Hiroshima FOOD BATON 令和6年度採択発表会
2024年10月11日、広島県農林水産局販売・連携推進課が主催する「食のイノベーション推進事業 Hiroshima FOOD BATON 令和6年度採択発表会」が開催された。この発表会は、広島県内の農業経営体が生産から販売にかけてのさまざまな企業と連携し、新たな食ビジネスを創出していくことを目的としたプログラムである。当日は、令和6年度に新たに採択されたプロジェクトのプレゼンテーションと、令和5年度および令和4年度に採択されたプロジェクトの経過報告が行われ、広島県内の関係者やメディアも集まる盛大なイベントとなった。
<当日の式次第>
・主催者挨拶(広島県庁)
・令和6年度(第3期)採択プロジェクト発表
・令和5年度(第2期)採択プロジェクト経過発表
・令和4年度(第1期)採択プロジェクト経過発表
・フォトセッション
・交流会
ー主催者挨拶
発表会の冒頭、広島県農林水産局長 大濵 清氏が登壇し、Hiroshima FOOD BATONの目的とこれまでの成果を紹介した。大濵氏は、広島県が新しい農林水産業の発展に向けた取り組みとして、このプログラムを立ち上げた経緯を振り返り、農業経営体が異分野の企業と連携して新たなビジネスモデルを生み出す意義を強調した。彼はまた、採択プロジェクトの熱意と挑戦に期待を寄せ、今後のさらなる発展に向けた意気込みを語った。
ー令和6年度採択者発表①地域共創 ハレノベジプロジェクト
最初に登壇するのは、オタフクソース株式会社から栗田翼氏だ。同氏は、新設の部署で責任者として2年間新規事業に取り組んでいる。同社の強みは、原材料のブレンドと味の開発力にあり、お好みソースでは50種類もの原材料を駆使している。この力を活かし、農産物を使った調味料や加工品のワンストップ提案事業を進めている。農家と協力し、彼らの意向に応じて小ロットで製品を開発し、販路を確保することで、農家が持つ供給課題を解決する形だ。昨年度、東広島のプロジェクトで消費者や生産者のニーズを検証し、地元マルシェで商品販売も行った。販売時に農家が直接消費者に紹介できることで「ここでしか買えないもの」としての魅力が消費者にも伝わった。
農家には、安定供給の課題があるため小ロットで試作・販売をしたい意向がある一方、消費者には生産者を直接見て購入できる安心感が求められている。地元販売店や道の駅も「ここでしか買えない」地元産加工品への需要がある。収益モデルは、オタフクが味やデザインを担当し、OEM先と製造・販路拡大を支援。農家に納品し、農家が直接消費者に販売する形で収益を得る。
今年度は5事業者・5商品を開発し、マルシェや道の駅での販売を目標とする。さらに、ギフト商品展開や中・大ロット展開を視野に入れている。これは「0→1」の支援であり、ブランドを築き、農家支援を通じて事業を成長させる構想だ。食の未来を守るため、安全で健康的なものを共に作りたいとの思いがある。
ー令和6年度採択者発表②怪獣レモンプロジェクト
次の発表は、怪獣レモンプロジェクトより、山岡由明氏から行われた。会社は2021年2月に創業し、大阪からUターンした28歳の時、地元の美しい風景や農産物の魅力に触発されて事業を開始。特に、尾道の生産量が日本一のレモンに着目し、農家と協力して「怪獣レモン」というブランドを立ち上げた。この背景には、形やサイズが規格外とされるレモンが全体の約4割を占め、半値以下で取引されている現状があり、農家の収益性が課題であるとの認識があった。そこで、この規格外レモンを「怪獣レモン」としてブランド化し、アップサイクルで価値を創出することで、廃棄を減らしつつ魅力的に販売する構想を持っている。
この事業は、瀬戸内産の規格外レモンを「怪獣レモン」ブランドの原料として、大企業とのコラボ商品やオリジナル商品を展開するビジネスだ。初年度は流通規模4,000万円を見込み、主にコンビニやスーパーといった大手流通での展開を計画。供給力の強化も視野に、農家との関係強化や新たな生産者の開拓を進め、広島土産としてのオリジナル商品のテストマーケティングも行う。
今後も規模拡大を目指し、毎年売れる商品を安定して供給できる体制を整えたい。最終的には中四国エリアでの土産商品展開までスケールさせ、流通規模1億円を目標としている。この「怪獣レモン」は、破壊的なイメージとは異なり、生産者に寄り添い、世界に羽ばたくブランドに成長させたいと考えている。
ー令和6年度採択者発表③ウェルビーイング野菜プロジェクト
令和6年度の採択者の最後の発表はウェルビーイング野菜プロジェクトの載寧龍二氏から行われた。同氏は、元々俳優として地球の平和を守った後、広島に戻り、父の農業を手伝いながらメディア出演やイベント活動を続けてきた。事業継承のタイミングが来たことから、ホテルのシェフとして働いていた兄を誘い、現在は二人で「さいねい農園」を経営している。広島は農業に向かない地理的条件と気候変動の影響があり、農業の効率化が難しい状況だが、その中で新たな付加価値を生み出す必要があると感じた。通常、価格は小売側が決め、生産者は安価な企画品が評価される現状がある。また、農家は良いものを作っても控えめでアピールが難しい状況も課題である。
