってる農家さんはいっぱいいるけど、みんな目の前の売上や野菜の生育状況を気にしないといけないから、なかなか踏み出せなくて

だけどFOOD BATONはそこに自治体として向き合って、実際に手助けまでしてくれる。僕にとっては理想に向けて踏み出すきっかけを与えてくれた企画だし、他の農家さんに勇気を与えるという意味でもなんとかこのプロジェクトを成功させたいと思います

さいねい農園のトマト。デカレッドを演じたさいねいさんが育てた赤!

ウェルビーイング野菜プロジェクトはまず今年、マーケティングチームやデザインチーム、実行部隊などのチームビルディングを進めていく。そして来年には広島県内のスーパーで展開、3年目は日本全国に展開というロードマップを描く。

43歳になったデカレッドは今、故郷の土にまみれながら新たなる戦いの場に立とうとしていた。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて


さいねいさん、ヒーローっていうイメージはありましたが、今回はビジネスマンの顔。リモートという状況でもいちいち的確なコメント、理路整然とした語り口。本当にプロフェッショナルで撮れ高十分の取材となりました。

内容に関しては、ウェルビーイング野菜プロジェクトはもちろん、さいねいさんが「広島野菜の伝道師」の役割を自覚的に引き受けようとしていた姿が印象的でした。めちゃくちゃ大人。ちなみにさいねい農園は世羅にあって、ご本人がアテンドする食育教室なども開催してます! (文・清水浩司)