Welfare State REFERENCE: 1988-2023
福祉国家論welfare stateとは、現代資本主義の特徴について、東京大学の加藤榮一さん(1932-2005)などが唱えた考え方。東京大学では大内力さん(1918-2009) が「国家独占資本主義」を主張されたが、その後、同じ東京大学の中で現代資本主義の特徴は福祉国家という点にあるとの主張が主流となった(その代表的論者が加藤栄一さん)。確かに現代資本主義では、社会保障制度の整備が進み、国家予算のなかで、社会保障関係予算が大きくなる傾向は認められる。しかし福祉国家を主張することで、資本主義システムの問題あるいは市場システムの欠陥の問題が社会福祉政策によって解消されてしまっているようにも見える。
この加藤さんの言説をベースに福祉国家を資本主義発展段階として位置付けたものとして、岡本英男さん(1951-)の一連の仕事がある。
ところで社会福祉政策でカバーできる問題には何があるだろうか。失業(雇用)、疾病、貧困どなどが考えられる。より広げてみれば、住宅、教育、介護、子育てなども視野に入る。そのカバレッジは大きいが、なお市場取引の公正性をいかに担保するかや、そもそも経済成長を絶対視する思考からなお抜けていないといった問題は枠外に残る。地球という環境の制約を超えた成長が、温暖化の原因となっているとの指摘も続いている。そして最近の論点はこのような環境問題に移っているが(斎藤幸平さん1987- 江原慶さん1987-など)、これは雇用(失業)を軸に、資本主義の問題を考えていた、20世紀の論者との問題意識のズレになっている。20世紀の論者は、福祉国家が、失業(雇用)、疾病、貧困が国の政策課題としたことを、資本主義社会の大きな転換と考えた。そのこと自体は、間違いではない。 福祉国家ということを議論するようになり、具体的な政策を議論することももちろんよいことである。
より長い歴史スパンでは、王様や封建領主が統治する時代から、国民が選挙で代表者を選び(代議制度ー選挙制度)、統治者を「選択」できる時代になり、統治者は逆に国民の福祉に配慮する時代に変わった。選挙制度も、当初の制限のある時代から国民を等しく代表するものへと、変わった(制限選挙から普通選挙へ)。時々指摘されるように、国民を動員した戦争が、こうした制度の変化の背景にあるのだろう。こうして政治の形態の変化とともに、統治の目的の中に、教育・医療・失業(医療)・物価などへの配慮が加わっていった。市場経済が進み、経済変動が国民生活に与える影響が大きくなったこともこの変化には関係しているのだろう。
1970年代末(資本主義諸国では二度のオイルショックを経て低成長への移行が顕著となったことを背景に)、社会福祉予算を削減する議論(サッチャーやレーガンが唱えた主張)が現われたが、そうした議論に対抗する意味でも、現代資本主義の特徴は福祉国家であるという考え方が強調された側面がある。間もなく、1988年11月のエストニアの独立宣言に始まりソ連が解体をはじめ、1989年11月にはベルリンの壁が崩壊した。そのあとのソ連・東欧など社会主義諸国の崩壊により、資本主義システムを批判する考え方は批判の軸足を失い、一時、弱まることになった。福祉国家論は、このような資本主義批判が弱まった社会的背景の中で広がった。
他方、先進資本主義国家を国家独占資本主義state monopoly capitalismと呼ぶ議論は(辿るとこの用語がソビエトロシア起源ということもあり)、社会主義の崩壊の背景の中で、退潮してほぼ消えてしまった。そして福祉国家論が残った。こうして、福祉国家を目指すことが、目標として置かれるようになった。とくに欧州では、社会民主主義政党が目指す政策として福祉国家が指摘されることがある。日本では、社会民主主義政党が影が薄くなる一方だが、福祉国家の議論は生き残っている。
興味深いのは近年、ブレマーなどによって、中国など権威主義国家における市場化を「国家資本主義」と呼ぶ形で国家資本主義state capitalismという用語が復活したことだ。福祉国家をやみくもに肯定するのではなく、批判的に見ることも必要だが、そのときに何を頼ればよいだろうか。