プロジェクトのターゲットは廉価層ではなく、「高付加価値・ヘルシー志向層」であり、具体的には硝酸態窒素に着目。これは低いほど健康や環境に良いとされ、土壌汚染防止にも貢献できる要素だ。この値が低い野菜にはシールを貼り、一目で「安全で美味しい野菜」と伝わる仕組みを目指している。無印良品でテスト販売したキャベツは通常の50個から100個に販売数が倍増する好結果を得た。また、さいねい農園の硝酸態窒素値は全国平均531に対し、15以下という計測不能な低値を示した。
1年目は参画生産者20人、事業規模1,800万円を目標とし、広島を中心に拡大しつつ全国展開も視野に入れている。ウェルビーイング野菜として市場相場に影響されない1.5倍価格での販売を確立し、日本全国に展開していきたいと考えている。
ー令和5年度採択者発表①Fair-Farm Credit
ここからは、令和5年度採択者の事業説明が行われた。
最初に登壇するのは農業から地球の脱炭素化に貢献する「Fair-Farm Credit(フェア ファーム クレジット)」プロジェクトを展開する本多正樹氏だ。
同氏は、米の生産工程において「中干し」期間を1週間延ばすことで温室効果ガスの排出を抑え、「J-クレジット制度」を通じて1haあたり約2万円の新たな利益創出を目指している。今年度、同氏は環境と収益を両立したい農家を結集し、脱炭素推進協議会「Net-Zero Farmers」を設立。持続可能な付加価値米のブランド化も進め、農業の収益力を高めるための一歩を踏み出した。また、中干し期間の延長による米の品質や収穫量への影響を軽減するため、新しい栽培方法の実証実験も行っている。
現状の取り組みの成果だが、立ち上げたNet-Zero Farmersは広島県内307haの圃場の確保に成功。加えて、今年8月に実施されたJ-クレジット制度認証委員会において同社のプロジェクトが正式登録され、水稲栽培における中干し延長を通じたJ-クレジットの登録としては広島県で初の事例となった。本年度は、まずこの307haで実績を作り、利益創出モデルを確立することで、令和7年度には4,000haで8,000万円の売上を目標としている。オペレーションの信頼性確保に向け、50台のIoT型水位計を設置し、DXシステムを通じたデータ管理を生産者に提供している。実証実験は、JA全農ひろしまや広島県と協力し、実践的な成果を積み重ねる形で進行中だ。次年度に向けては、この実証実験をさらに深め、収支モデルの安定化やクレジット販売先の確保、DXオペレーションの確立、そして中干し延長に対応する栽培技術の確立を図る計画である。
ー令和5年度採択者発表②MOTTAINAI BATON
次は「MOTTAINAI BATON(モッタイナイバトン)」の目取眞興明氏。
「MOTTAINAI BATON」は、食品ロスの削減を目的としたレトルトカレー開発プロジェクトである。規格外の食材をレトルトカレーに加工し、保存期間を延ばすことで、廃棄されるはずの食材を有効活用する。このプロジェクトの具体例として、規格外のトマトを使用したレトルトカレーがあり、卸価格で販売した場合に比べ、売上は約15倍、粗利益は12倍に達する見込みとなっている。
MOTTAINAI BATONの特長は、ただの食品加工に留まらず、学生を巻き込んだ商品開発や、学校を拠点とした食育活動も行っている点である。これにより、食材の価値や農業の課題について学ぶ機会を提供しながら、広島の食材を全国に広めることを目指している。今後は、提携する小売店や学校を増やし、商品アイテム数や販売数を拡大する計画が進められている。
さらに、新たな活用シーンの開拓として、企業PRの観点から、ノベルティとしてのオリジナルカレーの開発も進めている。また、オフィス内にレトルトカレーを設置する、「置きカレー」というサービスも開始し、販路の拡大を図る予定。企業とのコラボレーションを進めることでの、MOTTAINAI BATONの拡大に期待ができる。
ー令和5年度採択者発表③Farm to Baby
令和5年度、最後の採択者は「Farm to Baby(ファームトゥーベイビー)」の矢野智美氏である。
矢野氏は安芸高田市を中心に活動する女性農業者たちが結成した「一般社団法人KURU KURU」のメンバーである。KURU KURUは、里山の生産力と都市の消費力を結びつけ、双方が支え合う循環型の共生関係を目指してソーシャルビジネスを展開している。FOOD BATONでの新たな挑戦として、通常は価値が低いとされていた規格外のお米である、「特定米穀=くず米」を活用し、離乳食として再生する取り組みを進めている。安価に取引されてきた食材に新たな価値を加えることで、農村の持続可能性を高め、日本社会全体のウェルビーイングにも貢献したいと考えている。
Farm to Babyプロジェクトの第2弾の商品として、「米粉のホットケーキミックス」と「お米100%のベビースナック」を発売。すべて特定米穀を使用しており、ベビースナックは子どもが安心して食べられるよう砂糖・塩不使用で仕上げている。
