レモンが泣いている #シロクマ文芸部
レモンから誰かのすすり泣く声が聞こえた。
雅子は半信半疑でレモンを手に取り、利き耳に近づけてみた。
やっぱり泣いている。
どうして?一体誰が?
いや、レモンが泣いているのか。
私が、泣かせたの?
なんだか責められているような気がした。
怖い。
ひとりで抱えておくには怖すぎる。
ひとり娘の敬子を電話で呼び出すことにした。
2階の自分の部屋でもう寝ているかもしれないが、遠慮している場合ではない。
「もしもし、敬子?まだ起きてる?
ごめん、ちょっとリビングに降りてきてくれない?急いで!」
すぐに階段を誰かが降りてくる音がした。
敬子が来てくれた。
「お母さん、どうしたの?」
「敬子、ごめんね、ありがとう。あのね、あそこでレモンが泣いているのよ。私、もう怖くなっちゃって」
「レモンが泣いているって、どういうことなの?」
「わからない!でも、聞こえるの。あのレモンがすすり泣く声が」
敬子は雅子がヒステリックに指差した方向を見た。確かにレモンがあった。鮮やかなイエローで泣いているようには見えない。
「このレモンが泣いていたのね?」
敬子が確認すると、雅子はうなづいた。
敬子はゆっくりと利き耳にレモンを近づけたが、何も聞こえなかった。
「お母さん、何も聞こえないよ。このレモン、もう泣いてないみたい。確かめてみて」
雅子は敬子からレモンを受け取り、恐る恐る利き耳に近づけた。確かに何も聞こえない。さっきまで泣いていたのに。
「本当ね。もう泣いてない。でも、信じて!さっきまで泣いていたの!」
必死に弁解する雅子に敬子は優しく語りかける。
「うん、お母さん、私、信じるよ。
たぶんだけど、レモンがお母さんの代わりに泣いていたんじゃないかな。お母さん、何か辛いことがあるんじゃない?あるなら私に話して」
雅子はまだ高校生になったばかりの娘を頼もしく思った。「大丈夫よ」と言おうと思ったのに、口から違う言葉が流れ出ていた。
「お母さんね、ずっと気になっていたの。お父さんと別れて、私があなたを引き取ってよかったのかなって……。欲しいものもすぐに買ってあげられないし、我慢ばっかりさせてるし。仕事ばっかりしてあんまり構ってあげられなかったし。敬子は本当はもっと幸せになれたのに、私が不幸にしてるんじゃないかって!」
涙ながらに話す雅子の両手を、敬子は外側から両手で優しく包んで言った。
「お母さん、そんなこと言わないで。私、お母さんと一緒に暮らせて幸せだから。我慢もそんなにしてないよ。安心して。ね」
「……ありがとう。ありがとう、敬子」
雅子は何とかそれだけを言った。
「明日も早いし、私、もう寝るね。
あ、このレモン、今日は私の部屋に持って行くね。また泣くといけないし。おやすみなさい」
「おやすみ、敬子。本当にありがとう」
「うん」
敬子は2階の自分の部屋に戻り、机の上にレモンを置くと、ベットに潜り込んだ。
やがて、机の上のレモンがしくしくと泣き始めた。
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※シロクマ文芸部に参加させていただきました
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