社会主義の建設(薛暮橋「中国社会主義経済問題研究」第1章1979/1983)
薛暮橋「中国社会主義経済問題研究」(1979年人民出版社 なお1980年外文出版社から邦訳 手元の1983年版を原書として引用する。)
→ 最初の第1章では、中国で社会主義化のために取られた措置(共有化 協同化)が、その生産力の水準と対応していなかったために、かえって生産力を低下させたことがまずと指摘される。共有化・協同化で、労働の成果が、個人に帰属しなくなり生産の意欲が損なわれたことが重要だと思われるが、その点は書かれていない。農業に関しては、生産単位を小さくすること、個人経営に近づけることが生産力回復のカギである点は示唆されており、その限りでは社会主義化そのものが誤りだったことを明瞭に指摘している。
邦訳P.24 中国の農業は、1956年に協同化(合作化)を基本的に達成し、1958年にはさらに人民公社化を達成した。だが、ごく少数の先進的な人民公社と生産隊をのぞき、一般には、いまなお共有化の水準がひじょうに低く、生産隊を生産と分配の基本単位としている。多年らい、多くの地区では、生産大隊、さらには人民公社を生産と分配の基本単位としたり、あるいは公社員の自留地や家庭副業を廃止したりして、人民公社の共有化の水準を高めようとしたが、いずれも農業の生産力を破壊し、農業生産と農民の生活をいちじるしく低下させることになった。
→ 工業や商業についてはまだ手作業の段階にあり、全人民所有制に切り替えたことを行きすぎていたとするが、集団所有制まではよしとしている。論点は、その集団所有制企業の自己責任性(自負盈虧)や、活発性(靈活性)に重点が移っている。逆にいえば全人民所有制は、自己責任性や活発性で問題があると事実上指摘している。集団所有制にとどめる理由が、手作業を問題にしているのか、自己責任性が問題であるのかは曖昧である。就業問題との関係で、個人経営あるいは私営を工業にも十分残すことも言及している。労働、商品やサービスの質の改善の問題があるが、ここでは言及されていない。
邦訳p.26 中国の工業はまだかなりの部分が半機械化、さらには手作業の段階にあり、サービス業のなかでも手作業がなお優勢を占めているから、やはり一部の集団所有制経済を残し、これを発展させねばならない。手工業と零細商業の協同化が順調に達成されたのち、われわれはあまりに早く全人民所有制に切り替えたが、いまからみるとそれは誤りであった。都市においても損益に自ら責任を負う(自負盈虧)一部の集団所有制経済を残し、これを発展させ、生産と経営の多様化と活発性(邦訳は柔軟性としているが変更します 靈活性)を保たせねばならない。これは、十分に就業を保障し、人民生活の便宜おうぁかるうえで、きわめて重要な政策である。(邦訳は1979年の初版をもとにしている。1983年版には、次の言葉が追記されている)同時に都市農村を問わず、相当数量の個人(個体)経済が保存され、国営経済と集団経済を補充とするべきである。
→ 次に中国が社会主義に改造されたという言葉の意味にかかわる一節。ここはわかりにくいが、まず生産手段(資料)の全社会公有制の実現をもって、人が人を搾取する制度はなくなったので社会主義改造だといっている(この言い方への疑問はここでは置いて前に進む)。全社会公有制について、集団所有制と全人民所有制という二つの所有制があるとし、中国は両者が混在した状態だとしている。それを社会主義の低い段階として定義できると事実上言っている。なお一方ではこれが全人民所有制に移るといい、他方で集団所有制が残る時期が相当長いともいう。また集団所有制企業に、損益にみずから責任をおわせて、全民所有制と競争させることが提言され、全人民所有を絶対視はしていないと思われるが、1983年版では「国営経済の主導地位を堅持しさまざまな経済形式を発展させる」という言葉が加わっている。
邦訳p.37 (中国のように)二種類の社会主義共有性が併存する社会主義は、・・・不完全な社会主義としかいえない。とはいっても生産手段はすでに共有となっており、人が人を搾取する制度はもはや基本的になくなっているのだから、それがすでに社会主義であることは疑いがない。
邦訳pp.36-37 中国では、1956年から1957年にかけて、農業、手工業、資本主義工商業の社会主義的改造が基本的に実現された。当時、資本主義工商業の社会主義的改造は完全に達成されたというわけではなく、資本家はまだ低額利子(定息)を受け取っていた。また、かなりの部分の公私合営商店は損益に自ら責任を負っていたので、実質的にはあいかわらず国営商業のための取次販売、代理販売をする私営商店であった。だが、1967年からは定額利子が廃止され、損益にみずから責任を負う公私合営商店も基本的に姿を消した。ここまでくると、工業は圧倒的な部分が全人民所有制となり、農業も圧倒的な部分が勤労人民の集団所有制になったのである。
邦訳pp.38-39 マルクスは共産主義を二つの段階に分け、その低い段階は社会主義であると指摘した。いま、歴史はさらに我々の前に、社会主義もいくつかの段階に分ける必要があるのではないかという新しい問題を提起している。小農経済の広く存在している国では、まず小農経済を集団所有制の経済に改造し、かなり長い期間を経たあと、生産力の発展につれて、さらに集団所有制経済を全人民所有制経済に改造していかなければならない。してみると、生産手段の全社会共有制が実現する前に、二種類の社会主義共有制の併存する時期が現れることになる。したがって、社会主義にも低い段階が存在するわけである。中国はいま、ちょうどこの段階におかれている。
邦訳p.39 (1983年版追記 原書p.27より 「生産手段私有制の社会主義改造基本完成以後 我々は20年余り余りに急ぐ誤りを犯した」)集団所有制は、中国では、まだまだ姿を消す時期には達しておらず、今後まだかなり長い期間、ある程度発展させねばならない。それはちょうど商品がなくなる前に、商品生産を発展っせねばならないのと同じである。・・集団所有制にはまだ活力がある。農村での集団所有制が長期にわたって存在するばかりでなく、都市においても、集団所有制の企業を少し発展させて、損益にみずから責任を負わせ、全民所有制の企業と競争させる必要がある。我々は、社会主義の長期性とその段階性を十分に認識すべきで(1983年版追記 原書p.27より「現在のこの歴史段階においては、国営経済の主導地位を堅持し多様な経済形式を発展させて」)移行を急いではならない。
→ このあと 社会主義国をきずきあげる任務として五項目を挙げるが、その第二項目が1983年版では完全に書き替えられている。もともとは全国の集団制所有経済の90%以上が全人民所有制経済への移行を達成すること。とあって、しかし内容的には100%にまで進められない理由を、国民経済の発展の不均等、都市における手工業、手作業におけるサービスの残存、どの生産関係が生産力に有利かで全社会共有制を絶対化できない、などと書かれていた(邦訳pp.40-41)。そこがこうした数値目標がはずされて、つぎのような文章に置き替えられた。
原書p.28 第二。国営経済がさらに壮大になり、経済構造と経営管理がさらに完全になり、その国民経済中の主導作用を十分発揮すること。農村では多様な経営が出現し、分業協業が進み、その土地に会ったものが有利となり、先進生産措置を大規模に進めるものが有利となり、形式の多様化が合作経済をさらに完全にすること。工業農業と都市農村の構造変化に伴い、工業農業間、都市農村間の差別が一層縮小すること。
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