青写真を売る老婆 #シロクマ文芸部
青写真を売っている店があると聞いて、電車を二回乗り換えて、バスに乗ってやってきた。
店に入ると聞いていた通り、老婆がひとりいるだけだった。
「何しにきたんだい?」
「青写真を買いに」
「ふん」
ここまでは誰でも進める。次からは回答を間違うと買えない。
「どうして青写真なんか欲しいんだい?」
「身を委ねたいから」
「ん?」
「もう何もかもうまくいかないから、何かに身を委ねたいのです」
「そうかい。たまに何もかも思い通りになると勘違いして来る輩がいるんだが、アンタには売っても大丈夫そうだねぇ」
なぜか老婆は嬉しそうだった。
青写真と思われる紙片を七枚並べると、老婆は言った。
「さあ、どれを買う?いいのも、悪いのも、混ざってるけどね。イッヒッヒッ」
「何枚買えますか?」
「一枚に決まってるだろ、馬鹿なこと言うなら売らないよ」
「いえ、売ってください。一枚でいいです」
「ふん。さっさと選びな」
「いくらですか?」
「知らずに来たのかい?五円だよ」
怖いくらい安い。なかなか選べない。
「アンタ、何もかもうまくいかないんだろう?どれでもいいじゃないか」
「し、死んだりするやつとかないですよね?」
「ハハッ、死なない人生なんかないだろうに。欲張るんじゃないよ」
「……じゃ、これ」
一番手前の青写真を手に取り、五円玉を老婆に渡す。
「まいど」
あれ?
途端に目の前が真っ暗になり、気を失いそうな感覚が襲ってきたが、すぐに映画のようなものが始まった。
これは……色紙?寄せ書きのようだ。
「わたしはおおきくなったら、ようちえんのせんせいになりたいです。おおはし みわ」
ああ、そうだった。幼稚園、嫌いだったけど好きな先生ができて好きになったんだった。
次に映し出されたのは、小学校の頃の文集。
「私は、将来、コックさんになります」
ふふ。コックになればお腹空いて困ることないって思ったのよね。馬鹿な私。
中学生の頃は何だったっけ?
「お母さん、私、卓球が得意みたいなんだけど、卓球の選手になろうかな」
「なれば」
高校卒業したら父親に言われるまま短大行って就職して……。
「大橋さん、頑張ってるから課長にしようと思ってるんだけど、どう?」
「私、そんなつもりで部長と……」
「え?じゃあ、どういうつもりなの?」
ああ、もう何にもなりたくない!
「アンタ、どうしようもないね」
老婆の声で現実世界に引き戻された。
青写真を買ったところで描かれるものが何にもない私。
「私の役割をアンタにやるよ。私はもう寿命だし。ここにいるといい」
こうして私は青写真を売る老婆になった。
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