色とりどりのメシの種【第六話】 #創作大賞2024
「赤い傘じゃないと嫌だ」と君が言うので、僕たちは傘が売っている店を何軒もはしごした。
急な雨だった。コンビニのビニール傘でいいじゃないかと思ったけど、黙って付き合う。
「この赤じゃない」とか言いながら真剣に悩む君を見るのが好きだ。ようやくお気に入りの赤い傘を見つけて外に出ると、やっぱり雨は上がっていた。
君のワガママは嫌いじゃない。
全部叶えてあげたい。
今すぐにできないことでも、僕は必ず叶える。
だから、あともう少し。待っていてくれよ。
◇
ついに地方出張だ。
俺は生まれて初めて新幹線に乗って東北に来た。新幹線を降りるとタクシーを拾い、大きな畑がある神社に到着した。
「サトシ君、今回の相手は神主だ」
「神主って悪いことするんですか?」
「うーん、普通の神主さんは悪いことはしないと思うけどね。今回たまたま悪いことをしていたのが神主さんだったと思ってくれる?」
「はぁ。それでどんな悪いことをしているんですか?」
「お化けカボチャとかお化けきゅうりとか、とんでもなくデカい野菜を作っているらしい」
「それって悪いことなんですか?」
「デカい野菜を作ること自体は別にいいんだけど、作り方が良くないんだよね。自分の畑に他所の畑の土の養分を集めて作っているらしいんだ。土の養分を吸い取られた畑では何も育たなくなって、周りの農家が困窮している。神社の方はお化け野菜のおかげで人が集まり、相当潤っているという話だ」
「悪い神主ですね。農家さん達は神主に何も言わないんですか?」
「まさか自分の畑の土の養分を吸い取られているなんて思わないからね。神主が原因だとは全く思ってないんだよ」
「なるほど。なんでマツダさんは分かったんですか?」
「またそういうこと聞く?僕はね、君のお父さんに弟子入りしてね、こういう超能力的なものを長いこと研究してきたんだ。だから依頼人の話を聞くだけでピンと来ちゃうんだな、アレだなと」
「はあ、そういうものですか」
「そうだ。だから、今回はこの茶色の種を持ってすぐに東北まで行って解決してきてほしい」
「東北?行ったことないです」
「新幹線に乗ればすぐだよ。多くの罪のない農家さん達が困っているんだ。引き受けてくれるだろう?」
「まあ、報酬をもらえるのなら」
「うんうん、分かっているよ。いつも通り仕事が終わったらすぐに振り込むからさ。はい、コレ」
マツダは新幹線の指定席のチケットを渡してきた。
今から一時間後の上野発だった。帰りは五時間後。
「すぐに出ないと間に合わないですね、マツダさん」
「その通りだ。すぐに出発してくれ。泊まりだとユイちゃんが心配するから日帰り出張でお願いね。じゃ、いってらっしゃい」
マツダは本当に勝手な奴だ。
そういうわけで今、神社の前にいる。
神社の横にある大きな畑はなんとなく神々しく見えた。反対に周りの畑は乾き切って何もない、ただの土と化していた。
神社の社務所に行くと、自分と同じくらいの歳に見える巫女がいた。あまり時間がない。さっさと終わらせよう。
「あの、すみません。神主さんはいますか?」
「すみません。この時間は奥で休まれています」
「ちょっと急いでいるので叩き起こしてきてもらえませんか?」
「な、なんて罰当たりなことを。私、そんなことできません」
巫女は明らかに動揺している。
「私、『何でもヘルプ屋マツダ』のハヤシ サトシと言います。こちらの神主さんは悪いことをしています。あなたもここの巫女をするのは辞めた方がいいですよ」
「本当に罰が当たりますよ。神主様が何をしているというのですか?」
「お化け野菜を作っているでしょう。馬鹿デカい野菜」
「はい。神主様のお力で通常では考えられないほどの大きな野菜がこの神社の畑で収穫されます。神の野菜として皆様に崇められている野菜です。それが何か?」
「神主様のお力だけで作っているんじゃないんですよ。他所の畑の土の養分をかき集めて作っているんです。神主さんはね、土の養分泥棒なんですよ」