最近再び、資本主義批判の声が日本でも上がり始めた(前述の齋藤幸平、江原慶など)。齋藤幸平の『ゼロからの資本論』(NHK出版2023/01)の「福祉国家の限界」という節は、官僚制の肥大、南北問題、自然環境の収奪、ジェンダー不平等の再生産、の4つを福祉国家の限界として上げている。そして福祉国家の成果とされるものが、官僚制の肥大・不効率、より内外の弱いものからの収奪・搾取、環境破壊、ジェンダー不平等の再生産の上に成り立つものだったと批判している(pp.181-184)。斎藤のこの批判によって意識させられる問題は多く、斎藤の批判には正しい面がある。
他方で斎藤のこの批判は、福祉国家における、所得再配分による格差是正や皆保険制度など肯定されてよい側面に言及せず、敢えて無視しているようにも思える。さらに批判を正しいとして、齊藤が、将来社会に向けてこれからどのように修正の道筋を描いているかも気になるところである。
書かれていることはある。コモン(共有財 共同体)の再生という指摘である。相互扶助、貨幣に依存しない領域を回復・拡大することが謳われている。それが資本主義的な成長からの「脱成長」になるとも書かれている。これはDavid Harveyの議論を逆転させたものではないだろうか(David Harvey on Common)。斎藤は、「階級だけでなく、ジェンダーや環境、人種の問題に取り組む新しいアソシエーションと脱商品化の道を改めて考える」とするが、これは階級という視点だけで福祉国家を進めても、資本主義の問題を解決することにはならないと、従来の福祉国家論を批判するものである。
斎藤潤 北欧諸国は日本と何が違うか 日本経済研究センター 2023/02/01
佐藤一光 福祉国家論の理論的再検討 季刊経済理論 58(3) 2021/10 49-61
佐藤はまず福祉国家論を財政学の中の議論だと限定している。そのうえで国家の財源をどのように考えるかで、議論が分かれて来たことを整理している。広範な議論が高いレベルで整理されており、最近の反緊縮財政の議論までが射程に入っている。この論文はとても参考になる。
周来友 日本は世界に誇るべき「社会主義国」です Newsweek日本版 2020/07/27
近藤康史 なぜ日本に社会民主主義は根付かないのか OPNION 2020/06/03
鎌田真実 地域福祉と日本型福祉国家再編 香川大学経済政策研究 14号 2018/03 93-113
出口治明 書評 香取照幸「教養としての社会保障」2017/05
岡田徹太郎 エスピン―アンデルセン「福祉レジーム論」の成果と限界そして今後の課題 香川大学経済論叢 89(1) 2016/06 197-209
山田鋭夫 移行経済と国家資本主義 季刊経済理論 52(2) 2015/07 5-15
岡本英男 福祉国家と資本主義発展段階論 東京経大学会誌 285 2015/02 155-206
岡本英男 福祉国家と機能的財政ーラーナーとレイの議論の考察を通じてー 東京経大学会誌 283号 2014/12 215-254
アメリカ及びイギリスにおける社会保障制度と会計検査に関する調査研究 新日本有限責任監査法人 平成26(2014)年/02
第1章 なぜ社会保障は重要か 『平成24(2012)年度厚生労働白書』5-18
第4章 「福祉レジーム」から社会福祉・福祉国家を考える 『平成24(2012)年度厚生労働白書』 78-86
岡本英男 世界システムとしての福祉国家体制の成立 東京経大学会誌 262号 2009/03 53-112
岡本は加藤の考えを次のようにまとめている。加藤の考えでは、宇野弘蔵の段階論では、国家の役割ー社会政策が考慮されていない。しかし加藤によれば、現代資本主義の福祉国家的側面こそ、「現代資本主義の最も重要な歴史的特質」である。また加藤は、金本位制廃止後は「市場の働きが国家の計画原理に補完された混合経済体制」だともした。岡本の考えでは、恐慌や失業などを、ナチスドイツとは異なり民主主義的に解決を図ったものが、福祉国家的政策である。また岡本は、林健久は福祉国家的政策は社会主義に対抗するものであったとしたと紹介している。
加藤榮一 福祉国家システム ミネルヴァ書房 2007/06
岡本英男 福祉国家の可能性 東京大学出版会 2007/03
