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「Farm to baby」の進展と環境保全型農業の夢~「KURU KURU」2年目の成長

子供やその後の世代に少しでも明るい未来を手渡したい――そんな想いから農業に携わる母たちが立ちあげた離乳食ブランド「Farm to baby」。半年ぶりに話をした彼女は、まさに子供があっという間に大きくなるように、経営者として確かな成長を遂げていた。


新しいホームページも作成
活動が整理されたKURU KURU


広島県安芸高田市は中国山地の山間部に位置する静かなまちである。まちの主要産業は農業で、国内の他の地域と同様、高齢化と過疎化に悩まされている。

「KURU KURU」が立ち上がったのは、そんな安芸高田市の向原地区。農業に携わるママたちが、まちの未来と農家の将来像を明るいものにするため集まった。2022年、広島の新規事業開発プロジェクト「RING HIROSHIMA」に採用され、これまで廃棄されていた特定米穀=くず米の活用を模索した。

翌2023年には「Hiroshima FOOD BATON」に応募。くず米活用を「Farm to baby」という具体的コンセプトに落とし込み、実際の商品開発、農家への利益還元というフェイズに乗りだしていく。

FOOD BATONとしては2年目、KURU KURU設立からは3年を経過したこのプロジェクト、代表の矢野智美(やの・ともみ)さんに改めてFarm to babyとは何なのか説明してもらった。

Farm to babyはその言葉通り「農村から赤ちゃんへ」。農村で獲れる自然の豊かな恵みを赤ちゃんに届けるバリューチェーンの構築を目指して頑張ってます

KURU KURU代表の矢野さん。安芸高田市で農業を営む

 筆者は半年前にもKURU KURUに取材をしたが、その時はちょうどFarm to babyの第1弾商品である甘糀を使った甘味料「Baby Food+(プラス)」が発売になるところだった。

矢野さんたちはこれまで廃棄されてきた特定米穀=くず米に目を付け、それを粉末化して商品化することに取り組んできた。昨年はそこにさらに「子供にも身体にも地球環境にも優しい商品」というコンセプトを加え、離乳食に特化したブランドとして売り出していく試みをスタートさせた。

Farm to babyの第1弾商品「Baby Food+(プラス)」

その2年目の成果について聞く前に、まずは現在のKURU KURUがどうなっているか尋ねてみた。というのも、この取材の前に最近のKURU KURUの状況を知ろうと検索したら、これまでなかったオシャレなホームページが立ち上がっているのを発見。大きな動きが起こっていると感じたのだ。

今年公開されたKURU KURUのホームページ。活動理念などがわかりやすく書かれている

いまKURU KURUは活動がすごく多様になってきて。安芸高田市の市議会議員になる人が出てきたり、地元の向原高校の復活プロジェクトに関わる人がいたり。「安芸高田市を盛り上げる」という共通の目的の下、それぞれが自分の専門性や興味を活かして同時多発的に活動するという形になってます。その中で私は農業という文脈でFarm to babyを進めている感じですね

一般社団法人としてのKURU KURUを母体に、各自が自分のプロジェクトを進行する。その中で矢野さんはFarm to babyというブランドを運営――という感じなのだろう。ホームページができたのは、組織の整理が進みつつあることの証である。

お米産業を持続可能な
形にしていきたい


さて、そのFarm to baby、現在はKURU KURUのメンバー2人で進めているが、この半年の間に新たな仲間を迎え入れた。 

Farm to babyをはじめると、自分たちにできることとできないことがはっきりしてきたんです。たとえば私たちはSNSでの情報発信や広告の出し方がわからなくて。藁をもつかむ想いでプロのボランティアさんを紹介してくれるサイトにFarm to babyの理念を投稿したら、想いに賛同してくれる方が現れて。その方も日本の農業に危機感を感じている人で、さらにその人が農業に関わるECの専門職の方を紹介してくださったんです。だんだんいい形のグループになってきてると思います

Farm to babyの商品はAmazonで購入可能。評価が高い!

ちなみに協力者の方々は東京在住。ご近所以外の場所にも支援者が生まれつつある。

こちらの想いを発信することで、共感してもらったり、応援してもらったり、人の輪が広がっていくというのは自分的に新たな発見でした。それってFarm to babyの可能性でもあって。いろんな方に共感してもらったことで、改めて「私はお米産業を持続可能な形にしていきたいんだ」という当初の想いを確認できたところもありました

くず米の活用から離乳食であるFarm to babyの開発・販売・宣伝と、事業フェイズが具体化してきているからこそ、「自分が本来やりたかったことは何なのか?」という根本の思想が大事になる。

矢野さんは日本の食の根幹であるお米産業に対する危機感を感じている

今年は全国的に米不足がニュースになりましたけど、農家の間ではすでに1月や2月の段階でお米が不足しそうだってことは言われてたんです。卸業者さんの買い占めがはじまってたから。今回の件で私自身も「お米って日本人の文化と言えるくらい大事なものなのに、ちょっとしたバランスが崩れたら危うくなっちゃう状態でいいのかな?」って考えて……これを機に多くの人にとっても、お米の重要性が見直されたらいいなって思います

今年はこの「米騒動」によって、「日本の農業は大丈夫か?」「今のままでいいのか?」ということが問われた年になった。そうした事件も含め、矢野さんとしても農業について考えを深める1年になったようだ。

