ミントティーと三枚目の写真 / エジプトのオアシスにておじいさんと
1992年、僕はバックパックにカメラと数本のレンズを入れて、4ヶ月間のエジプトをめぐる旅に出ていました。
これはその時に出会ったおじいさんとのストーリーです。
エジプトの西方砂漠、バハレイヤオアシスにあるバウィーティという村。
広大な砂漠の中に湧き水が出ることで、定住した遊牧民族がナツメヤシを植え、畑を作りながら生活をしています。
日干し煉瓦を積んで作った家々が連なり、庭では羊や鶏を飼い、子供達は元気に裸足で遊びまわっていました。
広大な乾いた砂漠の中のオアシス。
東から太陽がのぼり、西へ沈んでいく。
一日というものを自然に感じられるこの村と、そこに暮らす人々が好きになり、僕は数ヶ月暮らすように滞在していました。
ある日、村にある床屋の庭でお茶を飲みながら、のんびりと昼下がりを過ごしていました。
その庭には、大きなナツメヤシの木が一本。
上から吊った太い紐を数回揺さぶると、枝に付いた実がポトポトと落ちてきて、僕はそれを拾って食べたりしながら、写真を撮っていました。
そうして時間を過ごしていると、向かいの家のおじいさんが出てきて、「うちにもいらっしゃい」と手招きをしています。
その頃の僕は、招かれるまま思うままに、村の中で時間を過ごしていたので、「なんだか長く村にいる日本からやって来た男」として、村の中ではちょっとした有名人だったのです(笑)
どの家もそうであるように、数枚の板を繋げて作った粗末な扉から入ると、絨毯が敷いてある薄暗い部屋に招き入れられました。
おじいさんは小さなコンロにヤカンを乗せて、お湯を沸かしながら話し始めました。
しかしそれはアラビア語で(おじいさんからすれば当たり前ですが)僕には何を言っているのか分かりません。
僕も簡単な英語で話してみたのですが、やはりまったく伝わりません。
おじいさんは寂しげな表情をしていました。
お互い出来ることもなくなり、なんとなく時間を過ごしているうちにお湯も沸き、おじいさんはポットに生のミントの葉をたくさん入れて、ミントティーを作ってくれました。
砂糖を多めに入れたミントティーは、暑い砂漠の町の糖分補給にはピッタリなのです。
喉も乾いていたのでなおさら美味しく感じたので、グラスを指差し「これは美味しい」と身振り手振りで伝えると、おじいさんは、初めて嬉しそうな笑顔を見せてくれました。
路面を照らした暑い陽は、まぶしく跳ね返り、開け放った扉から、僕たちのいる暗い部屋の中を照らしています。
そうしているうちに、なんとなく身振り手振りでの意思の疎通もできて、おかわりのお茶を入れている時に、僕はおじいさんの写真を一枚撮りました。
するとそれに気づいたおじいさんは、引き出しを開けて何かを探しています。
手渡されたのは、二枚の写真でした。
それは若い頃のおじいさん、そしておじいさんになりかけた頃のおじいさん。
尋ねると、自分が写っている写真は、この2枚だけだと教えてくれました。
写真は歴史であり、見返すことによってその時のことを思い出せる、暖かく豊かなもの。
僕には産まれてからの写真が、親の作ってくれたアルバムの中にあります。また、自分で撮ったりもらった写真もたくさんあります。
けれど、それは経済的に豊かな国に生まれ、記録が身近にあるという文化によるものなんですよね。
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数ヶ月して日本へ帰国した後。
自室の引き伸ばし機でプリントをして、おじいさんの元へ、そのときに撮った写真を送りました。
新しい三枚目の写真として、引き出しの中にしまっておいて欲しいなあ。。。と思いながら。
エジプトでも日本でも、その後何度も飲んできたミントティー。
今でも飲む度に、その時のことを思い出します。
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