空想日記〜掃除用具入れのチカコさん〜
学校の3階空き教室の掃除用具入れの中にはチカコさんがいるらしい。
「いや、誰だよ。」
教育実習でこの南崎小学校に来ていた僕は子供たちの話す学校の怪談を鼻で笑った。自分の母校ではないこの学校で実習を始めてから奇妙なことに気がついた。誰もコックリさんやハナコさん、テケテケなどの王道の学校の怪談を話さない。決まってみんながチカコさんの話をする。
「チカコさん」が気になったため子供たちにその怪談について聞いて回るが証言に一貫性はなかった。用具入れに引き込まれるとか、異空間と繋がっているとか、会っても記憶を消されるとか、美人だとか、子供だとか、会話できるとか、昔いじめられた子だとか。
「チカコさんって知ってます?南崎小学校のご出身ですもんね。」
同じ実習生の宮木さんとちょっといい感じの関係になっていて今日も一緒に飲んでいた。彼女は出身校で教育実習をしている。
「チカコさん……ええ。結構前からある話みたいですよ。校舎も古いですし何かがいてもおかしくないですね。ふふ。」
「そうっすね。」
宮木さんはめちゃくちゃ可愛い。ちょっと古風な雰囲気がすごく好みだ。責任感もあって優しく本当にいい子。よく知らない小学校でしんどい中唯一の癒しの存在だ。
「今日も楽しかったです。またご一緒できたら。」
「もちろん!楽しい時間でずっと一緒にいたいくらいです。」
「本当に?照れちゃいます。」
宮木さんをタクシーに乗せて気分よく帰路についた。
「ちょっと宮木さんと3階の戸締りしてきてくれる?」
先生に頼まれた仕事とはいえどちょっとそわそわする。宮木さんと話しながら教室を一つ一つ見ているとなぜか一人だけ男の子が残っていた。
「どうしたの君。もう暗くなるよ。早く帰らなきゃ。」
「お兄さんこそどうしたの。」
「戸締りしてるの。」
「あーあ。僕たち戸締りされちゃったか。」
「え?」
「お兄さんここどこか知ってる。」
「あー、どこだ。」
廊下の教室名が書いてあるプレートを見ようとしたら鍵が閉まって廊下に出られなくなった。
「え!鍵が閉まっているぞ。どういうことだ。宮木さんもいない。」
外はもう日が落ちる寸前で教室は薄暗く子供の顔もよく見えない。
「こら、イタズラするな!帰るぞ!」
「お兄さんはなんでこの学校なんかに教育実習来たの。」
「え……地元帰りたくなかったのと、ちょうどいいところがあると誘われて。」
「そっか。君は……。」
「そんなことはいいから早く出してくれ。宮木さん!宮木さん!」
扉を叩いて叫んだ。しかしこの時間廊下に人が来るはずもない。宮木さんが頼りだ。
「宮木さん!宮木さん!」
「どうしました?」
教室の蛍光灯が一斉についた。宮木さんがつけてくれたんだ。
「あ、宮木さん!助かりました。」
「なにこれ、誰かのイタズラ?」
さっき男の子が座っていた椅子に土が残っていた。宮木さんは掃除用具入れを開け簡単に掃除をした。
「もう誰の仕業なのかしら。これしまってくださいますか。」
掃除用具を手渡された僕は掃除用具入れを開ける。アルミの音が響いた瞬間意識を失った。
「先生、先生。」
誰かが自分を呼ぶ。
「先生ってば。」
「もしかして宮木さん。」
「うん。」
「僕は気を失っていたみたいだ。」
「そうですね。大丈夫ですか。」
「不思議な夢だったあの少年何者だったんだ。」
「私の友達です。」
「え。」
「私の友達です。ああしていつも邪魔をする。」
「何の話ですか。」
「別にもうあなたに話してもいいですから話ますよ。私、教育実習生に性的な暴力振るわれていたんです。で、それを友達が見つけてくれたのですがたくさん殴られて死にました。私も殴られ、生きたまま用具入れに押し込められて出られなくなりました。」
「宮木さん……?」
「私寂しくて。」
「いや、いや……!」
「私、寂しいから一緒にいてくれるよね。」
「僕には関係ないって、なぁ!」
「ずっと一緒にいたいって言ってくれたよね。」
チカコさんの正しい怪談を知る人がいないのは学校と共に過ごす子供や先生が体験することのない事象であったからだ。しかしなぜか伝わるチカコさん。きっとまた何も知らない若者が姿を消すだろう。