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第5回: CMMIのプラクティス領域と適用効果

今回はCMMI®の各プラクティス領域(PA)に含まれるプラクティスを参照すると「何が嬉しいのか?」について、現場および管理者の視点から私の考えを述べたいと思います。


1.主に現場にとって嬉しいPA

ここでは「開発」「サービス」「供給者」の業務領域に関連するPAの中で、主に現場に役に立つPAと、現場にとって何が嬉しいか、私自身や私のお客様の経験を基に表にまとめてご紹介いたします。


主に現場にとって嬉しいPA

いかがでしょうか。もしかしたら、やることが沢山ありすぎて大変そうだと思った方もいらっしゃるかもしれません。そこで、次のことをポイントとして補足させていただきます。

CMMIは現場に対して難しいことを要求しているのか?

私はCMMIのアプレイザルやギャップ分析のインタビューの中で、現場のPMやエンジニアの方にCMMIについて感想を聞くことがあります。多くの方は「改善のための色々なヒントをもらった」と言ってくださるのですが、時折「ほとんど知っていることばかりで、新たな学びはあまり無かった」と言う方もいます。私はそのような人に出会うと嬉しくなります。なぜなら彼らは「CMMIは特別なことを要求しているのではなく、優れた人材が当たり前にやっていることをまとめたもの」であることを、私に改めて気づかせてくれるからです。
 しかしながら優れた人材であっても、自分はなぜ優れているのかを理解している人は少ないと思います。CMMIはその人が優れている理由を様々な視点から教えてくれます。優れた人材がCMMIを使いながら自分が行っていることを体系化して整理して説明できるようになることで、周りの人への知識共有やスキルトランスファーが効率的かつ効果的に行えるようになります。

2. 主にマネジメントや管理グループにとって嬉しいPA

次に、主にマネジメントや管理グループにとって役に立つPAと、彼らにとって何が嬉しいか、前述と同様に私自身や私のお客様の経験を基にご紹介いたします。


主にマネジメントや管理グループにとって嬉しいPA

以下、ポイントとして何点か補足いたします。

統治(GOV)のPAの進化レベル1のプラクティス

統治(GOV)のPAでは進化レベル1(「まずはこれから実施しましょう」のレベル)のプラクティスは一つだけ定義されています。それは、
「上級管理層は、業務遂行において何が重要かを特定し、組織の目標を達成するために必要なアプローチを定義する」
というものです。さすが上級管理者向けのPAですね。レベル1の段階からとても重要で、かつ難しいことを述べています。「何が重要かを特定」し「必要なアプローチ」を定義するためにはどうすれば良いのでしょうか。私はCMMIのPAを活用することでそれが容易に理解できると考えています。
「何が重要かを特定」のために全てのPAの説明(意図と価値の部分)を一通り読んでください。そしてその中から自組織の戦略に照らして重要なPAを選んでみてください。
「必要なアプローチ」を定義するためには、選択したPAに含まれるプラクティスを一通り読んでみてください。何をすべきかのヒントが得られると思います。

中国企業とCMMI

統治(GOV)の話に関連して中国の企業の事例を紹介します。私は年に数回、中国企業のアプレイザルを行います。その際、企業や組織の経営者や上級管理者と話をするのですが、彼らは例外なくCMMIをよく理解した上でプロセス改善を行っています。彼らの指導の下、現場は組織の標準プロセス、ガイド、テンプレートを実直に使用し、それを通して仕事の進め方を学びます。
私は、中国のアプレイザルを始めた当初は、彼らがCMMIを使うのはCMMIの成熟度レベル達成の称号の獲得が目的であり、実質的な改善にはあまり興味が無いのではと考えておりました。しかしながらアプレイザルを何回か実施するうちに、どの企業の経営者も現場のメンバーもCMMIを本気で学び、成長しようとしていることが分かってきました。彼らはCMMIでやるべきこと(What)を学び、組織の提供するガイドやテンプレートを通じて具体的な方法(How)を学び、開発に必要なポイントを体系的に理解し身に着けていきます。つまりトップから現場のメンバーまで、CMMIの提供するプラクティス、言い換えれば「成功している組織が何をやっているか」を理解しているわけです。私はCMMIが、彼らの製品の品質や生産性の向上に、私達の想像以上に貢献しているのではないかと思うようになりました。
そう思ったもう一つの理由は、大前研一氏の著書でした。彼は「日本の論点2022~23」の中で次のように述べています。

CMMIはアメリカ政府などの調達基準として利用されていて、たとえば“レベル4以上でないと、政府が発注するシステム開発に携わることができない”、というように規定されているのだ。だからソフトウェア開発企業はCMMIのレベル上げに必死になる。個人レベルで言えば、いわゆるアーキテクチャーまで構想できる”システムエンジニア”がどんどん育っていく。こういうことも一つの背景にあり、アメリカがソフトウェア大国になっていったわけだ。またインドのソフトウェア大手はコストが安いからではなく、レベル5であるが故世界中から安心して発注を受けている。

「日本の論点2022~23」大前研一氏 著

大前さんは中国については述べていませんが、実は2019年から2021年に実施された約9500件のCMMIベンチマークアプレイザルのうち、中国企業を対象に実施されたものは73%を占めます。(参照:CMMIパフォーマンスレポート)
つまり、今ではアメリカやインドの企業よりも多くの中国企業がCMMIを活用して学び成長しているのです。一方でCMMIを活用している日本企業の数は横ばいです。私はこのままでは日本のソフトウェア開発企業が中国の企業に差をつけられてしまうのではないかと危惧しています。

日本企業とCMMI

最近の面白い事例を一つ紹介いたします。株式会社エヌアイデイ様(以下NID)という、独立系のSIerに関する事例です。私は数年前からNID様の社員の方々にアジャイル・スクラムのトレーニングを提供しており、品質管理部門に対してはアジャイルに関するコンサルティングも行いました。NID様は私がトレーニングやコンサルティングを通して提供した情報も参考に、社内向けのアジャイル開発標準を作成され、更にはその内容を基に、2023年4月3日に書籍「実践スクラム ~スクラム開発プレイヤーのための事例」を出版されました。この書籍にはNID様が実際に社内で提供しているアジャイル開発向けのテンプレートやサンプルがたくさん含まれており、特にNID様と同様なSIerの方々には大変参考になる書籍だと思います。
NID様が短期間でアジャイル開発標準を作成し、更に書籍まで作成できたのは、ISO9001やCMMIに基づいたマネジメントシステムを確立しており、会社の標準プロセス資産とそれらを開発・維持・展開する体制が整っているからだと私は思っています。興味がある方は是非チェックしてみてください。
ちなみに、私の所属する(株)SI&Cでは長年CMMI レベル5の成熟度を維持しており、また、CMMIやPMBOK等に基づいた開発標準であるSICPを策定しています。SICPにはNID様と同様にアジャイル標準も含まれており、その初版は今から10年前の2013年にリリースされました。この初版はかなりの短期間で作成し展開することができたのですが、実現できたのは、組織としてのマネジメントシステムが確立されていたからではないかと思っています。

今回のブログはいかがでしたでしょうか。CMMIのPAの雰囲気や、CMMIを使用して何が嬉しいのか、少しでも理解していただけば幸いです。


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