因島の八朔畑でファームツアー~「comorebi farm」の吹かせる新風
今や日本一のレモンの産地として知られる広島。同じ柑橘類でも八朔の発祥の地が、しまなみ海道に位置する因島だと知っているだろうか? 2年前に東京からやってきて、耕作放棄地だった八朔畑を受け継いだ20代の若者。彼はいまファームツアーを企画し、都会の人々に農業の面白さを伝えている。
美しい瀬戸内海を眺めながら
安政柑と紅八朔の収穫を体験
因島――現在は尾道市に併合されているが、あの村上水軍の拠点として、ポルノグラフィティの聖地としてその名を知っている人が多いかもしれない。島はしまなみ海道の一部として、シーズン中には世界中からサイクリストが訪れる。しかし普段は実に穏やか。太陽がさんさんと照らす中、漁業や農業、造船に勤しむ人が暮らすのどかな島である。
そんな島の一角にある築百年以上の古民家から、賑やかな声が聞こえてきた。中を覗くとこの島では珍しい若い男女――しかもみんな垢抜けた格好――が集まっている。ここは「comorebi farm(こもれびファーム)」が主催するファームツアーの集合場所。中にいるのは参加者たちで、彼らは東京や徳島、広島などからやって来たという。
本日の参加者は8人。comorebi farmの代表・小嶋正太郎(こじま・しょうたろう)さんと名部絵美(なべ・えみ)さんは全員を手際よくまとめ、出発する。
「ここから少し歩きますよ」
急な坂道を息を切らしながら上っていくと、斜面にある安政柑の畑に出た。安政柑とは晩白柚に次いで大きな柑橘の種類だが、参加者たちはそんなことより目の前の絶景にため息をつく。向かいには弓削島、その向こうに四国、周囲にも点々と島々が。どこを切っても絵になる天然のフォトスポットに、誰もが自然とスマートフォンを取り出して写真に収めている。
畑では安政柑を試食して収穫体験を行った。「うまっ!」「甘い!」といった感嘆、「この皮、お風呂に入れたい~」といったつぶやき、「安政柑はいつが旬なんですか?」といった質問など、さまざまな声が飛び交っている。ヘッドフォンを首にかけたままの人、茶髪で指輪を何連も重ねた人、そんな今風の若者たちがハサミ片手に果実と格闘しているのが面白い。
一行は次に紅八朔の畑に移動し、ここではグループごとに果樹1本の収穫を担当。実を獲る人、それを動画で撮る人など思い思いに楽しんでいる。
収穫が終わったら、再び元の古民家へ。小嶋さんたちの仲間である25歳の農家・上原和人(うえはら・かずと)さんが育てているレモングラスのハーブティが振る舞われる(ちなみに上原さんは尾道のアイドル農家「みなと組」メンバー。「MINNATO HERB TEA」として販売)。すっかり仲良くなった参加者たちは、話していくと「その人、知ってる!」という共通の知人の話題で盛り上がる。さらに近所のおじいちゃんもフラリと登場し、場に合流。やがて自らが収穫した果実をお土産にもらって解散――。
これがとある日曜日の光景。穏やかな瀬戸の島でこんな交流が行われていること、知ってる人はあまりいないんじゃないだろうか?
WEB編集者と八朔農家
二足のわらじの「半農半X」
食のイノベーションを推進するため広島県がスタートしたプログラム「Hiroshima FOOD BATON」。その第1期の採択者として選ばれた3組のうちの1つがcomorebi farmの小嶋さんである。
小嶋さんのキャリアや想いは以下に詳しいが、話を聞けばとてもユニークだ。
もともと東京出身、WEBメディアの編集者をやっていた。それが転機を迎えたのは2020年のコロナタイミング。
因島に知り合いはゼロ。農業の経験もゼロ。「とりあえず」島に来て「面白そう」と思ってやってみたという、あまりにアッケラカンとした流れに驚かされる。
2021年の秋に八朔畑を受け継いで農業開始。この時、小嶋さん28歳。東京のメディアの先端で働いていた人が瀬戸内の島で柑橘栽培って一見「そんなことできるのか!?」と思えるが、小嶋さんはすんなりフィットした。
やがて小嶋さんは積極的に情報発信に乗り出した。WEBでの情報発信は仕事柄お手の物だし、そもそも小嶋さんは因島に暮らしているからといって柑橘だけで食べているわけではない。
島に暮らしながら東京の仕事をリモートで続けているというのは、まさにポスト・コロナ時代らしい働き方と言えるだろう。「半農半X」でいえば「半・八朔、半・エディター」。そして小嶋さんは2022年1月、comorebi farmを立ち上げアクションを開始する。
インスタグラムで宣伝した
ファームツアーは100人が体験!