「そんなバカな!あの人がそんなことをするわけがありません!」
巫女は血相を変えて叫んだ。
「あの人?神主さんのことを随分親しげに呼ぶのですね」
巫女は少し恥ずかしそうにして言った。
「来月、結婚する予定なんです」
「えーそうなんですか。おめでとうございますと言いたいところですけど、やめた方がいいですよ」
「私はあなたの言うことは信じられません」
「だいたいね、馬鹿デカいカボチャやきゅうりを作って何に使うのですか?」
「べ、別に何にも使いません。ただただ有難いだけです」
巫女はなぜか焦っていた。
「じゃ、食べるんですか?」
「食べません!私は」
「ふーん、じゃ誰が食べるのですか?」
「分かりません!一定期間経つと神主様がどこかに運んで行くので……」
「おい!余計なことは話すな!」
奥の方から大きな声がすると、巫女は黙ってブルブル震え始めた。
俺は気にせず奥の声に話しかけた。なにしろ時間がない。
「あのー、すみません、神主さんですよね?俺には分かっています。あなたがしていること。もうやめてほしいんですよね。ちょっと出て来てもらえませんか?」
「生意気な男だな。ツラを見てやろう」
奥の扉が開いて、大男が現れた。
背は二メートルくらいで恰幅がいい。体重は軽く百キロ以上ありそうだ。
「わぁ!いかにも養分泥棒って感じですね」
「無礼な!泥棒などしてはおらん。する必要もない。神より与えられた力を使えば、自然と集まってくるのだ。元々この世に神の物ではないものなどない。貸していた物を返してもらっているだけだ」
「何言ってるんだよ、アンタ。やばいね」
「貴様も我の下に帰って来い」
「は?」
気配を感じて後ろを向くと、泥の滝みたいなものが向かってくるのが見えた。ああ、もう間に合わない。一回受けておくか。俺は泥の滝に飲み込まれてしまった。
「ふん、バカな奴だ。
おい、里穂。神の野菜に少しほこりがついていたぞ。まだ使えるのだから綺麗にしておけ」
「は、はい!……あれ、神主様、地面から何か浮かび上がって来ています!」
俺は泥まみれで立ち上がり、神主に言った。
「一緒に泥遊びしよう」
俺は神主に抱きつき、泥の海に引き摺り込んだ。
思った通り、神主は身体の中に土の養分を濃縮して溜め込んでいた。俺は神主から土の養分を吸い取って、巫女の前に放り出した。
「あなた!」
巫女が神主に駆け寄って声をかけた。
神主の身体は痩せ、背も縮んでしまったが死んだわけではない。もう土の養分泥棒はできないだろう。
俺は吸い取った土の養分を元あったところへ戻していった。
「じゃ、俺は帰りますね」
巫女は反応しなかったが、気にせず俺はタクシーを呼んだ。
「お客さん、泥まみれでの乗車は勘弁してください」
「あ、ちょっと待っててください。着替えます」
俺は急いで持って来たジャージに着替え、タクシーに乗り、駅に向かった。車中でマツダに電話をかける。
「マツダさん、サトシです。仕事終わりましたけど、泥まみれになって散々です」
「おお、やってくれたか!ありがとう!
着替え持っていってよかったろ?報酬はいつも通り入れとくから。おつかれー」
任務完了の報告をしても、マツダはいつもすぐに電話を切る。別にいいけど。
家に帰るとユイに笑われた。
「なんで中学の時のジャージなんか着てるのよ」
「いや、仕事で泥まみれになったからさ」
「泥まみれ?」
旅行カバンから泥まみれになった服を取り出して見せると、ユイは目を三角にして怒った。
「ちょっとこんなのどうやって洗ったらいいのよ!もう!
ばあちゃんに聞いてくる!!」
「悪いね」
ドスドスとわざと音を立てて歩いていくユイの後ろ姿を見ながら、今日会った巫女のことを思い出していた。
何か声をかけてあげれば良かったのかもしれない。でも、何も思い浮かばなかったのだ。
実は俺もマトモじゃないのかもしれない。
【第七話】あの雨の日がなかったら