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世代間対立を煽る必要はあるのか
年金とか医療費をめぐって世代間対立intergenerational conflictを主張して、それをあおる議論がある。年金については、若者が高齢者の年金を負担しているのだから、年金水準を引き下げろと。医療費については、高齢者の医療費が医療費拡大の主因であるから、高齢者の医療費負担を引き上げよと。さらに若者に政治行動を促す議論もある。
世代間で利害の対立があるかないか、だけでいえば、利害の対立はあるだろう。しかしこうした対立をあおる議論は間違っている。まだ給与ももらっていない10代の若者はそもそも何も負担していない。20代の若者がはらっている税金など、税収全体の中で微々たるものだ。高齢者を支えているなど、思い上がりも甚だしい。加えて年金水準を引き下げ、老人の医療費負担を引き上げて困るのは、現在の若者自身ではないか。
年齢を重ねて退職するときに受け取る年金を自ら減らしてどうするつもりなのか。高齢になって医療が必要になったときの自己負担を増やして、どうやって老後を過ごすつもりなのか。世代間対立の議論を真に受けて、自身の老後を壊してどうするのか。
世代間対立の議論は、若い人もいずれ年を取ることまで考えれば、つまり少し深く考えれば間違っている。若い人は自身の老後の問題として、老人に対する社会福祉のあり方を考えるべきだ。高齢者の多くは、収入は年金だけだ。そこで高齢者の医療費負担を抑える現在の仕組みがある。高齢者が年金で生活でき、医療費を自分でなんとか賄えることは、若い現役世代にとって親のことを心配しないでよいので現在の利益もある。問われているのは、どういう社会が望ましいかである。
また現在の社会福祉水準でも、貧困老人の増加が社会問題化しつつある。社会福祉水準の切り下げは、その最後の一線を崩すリスクもある。 高齢者になるほど、貧困率が高い現実を若い人はもっと知るべきだ。
シルバー民主主義silver democracy or gerontocracy、つまり老人人口が多く、投票率も高いゆえに、老人に配慮した政治:シルバー民主主義になっているという議論は、間違っている。(現状の課題はもちろんあるが)社会福祉の現状に世代間の対立を持ち込むのは、意図的に対立を作り出すものだ。そもそも今日の老人は、明日の若者の姿でもある。若者は世代間対立の議論に操られず、自身の老後の問題として、社会の在り方の問題として、老人の社会福祉のあり方を考えるべきではないか。
そして世代間対立をあおり、社会福祉を後退させようとする無責任な議論を、私たちは強く批判して良いのではないか。
文献
無署名 高齢者の貧困とは? PATCH THE WORLD 2024/10/22 無署名だがバランスが取れた解説。非正規雇用が増える中、非正規雇用者にも配慮した年金制度の必要性を指摘。女性が多い職種がピンクカラージョブという低賃金職種になっていることも、貧困につながると指摘している。
厚生労働省 介護分野の生産性向上について 2024/06/26 間接業務をできる限り効率化するとの方向が示されている
石嶺幸男 世代間対立を越えて共生を主張 第一生命社長 2024/02
無署名 今こそ医療・介護の「シン生産性向上」を 日経ヘルスケア2023/05/19
渡辺豪 「老害化前に集団自決」発言で考える世代間対立 AERA dot 2023/03/31 この発言が、世代間対立をあおることで、貧困老人の問題が無視されたり、少子化対策の遅れを隠すことになっていることを批判している。
末廣徹 大和証券チーフエコノミスト 過激な「集団自殺」発言の底に世代間対立の感情 東洋経済 2023/03/20 末廣さんの指摘のうち納得できる論点は、高齢化社会のニーズである医療・介護というのは生産性の低いセクターでここを増やすことは社会全体の生産性にはマイナスという指摘。それからこの間の金融緩和が、金融資産の多い高齢者の金融資産を膨らます一方、金融資産の少ない若者への恩恵が少なかったという指摘。ーこれらの指摘は納得できるが、そこから人々に対立感情が投影されるというのは飛躍であり、印象操作である。
工藤博司 成田悠輔氏、物議醸す「集団自決」発言は持論だった J-CAST 2023/01/12
入江啓彰 地方自治体の歳出配分におけるシルバー民主主義の検証 経済分析 205 2022。この論文は地方自治体の費目と投票者の中位年齢、国政選挙の投票率などから、シルバー民主主義の存在を実証したと主張している。ただ、この論文は、手法を含め、納得はできない。高齢者が増えることで、関連支出は増えるので、そのことをもってシルバー民主主義だというのは、論証になっていない。
Kenji Tamura 低年金時代、人ごとでない「高齢貧困」 日経ビジネス2022/01/31 高齢者の相対的貧困率の上昇を指摘している 単身、女性が年金が少なく貧困になりやすい。
藤田孝典 格差社会における高齢者の貧困 日立財団「みらい」2017創刊号
高齢化により医療費・介護費が膨らむことで誰もが下流老人(生活保護水準以下)に転落する可能性があると指摘している。
藤田孝典 貧困に陥った若者が、「下流老人」になる未来 東洋経済2016/12/06 低賃金・非正規雇用の若者たちが、将来、生活保護水準以下の老後を迎えることを予測している。
山田徹也 東洋経済記者 老人が医療資源を奪っているという趣旨の記事を執筆し世代間対立をあおった。東洋経済2016/09/17 老人が医療資源を使うことで、若者が医療にアクセスできなくなっているかに書くのは行きすぎている。これでは、老人に早く死ねと言っているのと同じだ。ただ恐らくは八代さんの議論に触発された記事と思われる。
藤田孝典 下流老人―一億総老後崩壊の衝撃 朝日新聞出版 2015/06 品切
小田利勝 政策予算の配分に対する態度から世代間対立について考える 2014/6/7-6/8 アンケート調査により、世代より所得、経済的ゆとり、学歴などが態度に影響することを見出して、自世代利益志向の存在を否定した。問題はむしろ世代内対立だと指摘している。そのとおりで、同じ世代内でも所得、学歴などで大きな階層間格差が存在する。世代間格差の議論は、こうした格差問題を隠蔽する議論だといえる。
東洋経済は、現役世代と高齢者は対立していないと考える人の割合71.5%という厚生労働白書2012年版に掲載された世論調査の数字を引用して、「対立を顕在化させないのは社会的美徳」と揶揄、露骨に世代間対立をあおった。東洋経済2012/10/02 東洋経済編集部のこうした姿勢は露骨で挑発的だ。
八代尚宏ほか2名 社会保障制度を通じた世代間利害対立の克服 NIRA 2012/07 論文の表題とは逆に世代間対立やシルバー民主主義の存在を実証した論文。世代間の政策優先順位の違い、社会保障制度の改革方向の違い、さらには人口の中位年齢と、財政費目の変化などから、世代間対立やシルバー民主主義の存在を実証したと主張している。
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