「母なる大地」という言葉がある。豊饒な土地は農作物を育み、それを口にすることで生き物は命をつなぐ。そういう意味で農はやはり「母」なのだろう。2人の「母」が立ち上げたKURU KURUも、子供の幸福な未来を願うように農村の幸福な未来を願っている。
里山に惹かれて移住したが
農業の未来が見えない
ここはJR芸備線向原駅。利用客の減少によって廃線の危機にある路線沿いの駅には3階建ての立派な駅舎がある。建物内には地元住民の写真や絵が飾られたギャラリーや喫茶店があるが、人影はほぼ見えない。廃線の危機にあるという現状からわかる通り、まちは過疎化に苦しんでいる。
「一般社団法人KURU KURU(くるくる)」のオフィスはその駅舎内にある。オフィスとか事務所というより寄合所に近い雰囲気だ。
KURU KURUの成り立ちには、それなりの歴史がある。
今回取材に対応してくれたKURU KURU代表の矢野智美(やの・ともみ)さんと理事の森本真希(もりもと・まき)さんはもともとこの地域の人間ではない。2人とも広島市内で暮らしていたが、自然豊かな環境に惹かれ安芸高田市に移住。矢野さんは地元の方から農地を引き継ぎ、一方の森本さんは駅構内で営業する食料品店「フードショップたけだ」を引き継いだ。どちらも高齢化で跡継ぎがいなかったからだ。
その集まって話していた場所が今のKURU KURU事務所。2021年、森本さん営む「フードショップたけだ」で総菜を作るために使われていた厨房をシェアキッチンに改装した。
外から来た人間だからこそ、地域の課題を敏感に察知するところがあったのだろう。里山に惹かれて移住したものの、農家の暮らしは未来が見えない。だったら何をすればいいか? 自分たちには何ができるのか?……
「里山アップデート」のため、母たちの模索がはじまった。
KURU KURU循環させて
できることをやってみよう
Farmers Plusはこれまで廃棄されてきた特定米穀「くず米」に目を付け、それを粉末化して商品化する取り組みを開始した。
翌年には「ひろしまサンドボックス」の「RING HIROSHIMA」に採択され、より多くの人たちを巻き込んでいく。
RINGでは素材の調達から商品開発、消費者の元に届けるところまで経験。「この方向で間違いない!」という確信を得た。それを踏まえた上で2023年6月、シェアキッチンの名前だったKURU KURUを一般社団法人として登録。そして今回の「Hiroshima FOOD BATON」エントリーという流れになる。
KURU KURUでWAKU WAKUを創り出す――その事業の中心にあるのが「くず米・米粉」を使った商品開発であり、今回のFOOD BATONでそれは新たな段階に突入した。
くず米を使った米粉で
離乳食を作っていく
「Farm to Baby(農園から赤ちゃんへ)」――まずは目指すコンセプトにそう名を付けた。
そう、Farm to BabyはKURU KURUが開発・製造する離乳食ブランド。これまで培ってきた米粉に関する技術と、自分たちの創りたい未来のビジョンを掛け合わせた時、離乳食というカテゴリーに行き着いたのだ。
RINGからFOOD BATONへ、一段ずつ階段を上るようにKURU KURUの活動も進化を遂げている。
商品開発の大枠が固まった1年目を経て、来年は商品を実際に消費者に届けていくフェイズに入る。販売先を開拓し、原料である農産物が消費者の口に入るまでの流れを作っていく。
そこでどんな反応を得られるか? どんな人たちに出会えるのか?――それはKURU KURUの伝えたい「未来へのメッセージ」がマーケットに放たれる瞬間でもある。
農村に移住した理由を
FOOD BATONで表現したい
FOOD BATONによって、新たな気付きも得た。
誰かがアクションを起こすことで人の循環が発生する。それが活気を生み、気持ちの交歓を生み、ウェルビーイングな体験を産み落とす。これは住人同士の顔が見える里山の方が波及しやすい現象だろう。
KURU KURUは大げさに言えば、農村で暮らすことを決めた2人の存在証明を懸けた活動なのだ。ここで生きる意味は何なのか? KURU KURUとWAKU WAKU――それが重要なキーワードであることは、もはや言うまでもないだろう。
●EDITOR’S VOICE 取材を終えて
写真を見てもおわかりのように、取材現場には生まれたばかりの矢野さんのお子さん(生後3ヶ月!)が同席。KURU KURUの活動のベースにある「未来を担う子供たちへ」という姿勢が赤ちゃんの存在でさらにリアリティを持って伝わってきました。
インタビュー中は矢野さんが答えている時は森本さんが面倒をみて、森本さんが答えている時は矢野さんがあやすなどナチュラルに分担。ほんと赤ちゃん1人いるだけで、場の空気はめちゃめちゃ優しくなりますよね。尊すぎ。ちなみに私もだっこさせてもらいました。いやぁ、子供好きなもんで!って何アピールなんだか。(文・清水浩司)