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村上春樹さんの新作「街とその不確かな壁」を読み終えた

「僕は思うのですが、街を囲む壁とはおそらく、あなたという人間を作り上げている意識のことです。だからこそその壁はあなたの意思とは無縁に、自由にその姿かたちを変化させることができるのです。人の意識は氷山と同じで、水面に顔を出しているのはごく一部に過ぎません。大部分は目に見えない暗いところに沈んで隠されています」
  〜村上春樹「街とその不確かな壁」557頁より引用

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 村上春樹さんの新作、10日ほどかけて読み終えました。この作品でとりわけ大切なのは、巻末に村上さん自身が書いた「あとがき」があることです。「あとがき」にはネタバレ的なものは何も書かれていないので、【まず最初にあとがきを読んでから本編を読むことをお勧めします】

 「街とその不確かな壁」

 古くからの村上ファンは、そのタイトルを聞いただけで発売を心待ちにしていたはず。俺もその一人でした。あの名作「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の原石となった幻の中編と同じタイトル。

 その幻の中編は、まあ幻なんだから当たり前なんだけど書籍化されていない。文芸雑誌「文學界1980年9月号」にひっそりと掲載されたのみで、その雑誌を手に入れるしか読む手段はない。俺ももちろん読んだことはありません。

 村上さん曰く、この中編の出来に自分自身が納得していない。だからいずれ書き直そうという考えで書籍化しなかった、とのこと。その5年後、一つの回答として「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」が出版されたが、村上さんからしたら、それは一つの回答ではあるけれど、充分ではなかったらしい。

 信じられない話だけど、「街とその不確かな壁をきちんと書くには、当時の自分には、まだその筆力が備わっていなかった」と村上さん自身は語っている。何という冷静な自己に対する批評眼!

 そして、「世界の終りとハードボイルド」からなんと38年後(❗️)、あの幻の中編の完成版が出版されたということです。

 個人的に、これまでの作品と決定的に違うのは、村上作品を読んだ後のあのモヤモヤ感がないということ。言い換えたら、「この後続きがまだあるんじゃないの?」という終り方はしていないということです。

 第一部で撒き散らした伏線は、ほぼ全て第三部までに綺麗に回収されている。ほぼ全てというのは百パーセントではないということだけど、、

 反面、「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」とか「海辺のカフカ」とかあるいは、「1Q84」とかと比べると【物語的には起伏が少ない】つまり、比較的静かな、悪い言い方をしたら退屈な作品かもしれません。しかし、村上作品を読み慣れている人ならば、今までの作品以上に面白く読めるはずです。

 考えてみれば、「世界の終りとハードボイルド」で書きたかったキモのようなものは「世界の終り」側で全て書かれていなくてはならなかったはずで、現実社会をデフォルメした「ハードボイルド」側と対比させる必要はなかったようにも思えます。当時、そうせざるを得なかったのは、村上さん自身があとがきで書いた「当時は街とその不確かな壁を完成させる筆力がなかった」ことが理由なのだと思います。

 つまりこの新作「街とその不確かな壁」は、「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」の「世界の終り」側の世界をより深耕させて作り上げられたものだと言えます。それだけに、エンターテインメント性を極限まで抑えた、人間の内面世界、精神世界をより濃密に描いた寓話のような物語に仕上がっています。

 まだこの作品を手に入れていない方で、「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」を未読な方は、まず、「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」を読んでからこちらを読むことをお勧めします。より、面白く読めるし、「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」を出版してから38年間の職業作家村上春樹の軌跡あるいは、成長までをも読み取ることができるからです。

 逆に、村上作品を全く読んでいない方は、お願いだからこの作品は読まないで欲しいと思います。先に書いた通り村上作品を読み慣れていないとこの作品は読みこなせないと思います。
 
 良くも悪くも。

 

 

 

 

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