劉國光 五カ年計画の教訓 2005/02
本文為2005年2月特約記者劉思源的采訪稿。原載《上海黨與黨建》2005年2月版。劉國光經濟文選,中國時代經濟出版社,2010年, 168-174, esp.173-4 (中国の経済学者は、市場の限界について語らないところがある。その点で劉國光を読んで得心するのは、市場の限界にしっかり触れている。)
p.171 記者:計画時期と比べて、市場時期の5つの「五年計画」の制定実施にはどのような際立った特徴があるのでしょうか?
劉国光:中共十一届三中全会以来、わが国経済は全く新たな大転変時期に突入しました。この転変は二重のモデル転換としてまとめることができます。一つは経済体制モデルの転変で、伝統的経済体制から市場経済体制への転変です。二つは経済発展モデルの転変で、すなわち過去の重工業の発展を優先し、高蓄積を実行し、外延型の発展モデルから、経済と社会の協調を目指す、効益型で持続発展モデルへの転換です。経済運行の方面では、中国経済はまた、供給約束型不足経済形態から需給約束型買い方市場形態への転向を実現しました。
このような経済体制、経済成長方式そして経済運行常態の根本的転変は、当然五カ年計画の制定と実施にも相応する巨大な変化をもたらしました。概括すれば(その変化には)以下のような特徴があります。
一つは5年計画の基礎を社会主義市場経済に転向させる基本構造(框架 路線)において、計画管理の基礎にはすでに根本的な変化が生じている。1978年以後、改革開放の推進とともに、農村においては、政社合一の人民公社が解体し、農民と郷鎮企業は政府の直接計画管理を離脱し、経営自主権を獲得しました。都市においては個人経済、私営経済と三資企業(外資が入った合資、合作、独資の3つの企業タイプの総称)が迅速に発展し、国営企業の「簡政放権(行政手続きを簡素化して権限を下属部門に譲ること)」に至り、とくに政府は市場へのコントロールを緩め、指令性計画の範囲の縮小を主導し、ますます多くの企業経営活動は政府の直接関与を離脱し、市場の調節範囲はますます拡大しました。1992年に至り、中共十四大が正式に市場経済改革の目標を提出し、市場調節の根本的役割(基礎性作用)を強調してからは、非国有経済が市場調節に依拠するだけでなく、政府はその経営に直接関与することはなくなり、加えてまた国有経済も市場経済の体制改革と構造調整に加わり適応する段階に入りました。1992年以後、中国はもはや計画経済ではなくなり(中國就不再是計劃經濟)、市場経済の改革目標を確立しただけでなく、社会主義市場経済の基本構造(基本框架)を次第に立て始めたのです。もちろん社会主義市場経済の成熟はすぐに達成できるわけではなく、長い時間を経て完成するものです。
二つは計画管理が次第に指令性計画を主とするものから、指導性計画を主とするものに転変する。計画管理は、指令性計画の指標を主とするものから次第に脱離して実際の指導性計画の指標を主とするものに、次第脱離転変する。改革開放以来、政府は次第にミクロ経済管理領域から退出し、市場調節に譲位して、鄧小平の計画はただ管理経済の手段であって、基本制度ではなp.172 いとの論断を験証言している。計画経済は消滅したが、しかし五(ケ)年計画はなお存在発展している。政府の計画管理と行政関与は、保護市場(維護市場)を基礎とする前提のもと、市場失霛を補う代えがたい作用をまさに発揮している。
三つめは計画の制定は日増しに規範化、科学化、民主化している。1978年以後今日まで、わが国はすでに5つの五カ年計画を制定した。かつての五カ年計画と比べると、あとの五つの五カ年計画は明らかに規範化、科学化、民主化の特徴をしめしている。前世紀の80年代初め、鄧小平は計画管理の経験を総括して提起した。我々は過去の指標が高すぎ、急ぎ過ぎた教訓を総括するだけでなく、実際の情況に比べて指標が低いことをも研究せねばならないと。彼は言った、最近の統計によると、1982年の工農業総生産価値成長率は8%前後。もともとの4%の成長計画を大幅に超過している。その前の2年間にはそのような情況はなかったのに、1982年にこれが出現した。ここで提起される問題はもし我々が年度計画を低く制定し、実際の成長率がずっと大きかったら、どのような影響があるか。この問題に対して、しっかり調査し実際的分析を行う必要がある。・・・歴史の経験を総括すると、計画を高く定め過ぎた時、危険をかえりみないとき、教訓は深刻で、この方面の問題は我々はすでに注意したことであるが、今後もなお注意が必要である。
(中略)
p.173 記者:社会主義市場経済の時期、中国の多くの(一批)の経済学者が市場経済に「帰依」してしまったことを批判する意見があります(有人評論説)。あなたはこのことをどう思いますか?
劉國光:市場志向の改革信念に帰依しますが同時に、市場を盲信(迷信)はできません。価値規律は重視されるべきですが、価値規律にまかせればすべてがうまくゆくと考える必要はなく、すべてを市場に任せる必要もないのです。実際には、 市場が解決できないいくつかの種類のことがら(事情)があります。
p.174 一つは経済総量のバランス(平衡)で、総需要と総供給の調節コントロール(調控)です。たとえ価値規律の自動調節に完全に任せたとしても、その結果は周期的な振動と頻繁な経済危機となります。
二つは大きな構造調整問題です。第一第二第三産業、消費と蓄積、加工工業と基礎工業など大きな構造調整方面が含まれます。我々は短い時間10年20年30年のうちに、比較的小さな代価で中国の産業構造の合理化、現代化、高度化が実現することです。市場を通じて自発的に配置された人,モノ、財の力で、構造調整を実現することはできないのではないのですが、(しかし)これは非常にゆっくりとした過程で、何回も反復し、危機を経て、多くの代価を払ってようやく実現できるものなのです。われわれはかくも長い間の時間反復せざるを得ず、また大きな代価を払わざるをえなかったのです。例えば一連の(景気に)比例する重大な土木工事(工程規画)は必ず政府により作られますが、反循環的重大な投資活動も政府の規画によらねばならないなど。
三つ目は公平競争問題です。市場に公平競争を保証させられると考えるのは、これは一つの神話です。たとえ自由資本主義時期でさえ公平競争を保証することは不可能だったのです。というのは市場の規律は大きな魚は小さな魚を食べることですから、必ず独占に向かいます。すなわち不公平競争です。それゆえに現在、一連の資本主義国家はいずれも反独占法、公平競争保護法などを制定しているのです。
四つ目は生態バランス、環境保護、外部不経済問題です。いわゆる「外部不経済」とは企業内部からは有利なものですが、しかし企業の外から見ると生態の均衡や資源などを破壊するもので、水や空気の汚染など「外部不経済」といいます。この種の短期行為は、社会利益だけでなく、人類の生存をさえ脅かすものです。
五つ目は社会公平問題です。市場は真正の社会公平を実現できません。市場はただ等価交換を実現できるだけで、できるのは等価交換の意義上の平等精神です。これは効率の促進、進歩の促進に有利です。しかし市場は両極分化と貧富の懸隔を必然的に伴います。
我々が市場メカニズムを導入する過程において、一連の不合理な現象が社会不安を引き起こして、人々の積極性に悪い影響を与えています。これに対して政府は一連の措置を取り、この種の現象の悪化発展を防いでいます。現在提起されている社会主義和諧社会の開始(構建)において、政府の市場の欠陥を補う作用は少なくなってならないと思います。
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