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北風と他人の娘 #シロクマ文芸部

 北風と冷たい空気を肌で感じる季節になると少し憂鬱になる。夫の妹が遊びに来るからだ。三年前から来るようになった。

 理由を知りたいけれど夫は話したがらないし、夫の妹に「なんで遊びに来るの?」と聞くわけにもいかない。

 一週間ほど泊まっていくので結構しんどい。
何か特別なことをするわけでもなく、毎日三食昼寝付きでのんびりして帰っていく。

 そして今年も夫の妹がやってきた。

「お義姉ねえさん、お久しぶりです。今年も来てしまいました。よろしくお願いします」

「博美ちゃん、いらっしゃい。待ってたわよ。元気にしてた?」

「うん、なんとか。でも、この時期になるとちょっと気持ちが疲れちゃって。ご迷惑だとは思うんですけど、少しだけ甘えさせてください」

「あら、やだ、迷惑だなんて。ウチはいつでも来てもらって構わないんだから。子供もいないし、安彦さんと二人きりだと家の中が静か過ぎるの。だから、好きなだけゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえると少し気持ちが楽になります。あ、これ、どうぞ。いつもの買ってきました」

 博美はいつも私が好きな大学芋を買ってきてくれる。半分凍っていて結構おいしい。

「わあ、うれしい!一緒に食べましょう。
二階のいつものお部屋、掃除しておいたから荷物置いて戻って来て。ね?」

「はい」

 博美が二階に行っている間にコーヒーを淹れる。いつもより少し上等のドリップコーヒーを用意しておいた。
 二階の部屋に荷物を置いて博美が戻ってきたので声をかける。

「好きな席に座ってね」

「はい、ありがとうございます」

 結局、博美は毎年同じ席に座る。小皿に取り分けた大学芋と一緒にコーヒーを出した。博美はコーヒーをひと口飲んで言った。

「ああ、このコーヒーおいしい」

「そう?よかった。一緒に飲もうと思ってちょっといいやつ買っといたの。安彦さんには内緒ね。二人でオヤツの時間に飲んじゃいましょう」

「フフフ。はい、分かりました」

 博美が少しだけ笑顔を見せた。普通の二十代女性にしか見えない。



 夜になり、夫が帰ってきた。博美が来ていることを伝えると「そうか。よろしく頼む」としか言わない。
 なぜ博美はこの人を頼ってウチに来るのだろう。自分以外に関心がない人だから?
 いろいろ構われたくないのだとしたら納得するが、妻である私はものすごく他人が気になる人間なんですけど。



 初日は何事もなく過ぎていった。二日目の深夜、二階から女性の声が聞こえてくるのに気づいた。隣で寝ている夫の肩を揺らして起こす。

「あなた、ちょっと見てきてよ」

「ああ、ごめん。俺は明日早いんだ。ほっといて大丈夫だよ」

「あなたの妹でしょう?心配じゃないの?」

「大丈夫だ。しばらく待てば……」

 呆れたことに夫はすでに寝入ろうとしていた。

「この冷血人間!」

 私は夫に枕を投げつけて二階に向かった。階段を上がっている間も女性の声は聞こえてきた。博美の声だと思う。幽霊がこの世にいないなら。
 博美がいる部屋のドアをノックする。

「博美ちゃん、大丈夫?入るわよ」

 私はドアを開けて中に入った。博美は布団にくるまって、何事かぶつぶつと呟いていた。声は聞こえるのになんと言っているか聞き取れないので博美の口元に耳を近づけた。

「寒い寒い寒い……ごめんなさい、私……寒い寒い寒い……」

 呪文のように延々と繰り返している。
 怖くて逃げ出したくなった。でも。

「博美ちゃん、大丈夫?寒いなら布団足そうか?」

 勇気を出して声をかけると、博美はブンブン首を振って「私をあたためて」と言った。

 どうすればいいの。もし私に娘がいて、この子が娘だとしたら。私は。

 私は博美の背中側から布団に入って、後ろから博美をハグした。すると、右手で博美の乳房を直に触ってしまい、どきっとした。博美は全裸で寝ていたのだ。「寒いなら服を着なさいよ」と思ったが口には出さない。博美の身体を抱きしめて落ち着かせようとした。

「博美ちゃん、大丈夫よ。寒くないよ」
「ううん、寒い。寒いよー。寒い寒い寒い」

 私は少し逡巡した後、布団を出て服を脱いだ。そしてまた布団に入り、博美を抱きしめた。すると背中を見せていた博美がこっちを向いて「あったかい!あったかいよー」と言って泣き始めた。私もなぜか涙が出てきて「よかった!よかったねぇ」と言って泣いた。そのまま二人、裸で抱き合ったまま朝まで眠った。

 翌朝、私より遅く起きてきた博美は私を見て恥ずかしそうに言った。

「お義姉ねえさん、ありがとう……とても、綺麗だった」

「何言ってるのよ、馬鹿ね」

 そう言った私も急に恥ずかしくなってしばらく黙り込んでしまった。そして、窓からを遠くを寂しそうに眺めている博美を見て言った。

「よかったら、ここで一緒に暮らさない?」

(1943文字)


※シロクマ文芸部に参加させていただきました。またもや遅刻してしまいましたが、よろしくお願いします🙇‍♂️

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