商品への強い想いが
Farm to babyの特色

 
話が遠回りしてしまったが、Farm to baby事業は順調に発展を遂げている。まずこの9月に2つの新商品が発売になった。「にぎにぎスティック」「国産米粉のホットケーキミックス」である。

にぎにぎスティックは米粉で作った棒状のお菓子というか。農薬・化学肥料不使用の玄米100%でできていて、砂糖も塩も入ってないので、赤ちゃんに安心して食べさせてあげられます

ホットケーキミックスは製品化まで大変でした。ケーキを膨らませるためにはベーキングパウダーが必要なんですけど、ベーキングパウダーって何百種類もあるんです。どの種類をどれくらいの分量で配合するのが一番いいのか、提携した企業さんが本当に熱心に試してくださって。みなさんの協力のおかげで完成したと思います

にぎにぎスティックは素朴で優しいお米の味が感じられる
米粉のホットケーキってどんな味? 興味がそそられる

ここでもカギになったのはFarm to babyの理念に対する共感だった。「日本の農業を次世代に引き継ぎたい」「お米を守りたい」「子供に安全なものを食べさせたい」……矢野さんの抱いたそうした願いが多くの人の協力を引き出し、新たな顧客を引き寄せる。

米糀の甘味料もそうですけど、販売してみるとシュガーフリーやグルテンフリーという部分に反応して、意外と大人の方も買ってくださるんです。ホットケーキミックスなんてたくさんの種類が売られてるけど、栽培期間中に農薬等の使用を低減した特別栽培のお米を使うなど、ここまで想いが込められた商品はあまりないと思うんです。それが私たちのブランドの特色として発展していけばいいし、お客さんの心に伝わる部分かなと思います

「赤ちゃんにやさしい商品」は「誰にとってもやさしい商品」になる

新商品の発売に合わせて販路の開拓も進めている。現在はAmazonなどのネット販売が基本だが、東京にある「ひろしまブランドショップ TAU」でのテストマーケティングも決定した。年内もう1~2商品の発売も予定している。

これまでは開発にかかりっきりだったが、FOOD BATON 2期目となる今年は、販売網の構築、SNSでの宣伝、商品の拡充とビジネスの面で着実に成長している印象がある。

地域で「環境保全型農業」に
切り替える農家を増やしたい


Farm to babyを運営していく中で、新たな夢も生まれた。 

うちの農園も含め、この地域一帯で「環境保全型農業」に切り替える農家を増やしていきたいんです。環境保全型農業というのは良好な自然環境を守ることを念頭に置いた農業のやり方。みんな環境にいい方がいいって頭ではわかっているけど、それを具体的にどう進めればいいかがわからなくて。そうした方々に「こういうやり方があるよ」「こうやったらこういう収益が得られるよ」ってことを提示して、少しずつそうした方向に移行していければいいと思うんです

地球環境にやさしい農業=環境保全型農業へのシフトを目指す

現在、環境保全型農業の手法として考えているのは、農薬や化学肥料をまったく使わず農業をするやり方、農薬や化学肥料の使用を50%以下に下げたもの、あとは同じくFOOD BATONに採用された「株式会社Rev0」の本多正樹さんが取り組む、温室効果ガスを抑制することでJ-クレジットを獲得する「中干し延長」の導入――などが挙げられる。

そうした環境保全型農業のアピールにもFarm to babyの活動は役立つと思うんです。「赤ちゃんにはこういうものが必要なんです」「この商品はこういう想いで作ったんです」といった想いを伝えることで「自分たちもなんとかしなきゃ」と思ってくれる人も出てくるし、想いに賛同してくれる農家さんも現れると思いますから

やはりキーワードは共感の伝播。Farm to babyの商品を広めることが環境保全型農業の啓発にもつながるように、すべての行動はまさにKURU KURUと循環している。

娘さんたちと農作業。子どもの未来は農の未来と一致する

FOOD BATON 2年目の目標はお米が持っている可能性を存分に発揮させること。お米の持つ甘さが甘味料として使えたり、身体にいいといった部分をもっと突き詰めて商品開発していければ、他に例のないブランドになれると思うんです

当初は「このまちの農家の未来を明るいものにしたい」というぼんやりした夢だったが、次第に具体的な形を整え、事業として動き出し、新たな仲間を獲得していく。それは赤ん坊がハイハイから立ち上がって歩き出す過程とソックリで、何ひとつ知らなかった「赤ちゃん経営者」は着実に成長のステップを踏んでいるのだった。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて


今回、Farm to babyの事業の進展を赤ちゃんの成長になぞらえたのは、3年連続で取材させてもらって、矢野さんの変化を目の当たりにしてきたからという経緯もあるのですが、実はもうひとつ別の理由があるんです。前回の取材時、矢野さんは生まれたばかりの赤ちゃん(生後3~4ヶ月)を抱いていて、なんとそのお子さん、今ではもうにぎにぎスティックを食べれるぐらい大きくなったとか!

Farm to babyもやりながら育児もする毎日に「もうてんやわんやですよ!」って。そりゃそうでしょう。「這えば立て、立てば歩めの親心」と言いますが、育児も事業も焦らず、とにかく健康な成長を楽しみにしています!(文・清水浩司)