note1本書くほどでもないけれど
近況をキレッキレに。じゃなくてつれづれに。
痔になりました。
在宅勤務で座りっぱなしで変化のない毎日でストレスがたまりまくったのか、10年来の痔が悪化しました。排便が痛くて20分以上かかるようになり、同居人のうさぎが見かねて「お尻の病院いきなー」と憐んでくれて、Googleマップで肛門科を検索。生まれて初めて病院で検査。めっちゃ怖かったです。
便すら出るのが痛いトンネルを、先生のぶっとい指が侵入してきて「嗚呼嗚呼ー!」と情けない声を漏らしました。おまけに器具も入ってくるし。「あゝーー!」とまた声を出したら「そのうち気持ちよくなるんだよ」と、今それ言う? いろんな意味あるけど今言う? と頭が真っ白になりました。ツッコミを入れる余裕もありませんでした。
もしや痛みを忘れさせるための先生(50代男性医師)の優しい心遣いだったのでしょうか。真意は怖くて聞けませんでした。おかげさまで良くなりました。
名前を変えました。
広瀬ケンから広瀬ケーニヒスベルクに変えました。最初は広瀬賢太郎としたのですが、これだと瀧廉太郎とか武者小路実篤みたいな圧迫感がハンパないのでやめました。ケ、に続く単語を色々考えた末のケーニヒスベルク。いまだに覚えられなくて予測変換に頼ってるケーニヒスベルク。
ググっていただけるとわかりますが、第二次世界大戦まで存在していた東プロイセンの首都。歴史的な建造物が綺麗な街だったそうです。ケン、に飽きたので男女どちらでもない単語にしてみました。ケンタッキーも浮かんだのですが名前にしたらあんまりなので却下。ドイツは好きだしドイツ語も好きだしドイツの工業製品も好きだけど行ったことはありません。ノーベル賞を受賞したらストックホルムからの帰途で寄りたいと思います。
なぜ僕らは書くのでしょうか。
最初にまとまった量の小説を書いた動機は、当時好きだった女の子に振り向いてもらうためでした。彼女はすでに有名人だったので、その有名さに対抗するためには本を出して渋谷のブックファーストで平積みにされてサイン会をするしかない、と血迷ったようです。
もちろん本にはならず、2番目に好きだった女の子に読んでもらったら「そもそもが読みにくい」と酷評以前の意見をいただきました。初期衝動だけでは日本語を形成するのは難しいようです。
最初に書いた小説は2番目に好きだった女の子に渡し、2回目に書いた小説はやっと1番目に好きだった女の子に渡しました。A4で50枚ぐらいだったでしょうか、封筒に入れたらなかなかの重さで、渡された方も目を丸くしていました。内容は、恥ずかしながら恋愛小説でした。その後どうなったか? どうにもならずに今日に至っています。
誰かのために書く物語も悪くないと思います。不特定多数に向けてはおそらく書けないので、目の前にいる君のために書く、というのは間違っていないし、それこそが書く理由になるのかもしれません。
僕もまたいつか書くのでしょうか。書いたら読んでいただけると嬉しいです。寝るときはどうかお腹を冷やさないように。