神野直彦 国家財政と社会保障 平成18年度医療政策シンポジウム 日本医師会 2007/02 1-12
加藤榮一 現代資本主義と福祉国家 ミネルヴァ書房 2006/10
岡本英男 新自由主義の限界と福祉国家の可能性 季刊経済理論 43(1) 2006/04 4-15
岡田徹太郎 アメリカ型福祉国家とコミュニティ 住宅政策にみる市場と社会の論理 季刊経済理論 41(2) 2004/07 38-50
加藤の福祉国家論を丁寧に説明しているほか、公営住宅建設から持ち家政策に転換してゆく住宅政策の歴史を紹介している。
加藤榮一、馬場宏二、三和良一編著 資本主義はどこに行くのか―21世紀資本主義の終焉 東京大学出版会 2004/03
加藤榮一 二十世紀福祉国家の形成と解体
馬場宏二 過剰富裕化の進展と極限
森村進 リバタリアンはなぜ福祉国家を批判するのか―さまざまの論拠 季刊社会保障研究 38(2) 2002秋 105-111
樫原朗 イギリス社会保障の動向と現在 大原社会問題研究所雑誌 517 2001/12 1-29
クストトファー・ピアソン著 田中浩・神谷直樹訳 曲がり角に来た福祉国家 未来社 1996/02 Christopher Pierson, Beyond the Welfare State, PSUP, first ed. 1991
林健久、加藤榮一編著 福祉国家財政の国際比較 東京大学出版会 1992/09
同上書評 池上惇 土地制度史学142号 1994/01
アメリカ経済の衰退 防衛費増額 財政危機のもと福祉財政構造調整進展している。具体的には、低所得層への生存権保障、公的扶助や公営住宅 から中産階級の持ち家促進政策 などへ。それは結果として格差拡大につながる。低所得層と中産階級、この両者の連携は可能か?この間の非営利組織の拡大をどう評価するか などが論点だと池上は本書の内容を評している。
中村宏 サッチャー政権と福祉国家イギリスの変容―住宅政策の変容ー 年報政治学39 1988 21-35
サッチャー政権の政策を可能にした背景として、勤労者の中に資産を持つ階層が増えていてそれが、民営化・持ち家政策などに応じた側面を指摘。他方、たとえば失業の増大は政治的に無力な層にしわ寄せされていたと指摘している。
https://note.com/kaitonamai/n/nea4e000327a8
The Welfare State has a future, 2019/05/14 by Science Animated
What do we owe to social democracy, 2019/05/20 by Socialists and Democrats
社会民主主義とはすべての市民が等しい権利で政治に参加するもので、人々に対してその参加の条件(たとえば素材・教育・情報)を整えるのが福祉国家だと、社会民主主義と福祉国家との関係を説明している。北欧型福祉国家は、税が高負担だがすべての市民に社会保障給付へのアクセスを保証している点でもっとも進んでいるとしている(Socail Democracy Made Simple: Understanding Welfare State, 2014/11/14, by Friedrich-Ebert-Stifungs Academy for Social Democracy)
Economics and Social Democracy, 2014/11/14, by Friedrich-Ebert-Sifung
How WW2 Created a Welfare State, 2021/12/10, World War Two
History of U.S.Welfare, 2017/06/05, by Free to Choose Network
ドイツについて。慈善団体での様々な事情で貧しい状態にある人々への給食の画面のあと、社会学者Gunnar Heinsohnの社会福祉は人々をますます国家に依存させるが、人口の減少を考えるとこの制度は維持できないとの意見を紹介する。他方で画面は、貧しい家庭の子供たちの救済は避けることはできないことを示唆している。(The pros and cons of the welfare state, DW News, 2010/02/26)