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『十四億人の安寧 デジタル国家中国の社会保障戦略』慶應義塾大学出版会 2024/09

   尊敬する片山ゆき先生(ニッセイ基礎研主任研究員)が、このたび単著を慶應義塾大学出版会から出版された。本書は中国の社会保障制度についての研究書である。しかし「中国の社会保障制度」といった伝統的タイトルが副題にも見当たらない。なぜだろうか。
 片山さんは、本書「まえがき」で「中国では社会保障制度が整備されていない」という通俗的な見方に一撃を加えている。まず、中国の社会保障制度は、給付の水準は日本ほど高くはないが、日本とほぼ同じラインアップでそろっていると(p.iii)。また中国の社会保障制度は遅れているのではなく、「むしろ欧米が抱える課題を先取りした改革・整備を、民間市場を積極的に活用して行っている」のだと(p.iv)。
   さらに言葉を重ねて、中国は、日本や欧州が、社会保障制度で「政府の責任を大きくして給付を手厚くする福祉国家体制を取ったが、財政的にそれが立ち行かなくなってゆく姿を横目で見て」、「当初の設計から、政府の責任を小さくし、給付は基礎的なものにとどめ」、民間保険会社、NPO,家族・共同体など私の活用を強化し、リスク保障の内容を幾重にも重ねる多層化で、整備を進めているのだと、片山さんは断言する(p.iv)。この中国の社会保障制度を、片山さんは「福祉ミックス体制」と呼んでいる(p.vii)。
 また片山さんは、これまでの中国の社会保障制度に関する著作の多くは「政策や監督規制など政府(官)の視点からの分析を中心としてきた」と批判し、本書は従来「死角地帯」となっていた、中国の社会保障制度を支える民間保険会社など企業(民)の視点からの分析であり、「社会保障のあり様を、民間保険会社や消費者など「民の視点」から描写することにより、より立体的・動態的にとらえたい」、と指摘している(p.vi)。
 片山さんは、習近平政権の下で、中国の社会保障制度は根本的な変化を遂げたが、それは、まさに、経済成長の減速、少子高齢化の進展という、経済と社会の転換期に習近平政権が政権を引き継いだことに原因があるとする。低成長による国の収入の減収、高齢化による社会保障の費用増大。こうした状況のもとで、習近平政権は、社会保障制度の改革を迫られ、官民協働保険の強化や民間保険のさらなる活用が進められたのだとする(p.viii-ix)。
 片山さんは本書で、「民の視点」を重視することで、そうした中国の社会保障制度の最近の実相を描こうとしている。
 片山さんは2023年に東京外国語大学で博士号を取得されているが、本書「あとがき」によれば、本書はその博士論文をもとに改稿・執筆し直されたものだ(p.291)。本書を読むと明らかなのは、片山さんは膨大な先行研究を良く把握されている。しかし片山さんは、これまでのように欧米の福祉国家体制と比較して、中国の社会保障制度を議論するのは限界があると指摘される(p.290)。また、政策の歴史的な変遷をたどるといった手法もあえてとらなかったとされる(cf.p.289)。
 中国の社会保障制度がどのようなもので、中国政府がそれをどのように持続可能にしようとしているかという課題を明らかにする(p.iii)ためには、政府ではなく、民間や市場という視点から問題をみて、中国政府が民間や市場をどのように巻き込んでいるのかをみて実情を捉えることだ(p.289-290)、と片山さんは「あとがき」で再び述べている。

序 章 14億人を擁する国家の現状
第1章 中国の社会保障の実相
第2章 社会保障関係費膨張への危惧
第3章 中国の医療保障制度はどうなっているのか
第4章 世界における中国保険市場のプレゼンス
第5章 医療保障分野における官民の"見えざる"協働
第6章 デジタル化の進展と医療保障をめぐる官民の攻防
第7章 ネット互助プランが保険事業に与えた影響
終 章 デジタル国家中国の社会保障戦略――課題と論点

 片山ゆき『十四億人の安寧 デジタル国家中国の社会保障戦略』慶應義塾大学出版会 2024/09      
片山ゆき(ニッセイ基礎研究所保険研究部主任研究員)
1997年、愛媛大学法文学部文学科(中国文学専攻)卒業。99年、北京師範大学、中国人民大学へ留学。2003年、JETRO北京センター(中国日本商会から出向)を経て05年、ニッセイ基礎研究所入所。2023年、東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了、博士(学術)号取得。24年、千葉大学客員教授を兼任。


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