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ある男の使命 #白4企画応募

人は誰しも何らかの使命を持って生まれる。しかし、自らの使命を自覚して生きている人はそう多くない。

ここに愛する彼女との3年間の同棲を経て、明日結婚式を予定している30代の男がいる。彼は昨日の夢の中でかつての記憶が蘇り、自分の使命が何なのか自覚したようだ。悩みに悩んだ挙句、結婚準備で実家に戻っていた彼女を自宅に呼び出した。

「ごめんね、急に」
両手を合わせて拝みながら謝る男。

「何なのよ、もう!親子水入らずで話す大切な時間よ、今」
全く訳が分からないといった感じの彼女。

「そうだよね、本当にごめんなさい」
男はもう一度謝罪の言葉を述べてから言った。

「単刀直入に言います。
 ……明日の結婚式、キャンセルさせてください」

「なんですって!!」
彼女は大激怒した。

「ま、待って。理由を聞いて欲しいんだ!」

「理由によっては私、あなたを殺すかもしれない」

「あ、あのさ、俺、やっと自分がこの世でなすべきことが分かったんだ」

「私との結婚はなすべきことではないと言うの?!」

「ま、待って。待ってね。そうではなくて。結婚の前にやるべきこと、というか」

「何なのよ、それ。早く言ってよ」

「鬼退治」

「は?」

「俺、どうやら桃太郎らしいんだ。現代の」

「馬鹿じゃないの?アンタが桃太郎なら鬼はどこにいるのよ。現代の」

「鬼はそこかしこにいるだろう。この現代において」

「馬鹿馬鹿しい。そんな薄いことを言って欲しくて聞いてるんじゃないの。明日、結婚式なのよ。キャンセルなんかしたら私達だけじゃなく、沢山の人に迷惑がかかるの。そんなね、ふわっとした理由じゃ納得してもらえないよ。何より私が納得できない」
彼女は射るような目で男を見た。
男は一度目を瞑り、ゆっくりと話し始めた。

「昨日、これまで見たことがないような鮮明な夢を見たんだ。俺が侍の格好をして、犬と猿と雉をお供に連れてさ、大衆の称賛を受けていた。これってどう考えても桃太郎だろう?みんな泣いて俺に感謝していたんだ。俺がやらなきゃ駄目なんだよ」

「でも夢でしょう?よくそんな思い込めるね。何の確証もないじゃない、あなたが桃太郎だっていう」
彼女は少し呆れている様子。

「それが確証はあるんだ。ミルクがね、俺にメッセージをくれたんだ。『来たるべき時に備えよ』って」
男が愛犬のチワワを抱き抱えて言うと、彼女は血相を変えた。

「ミルクをお供に連れて行く気?絶対許さないから!いつから犬の言葉が分かるようになったのよ」

「昨日から。犬語が分かるというよりテレパシーみたいに脳に直接……」

「ちょっとこっちに」
彼女は男からチワワを奪い取るようにして抱き抱えた。

「ねえミルク。本当にそんなこと言ったの?この人、鬼退治に行くの?」

来たるべき時に備えよ。

彼女の脳内にもチワワのメッセージが届いた。

「え!嘘でしょ……」

「な、分かっただろう。俺が桃太郎だって」
男は得意げに言った。

「信じられない。あなたって桃太郎というよりもきゅうりとか貝割れ大根とか、何というか、少なくとも桃太郎ではないと思うの。いや、私、好きよ、あなたのこと。落ち込まないで」

男はみるみる元気をなくしていたが、気を取り直して言った。

「俺のことはちょっと頼りないかもしれないけど、お供を連れて行くわけだから。俺ひとりで鬼退治するわけじゃないんだからさ」

彼女はぶつぶつと独り言を言いながら考え込んでいた。

「これはどういうこと……ミルクのメッセージは届いちゃってるから少なくとも嘘じゃない、でもこの人は明らかに桃太郎じゃないわ、それだけは自信を持って言える。そんな人じゃないもの、この人。じゃあ何なの、この状況は……」

男は涙目で彼女を見ていることしかできなかった。

「あ!私、分かったかも!!」
突然、彼女が大声を上げた。男は慌てて彼女に尋ねる。

「ど、どうしたの?何が分かったの?俺が桃太郎じゃ駄目なの?」

「やっと納得のいく結論を導き出せたわ。私達、やっぱり結婚しましょう」

「だからね、鬼退治してからの方がいいでしょう?考えたくないけど、結婚してすぐ未亡人とか嫌じゃない?」

「いや、だからあなたは桃太郎じゃないんだってば。あなたはね、柴刈りに行っていたおじいさん」

「え?なんで?」

「まだ分からないの?あなた、妻になる女性の名前、忘れちゃった?」

「俺が君の名前を忘れるわけがないだろ、桃ちゃん。え?あ!」

「そういうこと。私から産まれる子供が桃太郎」

「そんなしょうもない……」

「こら、そんなこと言わない。現代の桃太郎を育てるなんて大変なことよ。頑張ってね、パパ」

「え?もうお腹にいるの?」

「いや、まだいないけど確定でしょ、これ」

「桃ちゃんはたくましいね。さすが桃太郎のお母さんになる人だ」

「何言ってるのよ、桃太郎のお父さん!明日の結婚式、良い式にしようね。じゃ私もう帰るから」

「あ、送って行くよ。君を守るのが俺の使命だって、分かったから」

「馬鹿、大袈裟ね。でも、ありがと」

このお話はここまで。
桃から生まれた桃太郎が現代の鬼をどのように成敗したか。それはまた別の話。

(2044文字)


※こちらの企画に参加させていただきました

心が震えるような話を書きたかったのですが、やっぱりちょっととぼけた話になっちゃいました。持ち味ということで受け入れていただけたら幸いです。

白鉛筆さん、
楽しい執筆の機会をいただき、ありがとうございました。

#白4企画応募
#小説
#桃太郎

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