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色とりどりのメシの種【第八話】 #創作大賞2024
紫陽花を見ると、あの日の事を思い出す。
動かなくなったサトシを抱っこ紐で背負い、泣き叫ぶユイを抱き抱えながら、森を抜けてタクシーを拾った。行き先を告げた覚えはないが、タクシーは実家に着いた。
玄関に青い紫陽花が飾ってあったことだけは覚えている。たぶん母さんに色々聞かれたと思うが、放心して何も言わなかったに違いない。気づいた時は朝ごはんの納豆をかき混ぜていた。
「母さん、サトシは?」
一番気になっていたことを聞いた。
「そこで寝てるよ」
「寝てる?」
「うん」
「生きてるのか?!」
「当たり前だろ」
「サトシ!!」
納豆を放り出してサトシが寝てるところに行った。
サトシは寝ていなかった。
とても静かに起きていた。
無の表情で隣に寝ている赤ん坊を見ている。
赤ん坊。
そうか、そうだった。
「で、その赤ん坊は誰の子だい?」
母さんが無邪気に尋ねてくる。
「……ユイだ」
「ユイさんの子?もうひとりいたのかい。なんで今まで黙ってたんだ」
「いや、そうじゃなくて。この子がユイなんだよ」
「聡一郎、お前、自分が何を言ってるのか分かっているのかい?寝ぼけてるならまだ寝ててもいいんだよ」
「寝ぼけてない!昨日、森で赤ん坊にされたんだ!」
言いながら信じてもらえるわけがないと思った。
「……そうかい。これからどうするんだい?」
母さんはさらっと聞いてきた。
「え、信じてくれるの?」
「私はお前をこんな嘘をつく人間に育てた覚えはないんだよ。元に戻せるのかい?」
「分からない。でも、必ず元に戻す!」
「分かった。サトシとユイさんは私が面倒見るよ。もう少し子育てしたいなって思ってたからね。ちょうどよかったよ」
「そんなわけないだろ」と思ったが口には出さず、母さんに礼を言って頭を下げた。
「あと、サトシのことだけど」
言っておく必要があると思った。
「うん、なんか様子が違うね」
「実は超能力の神様に超能力を注入された」
「……なんだって?全然わからないね」
母さんは心底分からない顔をした。無理もないが、こちらとしても他に説明のしようがない。
「そうなんだ。どういう状態なのかわからないけど、とにかく普通の状態じゃないのは確かなんだ。死んでしまったかと心配したけど生きていてよかった」
「そうかい。超能力はお前の専門なんだろ?何とかしてやりなよ。親なんだから」
母さんは時々、中々厳しいことを言う。
「う、うん、わかった。何とかする」
その日以降、寝食を忘れてサトシと向き合った。
超能力を注入されて何が変わったのか。
感情が乏しくなったのは間違いないが。
異変に気づいたのは散歩に出た時だった。
信号が赤だったので、「サトシ、赤信号は止まるんだよ」と何の気なしにサトシに声をかけたのだ。
すると、サトシが突然、炎を身体にまとった!
アニメでよく見るようなオーラ的なものかと思って触れようとすると、文字通り燃えるように熱い。これではどこかに移動させることもできない。
「サトシ、ちょっと、どうしちゃったのかな?火は危ないよ!火、ないないできる?火、ないない」
「できる。火、ないない、する」
サトシの身体から火が消えた。
「おー、よくできました!サトシは賢いねー」
我が子ながら危険だ。とりあえず帰ろう。
サトシを抱き抱えて急いで帰宅した。
何が原因で超能力が発動したのか。
赤信号を見たからではないのは間違いないと思う。
今日初めて見たわけではないからだ。
サトシにどうやって火を出したか聞きたいが、聞いて教えてくれる年齢じゃない。悩んだ挙句、赤信号が出てくる絵本を読み聞かせてみることにした。用心のため、庭に出て椅子を二つ並べて。
「キョウコさんは帰り道で赤信号を見つけました。
赤信号の時はどうするんだっけ?
お母さんになんて教えてもらったか、キョウコさんは考えます。
そうだ、止まるんだった。青信号になるまで待つんだよね」
ここまで読んでサトシの様子を見てみたが、何の変化もなかった。何の感動もない顔をしている。
「サトシ、赤信号だよ」
試しに散歩の時と同じように言ってみた。
すると、サトシの身体が炎をまとった!
やばい!
「サトシ、火、ないないして!なーいない」
「うん、火、なーいないする」
サトシは素直に火を消してくれた。
どういうことだろう?
赤信号を意識させると発動するのかもしれない。
他の信号も試してみるか。
「サトシ、青信号だよ」
するとサトシの身体が水をまとった!
サトシの周りが水浸しだ。
「サトシ、ごめん、水、なーいないして」
「うん、水、なーいないする」
すごい!なんだ、これは。
不謹慎だが、ちょっと面白くなってきた。
後は黄色だな。
「サトシ、黄色の信号だよ!」
今度はサトシの身体が何かバチバチとしたものをまとった!たぶん、電気なんだろうな、これ。触ったら感電しそうだ。
「はい、サトシ、もういいよー。そのバチバチしてるの、ないないして?」
「うん、バチバチ、ないないする」
我が子ながら恐ろしい能力だ。周りにバレたら危険視されて、まともな生活が送れないかもしれない。
待て。確か注入された超能力は五つだった気がする。
残り二つは何だ。信号機は三種類しかない。だとすると、超能力発動の条件は信号機じゃないな。色だ。色に反応しているに違いない。
「サトシ、赤!」
やはりサトシの身体が炎をまとった。
「サトシ、もういいよ。火、ないないして?」
サトシが少しムスッとした顔でこっちを見ている。
「また、ないないするの?」
「うん、お家が燃えちゃうからね。ないないしてね」
「うー」
サトシは何とか火を引っ込めてくれたが、超能力を出したり引っ込めたりするのは疲れるのかもしれない。
サトシの機嫌を損ねないように気をつけなければ。
考えた挙句、サトシと折り紙遊びをすることにした。
数時間後、残りの色はオレンジと茶色だと分かった。
サトシが座っていた椅子は一部熱で溶けて、泥だらけになり、後で母さんに叱られた。
でも、サトシに注入された超能力を全て明らかにすることができた。
「サトシ、パパとの約束だよ。パパがいいって言う時しか、火とか水は出しちゃ駄目だよ。もし出しちゃったらすぐにないないしてね?分かった?」
「うん、わかったー」
とりあえず、サトシに関してはここまでだ。
ユイを元に戻す方法を調べないと。
翌日、母さんにサトシのことを説明した。目を丸くしていたが、疑うことなく受け入れてくれた。
「母さん、サトシのこと、よろしくお願いします。さっき話したこと、この紙にまとめといたから。
僕はユイを元に戻す方法を調べたいので、しばらく家を出るよ。迷惑ばかりかけてごめんなさい」
「まあ、お前には好きなことして生きなさいって言っちゃったからね。仕方ないよ。頑張ってやり遂げな。ご飯はしっかり食べるんだよ」
「うん、ありがとう。何か分かったら連絡するよ」
そう言って僕はサトシとユイを残して実家を出た。
全国を飛び回り、超能力の神様の情報収集に努めた後、僕は便利屋を始めたのだった。
【最終話】おかえりなさい