爽やかな顔を買いに #シロクマ文芸部
電車から外を眺めていると、ガラス戸に貼り紙がしてあるのがなぜかはっきりと見えた。
電車が止まるなり、乗客をかき分けて電車を降りた。改札を通り抜け、貼り紙の見えた場所を目指して走る。
早く行かないと売り切れてしまうかもしれない。
案外すぐに目的の場所にたどり着いた。
貼り紙はもう無くなっていたが、『顔屋』と書かれた看板が出ている。
爽やかな顔は売り切れてしまったか。
諦めきれず、ガラス戸を開けて中へ入った。
店内はがらんとしていて何も陳列されていなかった。
老婆がひとり、座椅子に座っているのみ。
目が合うなり、老婆が嗄れた声で言った。
「爽やかな顔が欲しいんだろう?」
なんでわかったんだ。
俺が爽やかな顔が欲しいって。
「まだあるんですか?貼り紙がなかったけど」
「アンタがすごい形相で貼り紙を見てたから取り置きしといたんだよ」
ああ、この老婆はきっとマトモじゃない。
しかし、マトモなルートで爽やかな顔が買えるとも思えない。
「ありがとうございます!いくらですか?」
「馬鹿だね、売り物じゃないよ。交換だよ、アンタの顔と」
「俺の顔と交換?」
「アンタの顔は『人生に疲れた中年オヤジ顔』だよ。どうする?交換するかい?」
「する!します!お願いします」
「そうかい。じゃ、この紙に署名して拇印を押して」
すぐに言う通りにした。
「書けました。次は何をすれば?」
「もう『爽やかな顔』になってるよ」
渡された手鏡で自分の顔を見た。
確かに爽やかな顔になっていた!
「やった!ありがとうございます!」
「ワタシは元の顔の方が好きだけどね。アンタの顔だからワタシがとやかく言うことじゃないけどさ。ほら、用が済んだらとっとと帰っておくれ。ワタシはもう寝るんだから」
追い出されるように店を出た。
振り返るとさっきまであった店は消えていた。
悪魔と取引きをしてしまったのかもしれないが、背に腹は変えられない。
どのみち、明日の再就職面接がうまくいかなかったら、悪魔に魂を売るくらいしかできることがなかったのだから。
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※シロクマ文芸部に参加させていただきました
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