そんなcomorebi farmが今回FOOD BATONに採用されたのは「農業における後継者問題の解決を見据えた新たな就農モデルの創出による産地形成ビジネス」。つまり前述の問題を解決するため「島の農業をアピール」⇒「若い人が農業に興味を持つ」⇒「さらに新商品を開発して、利益率の低い八朔の価値向上」⇒「島に人が集まって就農」⇒「耕作放棄地の解消」というシナリオを書いたのだ。
その具体策として小嶋さんが考えたのが農家民宿の設立だった。実際に因島に滞在しながら農業を体験してもらうことで移住者の増加を目論んだが、期日内に物件の取得が間に合わず。
そこで小嶋さんが先に進めたのがファームツアー。冒頭に書いたワイワイした八朔狩り体験が、それである。実際ツアーをやってみてどうだったのだろう?
お金の問題(現在、手土産付きで1人1,000円!)、時間の問題(現在、2つの畑を巡る2時間コース)などいろいろ改良を重ねながら、ファームツアーに訪れたのは昨年末までで計100人!
宣伝ツールは基本Instagram。しかもターゲットは都心で働くクリエイティブ職。最初は「あまりにピンポイントな……」と思ったが、ピンポイントゆえ刺さるところには刺さる。「ぼんやり瀬戸内海で収穫体験してみたいな~」と思うおしゃれクリエイターは意外とたくさんいるのかもしれない。
サステナブルな生活の拠点
となる民宿が今夏にオープン
冒頭のツアーに参加した人たちも自分でお店をやってる人、PRをやってる人、建築を学ぶ大学生……などどこか似た匂いを持つ人が多かった。サステナブルな暮らしに関心がある、文化意識の高い人。ツアー終了後はハーブティーを呑みながら情報交換会のようになっていたが、小嶋さんはその交流に大きな価値を見出している。
実際ツアーの途中、小嶋さんが東京で販売会を行いますと言えば、みんな携帯を取り出しスケジュール帳に書き込んでいた。有機農家、それを加工するメーカー、青果物を仕入れる飲食店、そのファン……志を同じくする人たちが集まり、ネットワークが広がっていく。
目に見える価値と、目に見えない価値。ある人にとっては何もない田舎の島が、ある人にとっては恵みに満ちた宝の島に映るのかもしれない。瀬戸内の風景、あたたかな陽光、オレンジの実り、人なつっこい人情、手応えのある生業、穏やかな時間の流れ……小嶋さんと話していると、すべてがキラキラと輝いて見えてくる。
今後の拠点となる民宿は、島の反対側の大浜町(向島の近く)に古民家の物件を取得。今は家財道具を撤去したり、家具を購入したりしながら着々と準備を進めている。
夏に誕生する民宿は、都市で活動するクリエイターたちの癒しと人間性回復の学び舎になるのかもしれない。「風の時代」ならではの風が因島の浜に吹いている。
●EDITOR’S VOICE
冒頭のファームツアー参加者に話を聞くと、ほとんどの方は前日の「せとだレモンマラソン」に参加したと言っていました。せとだレモンマラソンは今年初めて開催された、隣の生口島を舞台にしたマラソン大会。前夜は「瀬戸田ソイル」の建物内でアフターパーティーが行われ、小嶋さんたちもそこに出向き、そこで知り合ってファームツアーに参加した人もいたようです。
ちなみにパーティーには瀬戸田で環境負荷軽減を目指す「Overview Coffee」、徳島県上勝町で「ごみゼロ」を掲げる「RISE & WINブリューイング」も出店。そのRISE & WINとcomorebi farmはコラボビールを作成したこともあり。因島、瀬戸田、上勝……さらに尾道や向島まで加えると、瀬戸内周辺に新しいライフスタイルを実践する人たちのゾーンができているのかも……そんな新時代の動きを感じた取材でした。
(Text by 清水浩司)