現在はAmazonなどのECサイトで販売しているが、今後はベビー用品の小売店や保育園・幼稚園などの施設へも販路を拡大する方針だ。
ー令和4年度採択者発表①HIROSHIMA HYBRID DESIGN
ここからは、令和4年度採択者の事業説明が行われた。
最初に登壇者するのは「HIROSHIMA HYBRID DESIGN(ひろしまハイブリッドデザイン)」の小野敏史氏だ。
HIROSHIMA HYBRID DESIGNは、広島の魅力を最大限に引き出し、世界に広めるとともに、ものづくりを次世代へと引き継ぐことを目指す。その具体的なアプローチとして、広島産食材の加工・販売で県外からの収益を獲得することを掲げている。ここで活用しているのが「超瞬間冷凍技術」。この技術により、店のできたての味や収穫したての鮮度をそのまま保ち、商品化が可能となっている。
3年目の現時点で売上は6,000万円に到達しており、目標の1億2,000万円達成が見込まれている。その取り組みの一環である「新たな飲食店のロールモデル化」では、今年3月に広島市内でオープンした「牡蠣と肉と酒MURO」を拠点に、瞬間冷凍食品の取り扱いで販売力を強化し、飲食業界が抱える労務問題や人手不足の解消にも取り組んでいる。このロールモデルを活用し、他店舗の立ち上げ支援も進めている。
ー令和4年度採択者発表②comorebi commune
次に登壇したのは、comorebi commune(こもれびコミューン)の小嶋正太郎氏だ。
プロジェクトは、耕作放棄地となっていた尾道市因島の八朔畑からスタートした。尾道市の農業従事者のうち、60歳から99歳が占める割合は93.7%と深刻な高齢化が進行しており、このままでは因島特産の八朔や安政柑といった柑橘が消えてしまう恐れがある。メンバーは本業を持ちながら兼業で農業に取り組んでおり、農外収入があるからこそ農業に挑戦できる環境を整えている。農業の楽しさを伝えつつ、柑橘栽培の後継者不足を解決することを目指す活動だ。
兼業農家として農業と広告制作を兼務する立場から、企業のCSR活動をサポートする「Green Passport Program」を進めている。このプログラムは、企業のCSR活動先としての役割を果たしつつ、クリエイターの力を活かした企画立案やPR制作も含めたトータルパッケージを提供し、企業のCSR予算を効率的に活用できるようにするものだ。動画制作やブランドページ制作の経験を持つメンバーが揃っているため、全体を包括的に支援する体制が整っている。
具体例として開発されたオリジナルラベルの八朔サイダーは、900平米の耕作放棄地削減を実現する付加価値を持ち、CSR活動の一環としての役割を果たしている。単なる商品開発ではなく、社会的意義を持つプロジェクトとして展開している点が特徴だ。
ー令和4年度採択者発表③薬局DE野菜
最後に登壇したのは「薬局DE野菜(やっきょくでやさい)」の竹内正智氏である。
「薬局DE野菜」は、健康を意識する顧客に向けて、薬局を新たな販売チャネルとして広島産野菜を提供し、健康とこだわり野菜を結びつけるブランドを構築するプロジェクトだ。「収穫後24時間以内に届ける鮮度」「珍しい野菜の入手性」、そして「生産者との直接のつながり」が特徴。当初は35軒の生産者と連携予定だったが、品質維持を重視し15軒に絞り、取引額を増やす方針に変更した。また「健康サポート野菜」というブランドも立ち上げ、薬局を中心に販売を拡大中。今後は大手チェーンや小規模薬局にも展開し、サブスクリプション型の野菜販売も視野に入れている。
さらに、産地育成事業としてニッチ野菜の安定供給モデルを開発中。小売・流通と協力し、定価・定期・定量の「3定仕入れモデル」により安定供給を目指している。成果として、東広島の農家が栽培する青ナスとオクラが東京市場に進出し、新たな市場を開拓。
今期は県内で生産が少ない玉ねぎの導入を進め、来期には60トンの需要を見込んで増産計画を立てている。
ー交流会
プレゼンテーションとフォトセッションの後、参加者が自由に交流できる場として交流会が催された。ここでは、採択者が持参した試作品や商品が振る舞われ、参加者たちはその味や品質を直接確かめながら、プロジェクトについて活発に意見を交換する場となった。
交流会では、参加者同士が新たなビジネスパートナーシップを探る様子も見られた。農業経営者や食品関連企業だけでなく、メディア関係者や行政担当者も交じり合い、今後の広島県における食のイノベーションがどう展開していくのか、期待感を持ちながら議論が交わされていた。
令和6年度の新たな採択者たちは、農産物を活かした調味料開発や、地域資源のアップサイクル、新たな健康志向野菜の提案など、時代に合った取り組みを進めている。また、令和5年度および4年度の採択者たちも、それぞれのプロジェクトが着実に進展しており、広島の農業・食品業界に新たな価値を提供し続けている。今後もHiroshima FOOD BATONの取り組みが続き、地域と世界を繋ぐ新たな食のビジネスが生まれ、広がっていくことが期待される。